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第一章 首を切られてわたしは死んだ
大雨の中、わたしたちは途方に暮れる
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ぽつり、と雨が降ってきた。
「旦那、これ以上は無理だ。道が塞がっちまってる」
数日前に降った大雨の影響で、道には大量の土砂が覆い被さっていた。否応なく馬車は止まる。
「では引き返してくれたまえ」
レットは御者にそう言った後、ロキシーに顔を向ける。
「土砂崩れのようですね。残念ですが、仕方ありません」
ロキシーは悟った。
レットは街からそう遠くないこの場所で土砂崩れがあると知っていたに違いない。ロキシーが家に帰るのを諦めさせるために、わざと馬車でここまで来させたのだ。
「ひどいわ! 期待させておいて、知っていたのね!」
「こうでもしなきゃ、あなたの心は晴れないでしょう? ……あ、こら待て!」
彼の言葉を待たずにロキシーは馬車を飛び出した。ぬかるんだ地面に足をつけ、土砂に手をかけ登り始める。ずぼずぼと体が土の中に入るが、それでも進む。
服が見る間に泥に汚れていく。
雨が体を濡らすが、少しも気にならなかった。
「何をやってるんだ!」
続いて外に出たレットが叫ぶ。
「決まってるでしょ! ルーカスのところに行くの!」
「無茶言うんじゃない!」
「あなたは帰ればいいじゃない!」
レットの両手がロキシーの腰に触れ、あっけなく土砂から引き剥がされた。
「ロクサーナ様を一人残して戻るわけにはいきません」
「いやよ、あの家には戻りたくない!」
「大人の言うことを聞きなさい!」
「子供扱いはよして!」
「……なら、少しは大人になったらどうだ!」
レットが大声を上げたのでロキシーは驚いた。
「衝動的に家を飛び出し、父親を悲しませて、周囲にこれほどの迷惑をかけて、それで一人前のつもりですか?」
「じゃあ連れて行って!」
振り向きざまに彼の体を両手で殴りつける。ロキシーの手に付いた泥が、彼のシャツを染めた。
「連れてってよ! ルーカスのところに! お願いよ、あなたが大人だって言うなら、子供のわたしを今すぐ連れてって! じゃなきゃルーカスを連れてきてよ! たった一人の家族なの、わたしが行かなきゃ、あの子は心細いはずよ!」
訴えかけるように、何度も彼の胸を叩いた。
彼は黙っている。雨が更に強くなってきた。頬を流れるのが涙なのか、それとも雨なのか、判断がつかない。
黙っていたレットは、ゆっくりと口を開く。
「……ロクサーナ様。大佐は、必死にルーカス君を探しています。だから、また必ず会えます。
だけど再会の前にあなたの身になにかあったらどうするんです? ルーカス君は、本当にひとりになってしまいますよ。それに……」
と、レットは一呼吸置いて言った。
「大佐もモニカ様も、あなたの家族じゃないですか」
――家族。
脳天を殴られたような衝撃だった。
なんてこと。ほとんど家にいない父と、憎しみのこもった瞳で睨み付けてくる妹。あの二人は、ロキシーの家族だったのか。
それでもロキシーは大人しくなった。体を濡らす雨の冷たさにようやく気がつく。
雨に濡れてレットの髪は顔に貼り付いていた。多分、自分もそうなのだろう。
「屋敷へ戻りましょう。大丈夫ですよロクサーナ様。なにもかも、きっと大丈夫ですから」
彼はまるで根拠のない慰めの言葉を吐いた後、ロキシーの肩に自分の上着を掛けた。そして背中を押すようにして馬車に歩かせる。ロキシーも大人しく従う。もう抵抗の気力はない。
だが二人を引き留めたのは今度は別の者だった。
「馬車を汚されちゃ敵わねえ。悪いが乗せるわけにはいかん。近くに宿がある、そこで一晩くらいどうにかなるだろう」
御者がそう言い、馬車とともに去ってしまったのだ。
「なんてこった……」
