第二王女は死に戻る

さくたろう

文字の大きさ
上 下
30 / 48

第12話 以前と違う婚約パーティ

しおりを挟む
 お兄様からの呼び出しがあったのは、前と同じだった。違うのは、レイズナーが一緒に部屋に入ったことだろうか。

「随分、仲が良いようだな」

 涼しい顔をして入室するレイズナーを見て、お兄様は眉を顰めた。

「夫婦になるように命じたのはお兄様ですわ。喜んでくださるかと思ったのに。私たち、真っ当に夫婦としてやっていけそうなの」
「何よりだ」
「なんのご用ですか」

 レイズナーが問うと、冷たい視線が浴びせられる。

「妹が元気にやっているか、兄として気にかけただけさ」

 それだけ言って、お兄様は私たちを下がらせた。
 レイズナーの罪の話も、処刑の話もない。扉を出たところで、レイズナーは安堵したかのようにため息を吐いた。

「怖かったの?」

 からかうように言うと、彼は肩をすくめる。

「自分が処刑される話を聞くかもしれないのに、平然としていられる奴はいないだろう」

 困ったように頭をかく彼を見て、私はなんだかおかしかった。


 * * *


 あっという間に、この日になった。
 ポーリーナとヒースの婚約披露パーティだ。
 パーティは、なにも問題など起こりえないかのように進んでいく。
 お祝いムードの中、私は一人、目を光らせていた。この中に、私を殺す人間がいるのだろうか。

 お姉様に手紙を書かなかったから、今回彼女は現れなかった。前回は、私が助けを求めたから、わざわざ来てくれたのだ。
 レイズナーは私の側を離れなかった。彼もまた、周囲に怪しまれない程度に犯人を探っている。味方がいるということが、これほどまでに心強いとは思わなかった。

 それとも彼は特別なのかしら?

 途中、レイズナーに誘われ、パーティを抜け庭に出る。二人きりになれるのは嬉しかったから、当然従う。
 だが彼は、庭で楽しげに話すひと組の男女に向かっていった。
 近づくにつれ、それがキンバリー・グレイホルムと、彼女の恋人の公爵だということがわかった。

 キンバリーが驚いた表情をするのが見える。
 レイズナーは二人に向かって一礼した。私も倣ってお辞儀をする。

「先日は、劇場で失礼いたしました」

 レイズナーが言うと、公爵は人の良さそうな笑みを浮かべた。

「やあレイブン、失礼だなんてとんでもない。君のおかげで、妙な男に絡まれずに済んだのだから」
「ご紹介する間もなかったので、改めて――妻のヴィクトリカです」
「何度かお会いしておりますものね?」

 公爵は恐縮したようにぺこぺこと頭を下げる。

「ええ王女様。以前あなたの婚約パーティで……あ!」

 自分の失言に気がついたように、公爵は再び頭を下げた。確かに彼とは、ヒースとの婚約パーティで挨拶を交わしたことがある。
 
 なんとも言えない気まずさに、思わずレイズナーと顔を見合わせ笑い合った。奇妙な感じだ。ヒースとの婚約が解消されたことに、今はもう傷ついてさえいない。

 私たちの顔を、公爵は不思議そうに見つめた。

「何か?」
「いえ、心から祝福を申し上げます。色々言う輩も多いですが、お二人は本当にお幸せそうで――」

 それから彼は、キンバリーに微笑みかけ、その背を押した。

「こちらは、キンバリー・グレイホルム伯爵令嬢です。パーティのパートナーとして、来てもらいました」

 近々、私生活でもパートナーになるのだろう。二人の距離は近く、互いを信頼していることがすぐに分かる。
 ふいに、レイズナーが場違いとも言えることを口走った。視線はまっすぐに、キンバリーを見つめている。

「私は妻を信頼しています。何もかも、全て話しました。生まれも、育ちも、――」

 レイズナーが言外に告げたメッセージは、正しく届いたらしかった。はっと、キンバリーの目が見開かれ、私を見た。レイズナーと同じ瞳の色だ。比べて見ると、二人は確かによく似ていた。

 彼によく似た目が微かに優しさを帯び、公爵に気付かれないように、ほんのわずかだけ微笑んだ。歳は私よりも上だけど、なんて可愛らしくて素敵な人なんだろう。
 彼女と義妹として過ごせたら、どんなに幸せだろうと考えた。それをレイズナーは、許しはしないだろうけれど。

 美しい声色で、彼女は言う。

「私からも、心からお祝い申し上げますわ。ヴィクトリカ様、レイブン様――本当に、お似合いだと思います。どうか、お幸せに」

 レイズナーが微笑んだ。

「あなたも、ミス・グレイホルム。彼なら、何不自由なく、あなたを幸福にしてくださるでしょうから」

 照れながらも、しっかりと頷く公爵なら、必ずキンバリーを幸せにするだろうと私は嬉しくなった。
 レイズナーの話を聞いてから、キンバリーは既に、私の中では他人ではなくなってしまっていた。
 


「兄妹であることを、ずっと周囲に隠しておくの? 彼女を遠ざけて」

 庭を二人で歩きながら、レイズナーに尋ねた。

「俺が近くにいて、キンバリーが記憶を思い出すのが怖いんだ。彼女は幸せになる。あの貧民街での暗い記憶を誘発するものから、遠く離れていた方がいい」

 なんてこの男は不器用なんだろう。大切なものほど遠ざけてしまうだなんて。
 彼の腕に手を置きながら歩いていると、胸が否応なく高まる。敵を探さなくてはならないのに、この穏やかな時間が永劫続けばいいと、願わずにはいられない。

