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1 人間失格
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恥の多い生涯を送って来ました。
などと言えるほどの厚かましさも殊勝さも無かった。オレは自分というものがよく分かっていたつもりだったし、身の程知らずの野望を抱くほど馬鹿ではなかった。
適当に遊び、適当に生きる。
それがモットーであり、もはやオレの存在など忘れたも同然の元家族に、大きな迷惑などかけたつもりもなかった。
だからあの糞女が――つまり名目上のオレの妻のことだが、あのエレノアがしでかしたことが、王家の血筋のオレさえ処刑する騒ぎになるなんてどうして予想できよう。
だがいくら恨んだとしても、あの女は既に死んだ。
「放せ貴様ら! この、下衆どもが!」
処刑人どもは数人がかりでオレの体を押さえつける。
気高く散るなどできなかった。
当たり前だろう? オレは死にたくなかった。
「兄上、最期くらい王家の誇りを持ったらどうです? あなたが兄などと恥ずかしい。人間失格だと思えるほどの、最低の人だ」
くそったれの現国王が呆れ混じりにそう言った。
というわけで、オレは死んだ。
信じられるか? 花さえ嫉妬する美しさと讃えれたこのオレが、ギロチンにかけられ死んだんだぜ。
この目が最期に見たのは、自分の体が無様に血を流す姿だった。
ああ畜生。
オレは思ったね。
死んだらまず、弟から呪い殺そうと。
――。
――――。
――――――。
などと思ったところで目が覚めた。
隣に裸の女が寝ている。
「ヒース。もう少し一緒にいましょうよ」
甘ったるい声を発した女の手がオレの首に触れた瞬間、悲鳴を上げて振り払った。死の、生々しい感触がある。
部屋にある鏡の前まで急いでいくと、そこには裸の男が映っていた。
見目麗しく逞しい。ブロンドの長髪が官能的に乱れている。つまるところオレだ。
首に触れる。繋がっている。傷跡さえない。
「どうしたっていうの? あなた、変よ?」
オレはさっき確かに死んだ。
夢なんて曖昧なものじゃない。
あまりにも現実的な感触があった。
オレの機嫌は最高に悪い。
「変なのは貴様だ、リリア。夫がいる身で王子と火遊びとは、頭がおかしいとしか思えない」
リリアの顔が引きつった。
「帰れ、二度と顔を見せるな」
リリアの顔が真っ赤に染まり、側にあった花瓶をオレ目がけて投げつけた。
「何よ! 誰が王子ですって? 廃嫡されて、辺境に追いやられた価値のない人間のくせに!」
リリアが出て行った瞬間、入れ替わるように使用人がやってきた。枯れ木のような老人で、ただ粛々と己の業務をこなすのが喜びのような、面白みのない男だった。
「ヒース様。式の準備が整いました」
「式だと?」
睨み付けるが効果は薄い。
「エレノア様は支度が済んでおります」
「エレノア? あの女は死んだだろう」
「支度をすれば、酔いもましになるでしょう」
うっすらと記憶が蘇ってきた。
一度、経験したことがある。
あの女との結婚式。
その前の晩、正体をなくすほど酒を飲み馬鹿騒ぎをしてリリアと一晩過ごした。そうだ、あの日に間違いない。
オレは、どういうわけか、死の三ヶ月前に戻ってきた。
ここは過去で、オレは生きている。
どうやらそれも、確かな事実。
――復讐してやろう。
当たり前だがそう思った。
相手は弟ウィリアムだ。
なぜならこのオレを、こけにしたからだった。
「神の御名において、この婚姻を正式なものとする――」
司祭の声が遠く聞こえる。
結婚式を行って、間違いなく過去に来たのだと確信した。隣にいる妻が、前と全く同じだったからだ。
過去の記憶と寸分違わず、にこりとも微笑まない花嫁エレノアがそこにいた。
黒髪は見事だし、顔も整っている。だが、この世で最高の男――つまりオレだが、オレと結婚するのに少しも嬉しそうにしない女などこちらから願い下げだった。
第一、オレが首を切られて死ぬ原因はこの女にあるのだ。
かわいげのない女だ。
面白みもない。
ベッドの上で甘えてくればまだ愛嬌はあるが、オレはこの女に触れた記憶さえないし、触れたいとも思わない。
それも仕方がないだろう。今や堕落した生活を甘受しているが、オレにだってプライドはある。
エレノア・マーシー令嬢は元々オレの弟、ウィリアムと婚約していた。
詳細は知らないが破談になり、父上がオレと結婚をさせた。
そしてここから先は、時が戻る前に人づてに聞いた話だ。エレノアは理解不能なことにまだウィリアムに未練があったらしい。だが阿呆の弟は彼女を拒否した。
愛が深い分憎しみもまた深し。
