羊の皮を被っただけで

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本編

姉の記憶

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「隣国から王太子とその婚約者が来ているだろう?彼らの一行に、余計な者達が隠れていたらしい。」

侍女や護衛やらに紛れて国境を超えた者達の中で何人かが行方を眩ましていると言う。

……それって、スパイみたいなもの?それとも、亡命したいとか?

「王太子とその婚約者は見知らぬ人が紛れていたってこと?大丈夫なの?」

姉セシリアが紛れていたことを考えると、不安になり、聞いてみたのだが。

「いなくなった者は侍女が一人、侍従が一人なんだが……その侍女の方が少し不可解な事件に巻き込まれていて。」

ロバートの話では、いなくなった侍女は、王太子の婚約者であるケイティの実家である公爵家から連れてきた者らしい。ずっとケイティ嬢についていた侍女ではなく、結婚が決まってから配置された、そんなに付き合いの長くはない侍女。

だと言うのに。

「おかしな話なのだが、その侍女というのが既に四年前には亡くなっている、ということがわかったんだ。

ほら、セシリアが修道院に行く、と言って家を出た日に、同じ方向で盗賊が返り討ちにあった事件を覚えている?

あの時、私はセシリアが心配で、監視をつけていたんだけど、その事件、盗賊の中に平民の少女が紛れていたんだ。遺体として弔った時には大して不思議に思わなかったのだが、その少女の身元と、今回の行方不明の侍女の身元が一致した。」

「おかしくない?亡くなっている人間と今生きている人間が一致することなんてあるの?」


「いや、おかしいんだ。閣下曰く、この事件にはケイティ嬢が関わっている筈だと。まあ、それは私も同意見だ。彼女は、夜会で聞いた話では隣国で婚約者に心代わりによる婚約破棄をされて、修道院に入る際に、盗賊に襲われたところを王太子に助けてもらったらしいが、あの時の盗賊はほぼ、彼女の護衛が一人で対処していたという。

彼女は一時期、婚約者の非道な行いの被害者だと同情を集めていたが、今になって隣国での評判が反対になってきている。

元婚約者に訴えられたんだ。全て、仕組まれたことだと。」


「仕組まれた、なんて便利な言い訳ね。」


小説の中で考えると、仕組まれたのは、ケイティの方だった。だけど……小説とは全く別の展開を見せている現状に、元婚約者を嵌めて、同じ状況を作り出す、というのは、考えられる。

それでも、同じ状況にされた、ということは、多分その元婚約者はハニートラップに引っかかったのだ。その上で、仕組まれた、だなんて。ただの言い訳じゃない。

「うん。ただの言い訳だ。ただ、調べた結果あながちそうでもないらしい。それでここからが本題なんだけど、セシリアは本当に修道院に入ったのか?」

「どうして?」

「……公爵令嬢の関係者の中に、セシリアらしき人がいることがわかったんだ。同じ名前の似たような人物で他人の空似だと思いたいが……とても、似てるんだ。出会った頃のセシリアに。」

ロバートはいつも、セシリアの話をする時に苦しそうな顔をする。罪悪感に押し潰されそうな、そんな顔を。だけど、今のロバートは少し顔を赤く染めてまるで初恋を懐かしむようなそんな乙女のような表情を見せている。

そうだ、そういえば、ロバートの初恋は小説の中でも姉だった。だから、フレアは悔しくて、羨ましくて、ロバートに言い寄るんだったわ。

今はロバートが罪悪感以外の感情を思い出してくれたことに正直安堵している。これが小説のフレアとは異なる反応だ。

これは、今自分が満たされているおかげで心の余裕があるからだ。フレアの初恋はロバート。ロバートの初恋はセシリア。セシリアの初恋は、わからないけれど、ロバートか、もしくはあのジャンとか言う人なんだろう。

公爵令嬢の関係者に姉がいる、ということは、やはり姉は捕らえられている可能性が高い。サラに手紙を書いた人物も、公爵令嬢側にいると考えられる。

「ロバートは姉が、その侍女になりすました、と思っているのね。」
「いや。彼女が巻き込まれた可能性を探っている。人が亡くなっている、ということは、身の危険を感じた彼女が侍女に扮したと思う方が、私の記憶の彼女と合うからね。」

ロバートの記憶の中の姉とフレアの記憶の中の姉が違う印象なのは、ある意味当たり前だ。見せていた表情や、見ていた立場が違うのだから。



「ということは、侍女が死んだことを知りながら、姉を侍女だと偽って、自分の国に連れて行ったことになるわ。本当に大丈夫なの?真っ黒じゃない。」

「だから、私達が調べてるんだ。だけど修道院からは調べられないし。」

「ロバート、関係ないかもしれないんだけど、これを見てくれる?」

思わぬところで繋がるかもしれない二つの線に、今まで調べた情報をロバートに開示していく。何のために調べたかは言わずに偶々集まったセシリアの足跡をロバートに開示すると、頭の良い彼には、フレアの見えない何かが見えたようだった。

「君がいてくれて、良かった。」

ちゅ、と唇に触れるだけのキスをして、ロバートは足早に仕事に戻る。

彼の役に立てれば満足だ。それに、姉や公爵令嬢に状況を整えるために誰かは随分無茶なことをしたらしい。

見えない相手ではあるものの、殺人までした人間に、陥れられるのは嫌だと思った。

「隣国の情報を集めましょう。」

フレアとは裏腹に、護衛や侍女は心配そうな顔をしている。

「セシリア様、修道院に入っておられなかったんですね。」
「かもしれない、という不確定な状況だけど、そうね。隣国に囚われていた可能性が出てきたみたいね。」

リリーの表情がついさっきまでとは明らかに違い、こわばっている。

「どうしたの?」
「フレア様は、その……セシリア様には会われないでしょうか。」
「私は部外者だからね。捜索はロバートもしくは別の人がするだろうし、私はただの一般人だもの。」

「あの、セシリア様に何を言われても信じないでください。」
「なあに、それ。セシリアになんかイタズラでもしたの?」
「いえ、あの……セシリア様に近づくと、フレア様が危険な目に遭うんです。」

リリーももしかして、前世の記憶が?なんて、そんなことはある訳もない。リリーは小説には出てこない。だってフレアの侍女なんて、小説の中の侯爵家はつける訳ないのだから。

だから、彼女の発言はこの、今の世界に起因しているのだけど。

「どうして、私が危険な目に遭うの?」

「だって、今までずっとそうだったじゃないですか?」

意味がわからなくて、護衛を見ると、何故か護衛もリリーの言葉に賛同している。

「本当に、何の話?」
「さっき、話していたじゃないですか。日記の、これも違う、全て捏造だって。それに、私、伯爵家の侍女に聞いたことがあるんです。セシリア様がフレア様に害を為そうとしていたことを。」

リリーに話を聞いてもさっぱり状況が掴めない。リリーはフレアがさっき残されたセシリアの日記を読んでいた時にした独り言を覚えていて、以前聞いた伯爵家の使用人の言葉を加味した結果、フレアへの害意がセシリアにある、と判断したようだ。

「セシリアが私を害すの?私がセシリアを害すのではなくて?」

「日記に記されていない真実の話は、フレア様は気づかれていらっしゃらなくても充分悪意があります。子供の悪戯のレベルではないですよ。」

「そう言われても、確かに凍った池に落ちた時は死を予感したけれど、あれはセシリアのせいではないのだし。」

「でも、最初はセシリア様の一言がきっかけでしたよね?」

そう言われると、そうだったかもしれない。フレアは何があったかをもう一度思い返してみた。
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