羊の皮を被っただけで

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本編

伯爵家の領地

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フレアが行きたかったところには、姉が頻繁に訪れていた領地が含まれる。領地へ向かうのはいつも姉一人。傭兵を雇っていた形跡はない。

姉はいつも伯爵家の馬車ではなく、辻馬車を利用していた。それについては予想ではあるが、伯爵家の馬車が一台しかないことに起因する。

姉が領地まで馬車を使ってしまうと、社交だ、買い物だ、と大忙しの母の移動手段がなくなってしまう。母は元子爵令嬢で政略と言っても伯爵夫人になれたことが自慢であるから、伯爵家の紋章入りの馬車でしか移動したがらず、結局姉が折れることになっていた。

母は長年、二人の娘を産んだ後でも体型が変わらないことを自慢していたが、フレアも産んでからわかったこと。今は体型隠しのドレスというものがあり、それは一見普通のドレスと何ら変わらないものなのである。

母のドレスを一部整理した時に見つけたドレスの仕掛けを見て、母の体型のカラクリを理解した。

伯爵家の領地は、辻馬車を乗り継いで丸二日かかる場所にある。フレアは侯爵家に嫁いでから雇った護衛を数人と、侍女頭の姪で働き者のリリー、アーネストを連れて伯爵領に来た。姉と同じ道筋を辿るなら辻馬車移動が良いのだろうとしたのだが、侯爵家からダメ出しがあった為に、辻馬車をレンタルするに留めておいた。

アーネストも本当は連れてくる筈ではなかったが、父ロバートが帰ってくると思っていたら、王城にとんぼ返りしたことで、拗ねて不機嫌になっていたために、「伯爵領に一緒に行きたい!」と言い出したのだった。

「何も面白いものはない。」と最初に言い聞かせていたが、アーネストの様子を見ると、見たことのない景色に目を輝かせているから、まあ、良かったと思わざるを得ない。

生まれる前の話だから、アーネストは姉を知らない。フレアとしてもアーネストにわざわざ今はいない姉について話をする必要もないかと、話をしていない。それに小説でのフレアの子は今のアーネストではなく、その子は最終的には孤児院に入れられている。

今のアーネストのように、屈託ない笑顔を浮かべ、誰かに守られたりすることもなく、親に愛されたりもない、悲しい子供。フレアはそんな子にアーネストをしたくない。姉やその周りの誰かが小説の通りにこの世界を動かそうとするなら、アーネストとフレアを引き離そうとするなら、彼らは確実に敵と見做し、最後まで闘う。

辻馬車に乗るのが初めてのアーネストは何故かご満悦だった。乗り心地はいつもの侯爵家の馬車より悪いのに、「初めて」というキーワードに心を躍らせているのか、ただの馬車だというのに、嬉しそうだ。

伯爵領は長閑な場所で、栄えている侯爵領とは雰囲気が違う。後継者として何度か訪れたことのある侯爵領はアーネストにとっては第二の家であると同時に将来ここを治めなければならない、という課題でもあった。

侯爵家の馬車から降りた途端、こどもながらに顔を引き締めていた彼は、伯爵領に入るなりすっかり子供の顔で走り出していた。幼いが故にバランスの悪いアーネストが転んで泣かないように護衛の一人が追いかけていく。

「退屈しないようで良かったわ。」

娘を可愛いと思わない伯爵夫妻が孫を可愛いと思うわけもなく、伯爵領に来てもいつもフレアは両親に会いに行くことはない。アーネストを人質に、金を無心されるぐらいなら近づかない方が良い。今はまだ伯爵位は父にあるものの、領地などに関することは全てフレアが引き継いでいる。

