断頭台のロクサーナ

さくたろう

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第五章 夢見る少女は夢から醒める

隠れ家に、哀れな刺客は放たれる

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 王位を去った後、病の療養の名目で、クリフは少数の使用人と護衛とともにこの地へ越したらしい。

「君が撃たれたと知り、心が痛んだ。傷はどうだい? 呼び出した形になってすまない。私は軟禁状態で、下手に王都に行くと、政府の連中に睨まれてしまう」

 具合は悪くないと告げるとほっとしたように彼は笑う。

「来てもらったのは、話したいことがあったからだ。だから無理を言ってリーチェに頼み、連絡を取ってもらった」

「リーチェと友人だったとは、本当に驚きましたわ」

「早朝、散歩していたら道でうずくまっているリーチェを見つけてな。そこで彼女と知り合った。たまたまだったが、案外この地は狭い。いずれ友人にはなっただろうさ。
 フィン・オースティンの妹だということも、知ったのは後になってからだ。彼女にしても、しばらくは私に気づいていないようだったから」

 革命家フィンが溺愛する妹と、前王の出会いは危険に思えた。クリフはロキシーの心配を悟ったらしい。

「たとえ彼女が誰でも、私が誰でも、我々は友人だ。この地で共に暮らす者同士、それ以上のしがらみはない」

 クリフは以前と変わらず、誠実だ。
 見つめるクリフの瞳に、正体不明の懐かしさを覚え、ロキシーの胸はざわついた。

「……どこから話していいのか分からないが、来てもらったのは、実は――」 
 
 クリフが本題に入ろうとした時だ。
 使用人が部屋の外から遠慮気味に声をかける。クリフが応答すると、使用人の背後から、にょきりととある人物が姿を現した。

 使用人は一礼をして、下がっていく。

 ロキシーは現れた人物を見て驚いた。王都にいる人だと思っていた。
 クリフも同じだったようで、困惑しながらも、親し気に笑いかける。

「ロイ、どうした? 突然だな、驚いたぞ」

「なぜ、ロクサーナとルーカスがいるんだ」

 問いというよりは、独り言のように、ロイは呟いた。その顔面は蒼白で、誰が見ても様子がおかしい。

「私が呼んだんだ。ロイ、変だぞ、具合でも悪いのか?」

 心配そうに立ち上がるクリフの前に、ルーカスが立ちはだかった。

「クリフ様、こいつ、後ろ手に拳銃を持ってるぞ」

 そう言った瞬間だった。
 ロイは即座拳銃を構え、先をクリフに向ける。

「あなたを殺さないといけないんだ!」

 ルーカスとロキシーは早かった。

 ルーカスがロイに飛びかかり、ロキシーはクリフを庇うように彼の体を抑え、床に伏せた。
 
「っ……!」
 
 傷口が開いたのか、肩に痛みが走った。だが気にしている場合ではない。

 パン、と乾いた発砲音が聞こえる。
 ハッとして取っ組み合う二人を見るが、どちらも怪我はなさそうだ。弾は外れ、壁にめり込む。
 
「この野郎! 本当に撃ちやがって!」

 ルーカスがロイを抑え込もうともつれ合っている。

「放せルーカス・ブラットレイ! お前たちにまで危害を加えるつもりはない!」

「今更だろうが!」

「俺はクリフ様を殺さないとならない! じゃないと、レイチェルに危害が及ぶ……!」

「なんだと――」

 ロイの言葉に、ルーカスはほんのわずか、手を緩めたようだ。
 その隙を見逃さず、ロイは渾身の力でルーカスを後方へ突いた。衝撃でルーカスは壁に思い切り頭を打ち付け昏倒する。

「ルーカス!」

 ロキシーが叫ぶ。ルーカスは、目を閉じたままだ。

 ロイはふらふらと立ち上がる。

 誰がロイに命令したのか、言われずともロキシーには分かった。
 レット・フォード、彼しかいない。権力をより女王へと集めるために、クリフ暗殺を命じた。――かつての世界と同じように。

 モニカは、自分と同じ道を進んでいる。ではいずれ彼女に、自分のような不幸がいずれ降りかかるのだろうか。断頭台で首を切られる。大勢の人の目にさらされながら。

 クリフを前の世界のように殺させしない。

 策があるわけではなかった。
 それでもロキシーはまだ床に手を突いたままのクリフを背中でかばうように立ち上がり、ロイを見据える。

 頭はずっと冷静だった。

「クリフ様を殺すなら、わたしを撃ち殺してからにしなさい。あなたに、罪のない娘を殺すことができるのなら」

「ロクサーナ、よせ。私はいい。どの道死人のようなものだ」

「だめよ!」

 立ち上がるクリフをロキシーは睨みつけた。

 ふつふつと怒りが沸いている。
 誰も彼も自分勝手だ。

「何よ、皆わたしの気持ちを無視して都合だけ押し付けるんだから! 今までわたしがどんな思いで生きていたと思ってるの!? このわたしの前で、誰も傷つけさせないわ!」

 両手を広げると、肩から流れる血が、服を染めた。
 憎いのは、不幸へと突き進む人々だ。

「さあロイ・スタンリー! あなたが正しいと思うことをやりなさい!」

 ロイの目が見開かれる。
 唇が、震えている。

「ああ、なんということだ……」

 彼の顔が驚異に歪む。続いて呼ばれた人の名は、ここにいない者の名だった。

「ベアトリクス様――」

 刹那、彼は銃口を自分のこめかみに当てる。
 目から、一筋の涙がこぼれた。

「――悪魔よ、そこにいるのなら、羽音を響かせこの地獄を終わらせてくれ」

「ロイ、やめろ!」

 クリフがそう叫んだ瞬間だった。
 ルーカスの目が開き、すぐさま立ち上がる。ロイを見て、瞬時に何が起ころうとしているのか察したらしい。

「ふざけんな、ロイ・スタンリー! 自分だけ、抜け駆けは許さない!」

 ルーカスは素早く飛びかかると拳銃を奪い取り、その背で思い切りロイを殴りつけ気絶させる。

「生きて落とし前をつけろ、馬鹿野郎!」

 そのまま、彼の体を縛り上げながら、苦々しく吐き捨てる。
 
「殺さなくてはならない、か。くそったれ、あの女、同じ手を使いやがって」

 ようやく騒ぎを聞きつけた使用人たちが、縛られたロイを見て悲鳴を上げるのを、クリフが苦労しながら説明している。
 ロキシーは血がにじむ肩を抑えながら、ルーカスに近づき小声で話した。

「命令したのは、レットだと思うわ。わたし、前の世界で覚えがある。彼がクリフ様暗殺を独断で実行したのよ」

「今回に限っては独断か分からないぞ」

 説明を終えたクリフが側に来たため、二人は会話を中断した。
 縛られ意識のないロイの顔を見ながら、首を横に振る。

「……ロイは真面目な男だ。モニカを正してやってくれと、側にいさせた私のわがままのせいだ。レイチェルを人質に取られるとは……。追い詰められているのに、気づかなかった」

 それから二人に顔を向ける。 

「さっきの話だが」

「話なんて、今は……」

 暢気におしゃべりを続ける気にはなれなかった。
 だがクリフはなおも言う。

「いや、それこそが重要なんだと思う。このくだらない争いに、終止符が打てる。馬鹿げた妄想だと一度は否定したが、どうしてもそうとしか思えない。ロクサーナ君は――」

 彼の瞳に、ロキシーが映る。

「――君は、私の妹だ」
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