レットは助けを求めるように天を仰いだ。だが空からは、勢いを増した水滴が落ちてくるだけだった。
「旦那、これ以上は無理だ。道が塞がっちまってる」
数日前に降った大雨の影響で、道には大量の土砂が覆い被さっていた。否応なく馬車は止まる。
「では引き返してくれたまえ」
レットは御者にそう言った後、ロキシーに顔を向ける。
「土砂崩れのようですね。残念ですが、仕方ありません」
ロキシーは悟った。
レットは街からそう遠くないこの場所で土砂崩れがあると知っていたに違いない。ロキシーが家に帰るのを諦めさせるために、わざと馬車でここまで来させたのだ。
「ひどいわ! 期待させておいて、知っていたのね!」
「こうでもしなきゃ、あなたの心は晴れないでしょう? ……あ、こら待て!」
彼の言葉を待たずにロキシーは馬車を飛び出した。ぬかるんだ地面に足をつけ、土砂に手をかけ登り始める。ずぼずぼと体が土の中に入るが、それでも進む。
服が見る間に泥に汚れていく。
雨が体を濡らすが、少しも気にならなかった。
「何をやってるんだ!」
続いて外に出たレットが叫ぶ。
「決まってるでしょ! ルーカスのところに行くの!」
「無茶言うんじゃない!」
「あなたは帰ればいいじゃない!」
レットの両手がロキシーの腰に触れ、あっけなく土砂から引き剥がされた。
「ロクサーナ様を一人残して戻るわけにはいきません」
「いやよ、あの家には戻りたくない!」
「大人の言うことを聞きなさい!」
「子供扱いはよして!」
「……なら、少しは大人になったらどうだ!」
レットが大声を上げたのでロキシーは驚いた。
「衝動的に家を飛び出し、父親を悲しませて、周囲にこれほどの迷惑をかけて、それで一人前のつもりですか?」
「じゃあ連れて行って!」
振り向きざまに彼の体を両手で殴りつける。ロキシーの手に付いた泥が、彼のシャツを染めた。
「連れてってよ! ルーカスのところに! お願いよ、あなたが大人だって言うなら、子供のわたしを今すぐ連れてって! じゃなきゃルーカスを連れてきてよ! たった一人の家族なの、わたしが行かなきゃ、あの子は心細いはずよ!」
訴えかけるように、何度も彼の胸を叩いた。
彼は黙っている。雨が更に強くなってきた。頬を流れるのが涙なのか、それとも雨なのか、判断がつかない。
黙っていたレットは、ゆっくりと口を開く。
「……ロクサーナ様。大佐は、必死にルーカス君を探しています。だから、また必ず会えます。
だけど再会の前にあなたの身になにかあったらどうするんです? ルーカス君は、本当にひとりになってしまいますよ。それに……」
と、レットは一呼吸置いて言った。
「大佐もモニカ様も、あなたの家族じゃないですか」
――家族。
脳天を殴られたような衝撃だった。
なんてこと。ほとんど家にいない父と、憎しみのこもった瞳で睨み付けてくる妹。あの二人は、ロキシーの家族だったのか。
それでもロキシーは大人しくなった。体を濡らす雨の冷たさにようやく気がつく。
雨に濡れてレットの髪は顔に貼り付いていた。多分、自分もそうなのだろう。
「屋敷へ戻りましょう。大丈夫ですよロクサーナ様。なにもかも、きっと大丈夫ですから」
彼はまるで根拠のない慰めの言葉を吐いた後、ロキシーの肩に自分の上着を掛けた。そして背中を押すようにして馬車に歩かせる。ロキシーも大人しく従う。もう抵抗の気力はない。
だが二人を引き留めたのは今度は別の者だった。
「馬車を汚されちゃ敵わねえ。悪いが乗せるわけにはいかん。近くに宿がある、そこで一晩くらいどうにかなるだろう」
御者がそう言い、馬車とともに去ってしまったのだ。
「なんてこった……」
レットは助けを求めるように天を仰いだ。だが空からは、勢いを増した水滴が落ちてくるだけだった。
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