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彼女は彼と近づいていく

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 なんと十二歳になった。

 私たちの関係は相変わらず、傍目から見ると家庭教師と生徒。でも実際、授業なんてしていない。ほとんど彼とはくだらないと思えるおしゃべりをしたり、チェスをしたりするだけだ。
 告白すると、その時間は嫌いでは無かった。そういえば私、こうして深く他人と関わるのは初めてだ。

 私たちの関係は、この頃、多分友人同士だったと思う。
 
「今日は帰りが遅くなるから夕食は用意しなくて結構ですよ」

 まるで宮の住民のような態度で使用人にそう言うと今度は私に向き直った。

「モニカ、たまには街へ出ないか?」

 彼はいつの間にか、私に敬語を使わなくなっていたし、私もそれを許していた。

 彼が私の手を引く。
 恋なんてしないはずだった。だけどその手は温かく、思いがけず心地よかった。

 お忍びで街を歩く。兄妹のように見えるだろうか。少女達がオーウェンの姿を見て色めき立っている。
 彼はまだ独身で、結婚するつもりはないらしい。それもそうだ、ゲームのヒロインと熱烈に恋に落ちるんだから、その運命を、知らずに待っているのだろう。

 ――イザベラはどうやってオーウェンに出会うんだっけ?
 確か十六歳になったとき街で男に絡まれているのを助けてもらうんだっけ。

 彼は必ずイザベラを愛する。だってここはそういう世界だから。そう思うと、胸が痛かった。
 

 ◇◆◇


「なあ、モニカ。結婚しようか」

 オーウェンは突然そんなことを言った。私は飲んでいた紅茶を吹き出し、彼の顔をびしょ濡れにした。

「なんで?」

「なんでって、君を好きだと思うから」

 既にお父様の許可はいただいているという。

「君がそれなりに大人になるのを待ったんだ」

 オーウェンは二十四歳。それなりに大人と言っても、私は十四歳。びっくりして聞いてしまった。

「小児性愛者なの?」

「失敬だな、君だからだよ。君が老人だったとしても、私は結婚を申し込んださ」

 そう言って、彼は笑った。

 だけど私は断った。彼は驚き、しきりに理由を問いただした。――だって、死にたくないんだもん。

 それにオーウェンはやっとできた大切な友達だった。その関係を崩したくない。
 私が彼と婚約するということは、いつか彼に殺されるということだ。そうはなりたくなかった。


 ◇◆◇


 十五歳になった。
 お父様が死んだ。

 ゲームのシナリオで、このことは知っていた。だってそうじゃなきゃ、モニカは女王にはならない。
 覚悟をしていたとは言え、胸にぽっかりと穴が空いたような喪失感があった。国中が喪に服した。国民は皆泣いた。私は先頭で棺を運んだ。役割を全うした。不思議と泣かなかった。

 なのに、宮に帰ってオーウェンの姿を見たとき、自分でも驚くくらい感情が抑えきれなくなって、どうしようなく彼の胸に顔をうずめて大泣きした。

「モニカ、私にあなたを、支えさせてくれ」

 彼は私をそっと抱きしめた。彼の体は温かかった。
 
 もう認めよう。
 私は一人では生きられないし、彼は大切な人だった。
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