伯爵領は近い内に売りに出す予定だ。だからアーネストが楽しげに遊べるのももうあと僅かのこと。

領地に行った姉がよく立ち寄るところがここから少し行ったところにある。そこは平民の子供達が通う学園で、姉が特に力を入れていたところだ。

姉は、領民達を堕落させながらも、教育には力を入れていた。家の事情に囚われず、子供達に学べる環境を作ること。それが姉の政策の要だった。

伯爵領内の平民の識字率は高くない。文字が書けるか書けないか、計算ができるかできないか、で就ける職に大きく差がつく。

わかっていても、彼らには時間がない。一家の労働力には子供も含まれるのだから。

姉は領民達と交流しながら、何とか学園を軌道に乗せた。


フレアは何度かこの地に来ていたが、教師に会うのは叶わなかった。いつもタイトなスケジュールの為、会える人は限られていたのだ。

サラと言う女性の臨時講師が、フレア一行を出迎えてくれた。アーネストがお利口にすると約束したので、一緒に学園を見学していると、丁度子供達が授業を受けている最中だった。

「お忙しいのにごめんなさい。以前姉が視察に来ていた時の話を聞きたくて。」

そう言うと、サラはセシリアの思い出話を話した後、ある教師を紹介してくれたのだ。

「セシリア様でしたら、私よりもジャンの方が良く話していたようです。彼は昔、貴族家で家庭教師をしていたそうですので、もしかしたらその時からの仲かもしれませんね。」

授業の邪魔にならないようにしていたが、何人かは此方を気にしているようでチラチラと見ては落ち着かない。

アーネストも自分より少し年上の子供に会ったことがまだない為に、興味津々と言う顔をしてガラス越しに、齧り付いて見ている。

教壇に立つ先生には申し訳ないと思うが、此方も時間がないのだから、なりふり構っていられない。

小説で復讐を開始するのは、夜会からきっちり二週間後。それまでに姉の仕掛けたトラップを全て見つけて無効にしなければ、我が身が危ない。

授業後、子供達に遊んでもらい満足そうなアーネストを眺めながら、案内役のサラの紹介で、先程の教師に姉の話を聞きに行く。

驚くことに彼は幼少期のフレアにも会ったことがあるらしい。

「ごめんなさい。全く覚えていなくて。」

彼の透き通るような青い瞳は、何処で見たような気になるけれど、正直何処で見たかさっぱり覚えていなかった。

「いえ、私自身、本当に少しの期間だけの臨時雇いの身でしたので、フレア様とお会いしましたのは、二度ほどだったと思います。」

姉の家庭教師が産休で代わったことはあったがその時だろうか。まだあの頃はフレアは勉強などせずにずっと遊び回っていた。家庭教師はいるにはいたが、姉ほどには厳しくなく、それは家を背負っているかいないかの違いだったのだろう。

遊び疲れて眠ってしまったアーネストをリリーに任せて、本題を切り出す。

やっぱりと言うべきか、ジャンとサラの二人は、セシリアと昔から手紙のやり取りをしていた。

「……セシリア様から修道院へ向かう、と聞いてから手紙が来なくなりました。こんなこと言ってはいけないのですが、あの日修道院に行く、と見せかけて本当は、ここに来るはずだったのです。あの方は平民になりたがっていました。フレア様と婚約者の方が互いに思い合っているので、自分が邪魔なのだと。だけど、伯爵家からは出られない。何とかして、と考えて修道院に行くことにする、と。傭兵を雇い、修道院に行ったと印象付けたら、此方に帰って平民になる、と。

だけど、何があったのか、あれから手紙が全く来なくなって、もしかしたら、伯爵家から引き止められて、出られなくなっているのではないかと。だけど、私達平民ではどうすることも出来ずにただ無事を願っていました。」

「そして、先週でしたか、私の元に見慣れない字で手紙が届いたのです。」

サラが取り出した手紙には、汚い字で「計画通りなので、気にしないで。」と書いてあった。差出人は姉の名前が記されているが、本人の筆跡ではない。

「待って。この字……」
セシリアが雇った傭兵が持っていたメモに書かれた字に似ているような気がする。

「んー、わからないわね。」
「そうですね、筆跡がわからないように汚く書いているのでしょうか。」
サラとフレアは互いに首を傾げた。

「姉が平民になってからどうする気だったのか、お二人はご存知ですか?」

「それは……私と結婚するつもりでした。」
ジャンは、姉にプロポーズして、返事も貰っていたらしい。
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