 だから彼の言葉に現実に戻されたときに、密かに落胆した。

「エルナンデスを探すか」

 そして続けて言われた言葉に、自分でも分かるほど舞い上がった。

「夜は君の部屋に行くよ。一緒に過ごそう」

 私は彼の挙動一つで、こんなにも簡単に心が対極に揺れてしまう。自分はこれほどまでに、欲望に忠実な人間だったということを、彼と過ごすようになって初めて知った。
 
 幸にして、エルナンデスはすぐに見つかった。庭をうろうろと物珍しげに歩き回っていたのだ。
 
「おい」

 レイズナーが声をかけるとびくりと彼は体を震わせた。

「レイズナー! 探していたんだぜ」

 そして私を見て、にやりと笑う。

「これは奥様。劇場でお目にかかりましたね」
「失せろ。それともまた追い出されたいか?」
「奥様からも言ってくださいよ。俺とこいつは、貧民街時代からの仲間で、家族のことも、色々と知っているってのに、冷たいんです」
 
 暗に、レイズナーがひた隠しにしているキンバリーとの関係をバラすぞと脅しているのだ。
 私はにこりと微笑んだ。

「あら、では私からもあなたへ忠告いたしますわ。実は私も、何もかも知っているんですの。彼を脅す材料は、もうないと言うことですわ。
 それに私、こう見えても、元々王女で、人の口を封じる手段に長けているんですもの。誰にも気付かれず人一人いなくならせるくらい、容易いの。またあなたを見かけたら、何をするか分かりませんわ」

 もちろん脅しだが、エルナンデスの顔色は変わる。

「ご自分が大切ならば、くれぐれもご自愛なさってね?」

 エルナンデスの顔は引きつり、そして恐怖に凍り付いた。想像し得る最悪の事態を思い浮かべたのかもしれない。
 そのまま、聞いたこともない悪態を付きながらではあるが、彼は確かに去っていた。
 これで、懸念の一つはなくなった。
 彼は単なる小悪党に過ぎない。ここまで脅せば、もうしばらくは大人しくしているだろう。

 レイズナーを見ると、愉快そうに笑っていた。私の髪に触れると、そこにキスをする。

「ヴィクトリカ。君が妻でよかったと、心から思ったよ」
 
 ――ああまたしても。私の胸は高鳴った。


 前回との差異はまだあった。
 気がつけばお兄様が現れる時間になり、そしてその通り、彼はやってきた。
 違いがあったのはポーリーナだ。私がずっとレイズナーといたせいか、会いにすらこなかったということに、その時初めて気がついた。

 お兄様に挨拶をするポーリーナに、以前とは違い、はしゃいだ様子はない。主役だというのに表情はどこか浮かず、ちらちらと私に目を向けていた。
 
 なにか、言いたいことがあるのだろうか。そう思い、兄妹揃っての挨拶を終え、話しかけようとしたところで、するりと逃げられてしまう。

 たった一人の妹に、こうも避けられてしまうと、なんとも悲しい。たとえ相手がヒースだったとしても、ポーリーナには幸せになってもらいたい。お祝いの言葉だって、この世界ではまだ伝えていなかったのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ
恋愛
 イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。  王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて…… 「小説家になろう」様にも掲載しています。

【完結】どうやら時戻りをしました。

まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。 辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。 時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。 ※前半激重です。ご注意下さい Copyright©︎2023-まるねこ

記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

【完結】転生したら悪役令嬢になったようですが、肝心のストーリーが分かりません!!

Rohdea
恋愛
ある日、自分の前世を思い出した公爵令嬢キャロライン。 今世の自分は、容姿もスペックも、前世の自分が好んでプレイした乙女ゲーム、もしくは読んでいた小説の中に出てくる悪役令嬢にしか思えなかった! しかし、肝心のストーリーが分からない……。 そんな中、自分と王太子との婚約が決まった事で、やはり自分は悪役令嬢に転生したのだと確信する。 また、入学した学園では、この子こそ“ヒロイン”だと確信出来る令嬢も現れた! 来るべき悪役令嬢の断罪の日に向けて、芽生えてしまった殿下への恋心も封印し、色々と覚悟を決めるキャロラインだったけど……? *2021.1.25 本編は完結しました! 明日から、ヒーロー視点のお話を数話更新します。 その後、後日談的なおまけのお話を1つ更新予定です!

冷酷王子が記憶喪失になったら溺愛してきたので記憶を戻すことにしました。

八坂
恋愛
ある国の王子であり、王国騎士団長であり、婚約者でもあるガロン・モンタギューといつものように業務的な会食をしていた。 普段は絶対口を開かないがある日意を決して話してみると 「話しかけてくるな、お前がどこで何をしてようが俺には関係無いし興味も湧かない。」 と告げられた。 もういい!婚約破棄でも何でも好きにして!と思っていると急に記憶喪失した婚約者が溺愛してきて…? 「俺が君を一生をかけて愛し、守り抜く。」 「いやいや、大丈夫ですので。」 「エリーゼの話はとても面白いな。」 「興味無いって仰ってたじゃないですか。もう私話したくないですよ。」 「エリーゼ、どうして君はそんなに美しいんだ?」 「多分ガロン様の目が悪くなったのではないですか?あそこにいるメイドの方が美しいと思いますよ?」 この物語は記憶喪失になり公爵令嬢を溺愛し始めた冷酷王子と齢18にして異世界転生した女の子のドタバタラブコメディである。 ※直接的な性描写はありませんが、匂わす描写が出てくる可能性があります。 ※誤字脱字等あります。 ※虐めや流血描写があります。 ※ご都合主義です。 ハッピーエンド予定。

天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。 王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。

処理中です...