これは今日という結婚式からすると、未来に当たることだが、エレノアはウィリアムを毒殺しようとしたのだ。そのまま殺してくれればよかったが、悪運ばかり強い弟は生き残った。
奴は次期国王だった。女遊びが激しすぎるとの名目で、オレが廃嫡されたのだから。
未遂とは言え、次期国王に毒を盛ったのだ。処刑は免れない。で、実際彼女は処刑された。オレは妻が処刑されようと、何の感情も浮かばなかったし、死んだと聞いても顔さえろくに思い出せなかった。興味がなかったからだ。
だが不幸はそれで収まらなかった。
嘆かわしいことに、オレが弟暗殺の首謀者に仕立て上げられたのだ。無罪だった。にもかかわらず、オレの首は切られた。
つまり何が言いたいかと言うと、エレノアは弟のお下がりで、オレが死ぬ直接の原因であるということだ。
だが情けないことに、オレはこの結婚に反対できない理由があった。
父上から、オレは生活費をもらっている。そして結婚は、父上からの命令だ。偉大なるスポンサーのへそを曲げるわけにはいかなかった。
結婚式での会話がなかったのは以前と同じで、そもそもオレはエレノアの声さえろくに聞いた覚えがない。
オレの感心はどうやってウィリアムに復讐をしようかということで、初夜の義務など果たす気もなかった。
だが寝室で一人、横になりながら浮かんだのは、一つの妙案だった。
エレノアを口説き落とそう。
そうすれば、ひとまず彼女がウィリアムを毒殺することはなくなる。
女一人惚れさせるくらい、このオレの美貌を持ってすれば容易いことだ。以前はエレノアに迫らなかっただけで、口説いて落ちなかった女はいないのだから。
既に深夜だったが、オレはエレノアの寝室を訪ねる。
寝間着姿で彼女は現れ、その無防備な姿に、図らずも胸が高鳴る。
「どうされました?」
思いのほか、落ち着いた声で彼女は言い、オレは我に返った。ここに来たのは彼女をオレの虜にするためで、オレが彼女に見惚れるためではないのだ。
寝室に一歩踏み入れると、彼女の細い腰を引き寄せ、驚き声を発しようとする唇に口づけをした。しばらくの後、体を離し、彼女の反応を確かめる。
「こうされて、嫌な女はいない」
「馬鹿にしないで!」
パン、と鋭い痛みが頬に走る。
オレは生まれて初めて殴られた。
エレノアが、赤い目をして、憎しみを込めてオレを見る。
「あなたがわたしを愛していないことは知っています。だからわたしも愛しません。愛人を何人作っても構いません。互いに干渉しないようにいたしましょう」
口早にそう言って、エレノアは扉を勢いよく閉めた。
などと言えるほどの厚かましさも殊勝さも無かった。オレは自分というものがよく分かっていたつもりだったし、身の程知らずの野望を抱くほど馬鹿ではなかった。
適当に遊び、適当に生きる。
それがモットーであり、もはやオレの存在など忘れたも同然の元家族に、大きな迷惑などかけたつもりもなかった。
だからあの糞女が――つまり名目上のオレの妻のことだが、あのエレノアがしでかしたことが、王家の血筋のオレさえ処刑する騒ぎになるなんてどうして予想できよう。
だがいくら恨んだとしても、あの女は既に死んだ。
「放せ貴様ら! この、下衆どもが!」
処刑人どもは数人がかりでオレの体を押さえつける。
気高く散るなどできなかった。
当たり前だろう? オレは死にたくなかった。
「兄上、最期くらい王家の誇りを持ったらどうです? あなたが兄などと恥ずかしい。人間失格だと思えるほどの、最低の人だ」
くそったれの現国王が呆れ混じりにそう言った。
というわけで、オレは死んだ。
信じられるか? 花さえ嫉妬する美しさと讃えれたこのオレが、ギロチンにかけられ死んだんだぜ。
この目が最期に見たのは、自分の体が無様に血を流す姿だった。
ああ畜生。
オレは思ったね。
死んだらまず、弟から呪い殺そうと。
――。
――――。
――――――。
などと思ったところで目が覚めた。
隣に裸の女が寝ている。
「ヒース。もう少し一緒にいましょうよ」
甘ったるい声を発した女の手がオレの首に触れた瞬間、悲鳴を上げて振り払った。死の、生々しい感触がある。
部屋にある鏡の前まで急いでいくと、そこには裸の男が映っていた。
見目麗しく逞しい。ブロンドの長髪が官能的に乱れている。つまるところオレだ。
首に触れる。繋がっている。傷跡さえない。
「どうしたっていうの? あなた、変よ?」
オレはさっき確かに死んだ。
夢なんて曖昧なものじゃない。
あまりにも現実的な感触があった。
オレの機嫌は最高に悪い。
「変なのは貴様だ、リリア。夫がいる身で王子と火遊びとは、頭がおかしいとしか思えない」
リリアの顔が引きつった。
「帰れ、二度と顔を見せるな」
リリアの顔が真っ赤に染まり、側にあった花瓶をオレ目がけて投げつけた。
