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第2話 繰り返す
しおりを挟む「え……うそ」
嘘でしょう?
ブルクストンが、私の体を使って魔法を放ったのだ。
だがそれでは終わらなかった。
レイズナーの死と同時に、影が出現したのだ。
「一緒だ……」お兄様が呟く。「あの時、僕の体に入り込んだ影と、同じだ」
だけどそれは同じじゃなかった。
だって影は、朧気ながらレイズナーの姿をしていたから。
影はブツブツと何かを呟き、次の瞬間には私の体目がけて飛んできた。体の中に、影が混ざる。
三人の魂は、体の中で反発し合った。私の腕から腕が生えては消え、腹から顔が生えては消えた。これではまるで化 バケモノだ。制御なんてできなかった。だけどそれは、唐突に終わった。
そう、終わったのだ。
恐ろしい断末魔が、耳元で叫ばれた。
私の体から、二人分の影が切り離され、共に空へと消えていく。
「レイズナー!」
レイズナーの影は、暴れるブルクストンの影を引っ張っていく。私のことなど、少しも振り返らずに。
「嫌よ……! こんなの嫌よ! 行かないで!」
彼は、自らの魂と引き換えに、あのブルクストンを冥界へと引き摺っていってしまった。だってブルクストンが私の体に入り込むのに成功したように、影が、ループを超越して継続した時間軸の中に存在しているものだとしたら。
レイズナーは永遠に帰ってこない。
私のところには、二度と戻らない。
レイズナーは死んだ。
私の時は、二度と戻らない。
ブルクストンは消え去った。
でも――
「レイズナーがいないなら、生きている意味なんてない……」
彼がくれた愛情は、私の全てになってしまった。
私の体の中には、未だに熱が駆け巡っていた。感情に応じるように、それは次第に昇り詰め――噴出した。
私に封じ込められた大災害は、十八年間で体によく馴染み、変質し、純粋なるエネルギーに置き換えられていた。それを今、悟る。
力の使い方は、不思議と分かった。だってこの力こそ、私だったんだから。
悲鳴と一緒に、力が城を駆け巡る。
白亜の城は、暮らす人間達とともに崩れ去っていく。今日は私の結婚式だもの。有力者は一同に介しているはず。
キーラ・ブルクストンと私の犠牲の上に成り立っていたかりそめの平和は、今終わったんだ。
ブルクストンは正しかった。
こんな国、こんな世界、滅んでしまえばいいんだわ――
「ヴィクトリカ」
耳に、思いがけず穏やかな声が響いた。嵐のように力が暴走し、世界そのものが歪んでいく中で、お兄様が私に歩み寄ってきていた。お兄様は魔法使いだから、その魔力で自身の身を守っていたのかもしれない。
「僕は、レイズナーが大切だったんだ。彼の妹もそうだ。二人は僕にとって、守るべき存在であると同時に、日々を生きる人間の強さそのものだった。二人が、大好きだったんだ」
お兄様は、悲しく笑う。
「そう、僕には魔法が使える。だからレイズナーが記憶を消そうとしたとき、自衛することもできたんだ。でもしなかった。しないどころか全てを忘れて、彼に殺人の罪を着せようとしていた。たとえ有能な魔法使いを排除したいというブルクストンの思いがあったにせよ、僕も、進んで処刑をしようとしていたんだ。
僕は、レイズナーに、親友だったのに、無意識のうちに、全ての罪を、着せたかったのかもしれない」
幼子のように、お兄様は泣いていた。
「僕に、ヴィクトリカの力を制御できるだけの魔力はない。だけど――」
そう言って、お兄様は自分の頭に手を当てた。
「命には命を。正当な償いをしなくてはならないね」
お兄様の頭は、スイカのように割れて飛び散った。
――禁忌の魔法。
以前、図書室でレイズナーと読んだ、あの記述。“死者を、蘇らせる魔法”
肉体がなければ魂は存在できない。――それはブルクストンがお兄様の体に入り込んだ魔法だ。
では、もう一つの方は?
魂は魂を持って蘇る。――お兄様は、勉強家だった。当然、その本だって読んだに違いない。そしてその意味を、正確に知った。
でなきゃ、説明がつかない。
目の前に、レイズナーが困惑気味に立っている、その理由が。
「ヴィクトリカ」
レイズナーに名を呼ばれ、私を取り囲んでいた嵐のような魔法は消滅した。
代わりにあったのは、崩壊した城と、王都と、呻く人々と、死体だった。
レイズナーはお兄様だった物体に目を向け、全ての自体を把握したようだった。
「ヴィクトリカ、大丈夫だ」
抱きしめられて、私は泣いた。
子供のように、泣き続けた。
こんなことが、あっていいの?
皆死んだ。
お兄様もポーリーナも、ヒースも皆。
私が殺した。
「大丈夫だ。大丈夫だよ」
泣きながら、私は話した。
時が戻ることも。
キーラ・ブルクストンのことも。
レイズナーが、私を助けるために何度も死んだことも。
何もかも、全て話した。
話した後で、彼はまだ言う。
「大丈夫だ、ヴィクトリカ。俺がいる。生きてここにいる。だから大丈夫だ」
レイズナーは、私にキスをした。
「君に入り込んだ時、君の心を感じた。君の孤独と、俺への愛を。だから俺も、君に、永遠の愛を誓うよ」
果てしなく曇りない美しいガラス玉のような瞳は、私だけを映していた。
「君の力を、もう一度だけ使わせてくれ。もう一度だ。もう一度――。もう一度、俺を信じてくれ――」
レイズナーの手は、きつく私を抱きしめる。彼が私の体に入ってくる気がした。二人だった肉体は、魂ごと一つに重なる。
「愛している。俺の中にはヴィクトリカしかいない。命など、何度だってくれてやるさ。
君だけだ。君だけなんだ。俺には、君だけなんだ。君が一番だ。君が二番だ。君が三番だ。君が四番だ、君が五番だ、君が六番だ、君が――」
私の心は幸福に包まれ、愛の囁きを、終わりまで聞き取ることはできなかった。
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