「何よ! 誰が王子ですって? 廃嫡されて、辺境に追いやられた価値のない人間のくせに!」
リリアが出て行った瞬間、入れ替わるように使用人がやってきた。枯れ木のような老人で、ただ粛々と己の業務をこなすのが喜びのような、面白みのない男だった。
「ヒース様。式の準備が整いました」
「式だと?」
睨み付けるが効果は薄い。
「エレノア様は支度が済んでおります」
「エレノア? あの女は死んだだろう」
「支度をすれば、酔いもましになるでしょう」
うっすらと記憶が蘇ってきた。
一度、経験したことがある。
あの女との結婚式。
その前の晩、正体をなくすほど酒を飲み馬鹿騒ぎをしてリリアと一晩過ごした。そうだ、あの日に間違いない。
オレは、どういうわけか、死の三ヶ月前に戻ってきた。
ここは過去で、オレは生きている。
どうやらそれも、確かな事実。
――復讐してやろう。
当たり前だがそう思った。
相手は弟ウィリアムだ。
なぜならこのオレを、こけにしたからだった。
「神の御名において、この婚姻を正式なものとする――」
司祭の声が遠く聞こえる。
結婚式を行って、間違いなく過去に来たのだと確信した。隣にいる妻が、前と全く同じだったからだ。
過去の記憶と寸分違わず、にこりとも微笑まない花嫁エレノアがそこにいた。
黒髪は見事だし、顔も整っている。だが、この世で最高の男――つまりオレだが、オレと結婚するのに少しも嬉しそうにしない女などこちらから願い下げだった。
第一、オレが首を切られて死ぬ原因はこの女にあるのだ。
かわいげのない女だ。
面白みもない。
ベッドの上で甘えてくればまだ愛嬌はあるが、オレはこの女に触れた記憶さえないし、触れたいとも思わない。
それも仕方がないだろう。今や堕落した生活を甘受しているが、オレにだってプライドはある。
エレノア・マーシー令嬢は元々オレの弟、ウィリアムと婚約していた。
詳細は知らないが破談になり、父上がオレと結婚をさせた。
そしてここから先は、時が戻る前に人づてに聞いた話だ。エレノアは理解不能なことにまだウィリアムに未練があったらしい。だが阿呆の弟は彼女を拒否した。
愛が深い分憎しみもまた深し。
これは今日という結婚式からすると、未来に当たることだが、エレノアはウィリアムを毒殺しようとしたのだ。そのまま殺してくれればよかったが、悪運ばかり強い弟は生き残った。
奴は次期国王だった。女遊びが激しすぎるとの名目で、オレが廃嫡されたのだから。
未遂とは言え、次期国王に毒を盛ったのだ。処刑は免れない。で、実際彼女は処刑された。オレは妻が処刑されようと、何の感情も浮かばなかったし、死んだと聞いても顔さえろくに思い出せなかった。興味がなかったからだ。
だが不幸はそれで収まらなかった。
嘆かわしいことに、オレが弟暗殺の首謀者に仕立て上げられたのだ。無罪だった。にもかかわらず、オレの首は切られた。
つまり何が言いたいかと言うと、エレノアは弟のお下がりで、オレが死ぬ直接の原因であるということだ。
だが情けないことに、オレはこの結婚に反対できない理由があった。
父上から、オレは生活費をもらっている。そして結婚は、父上からの命令だ。偉大なるスポンサーのへそを曲げるわけにはいかなかった。
結婚式での会話がなかったのは以前と同じで、そもそもオレはエレノアの声さえろくに聞いた覚えがない。
オレの感心はどうやってウィリアムに復讐をしようかということで、初夜の義務など果たす気もなかった。
だが寝室で一人、横になりながら浮かんだのは、一つの妙案だった。
エレノアを口説き落とそう。
そうすれば、ひとまず彼女がウィリアムを毒殺することはなくなる。
女一人惚れさせるくらい、このオレの美貌を持ってすれば容易いことだ。以前はエレノアに迫らなかっただけで、口説いて落ちなかった女はいないのだから。
既に深夜だったが、オレはエレノアの寝室を訪ねる。
寝間着姿で彼女は現れ、その無防備な姿に、図らずも胸が高鳴る。
「どうされました?」
思いのほか、落ち着いた声で彼女は言い、オレは我に返った。ここに来たのは彼女をオレの虜にするためで、オレが彼女に見惚れるためではないのだ。
寝室に一歩踏み入れると、彼女の細い腰を引き寄せ、驚き声を発しようとする唇に口づけをした。しばらくの後、体を離し、彼女の反応を確かめる。
「こうされて、嫌な女はいない」
「馬鹿にしないで!」
パン、と鋭い痛みが頬に走る。
オレは生まれて初めて殴られた。
エレノアが、赤い目をして、憎しみを込めてオレを見る。
「あなたがわたしを愛していないことは知っています。だからわたしも愛しません。愛人を何人作っても構いません。互いに干渉しないようにいたしましょう」
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