彼女が望むなら

mios

文字の大きさ
上 下
13 / 16

アイリスが望んだこと

しおりを挟む
「アイリス!」

呼ばれた声に振り向けば、そこには初めて会った時のままの眩しい笑顔。アイリスは、自分が望んだこの男と共に居られる幸福を神に感謝した。彼に向かって飛び込めば、逞しい腕で受け止めてくれる。誰よりも暖かいその胸に顔を埋めていると、何も怖がる必要はない、という気持ちになって、何だか泣けてくる。

自分の欲しかったものは、これだと、彼を絶対に失いたくない、と思う。




公爵家には娘のアイリスよりずっと大切にされている少年がいた。五歳になって婚約者と初めての顔合わせで、アイリスは驚いた。公爵家にいる少年によく似ていたからだ。

それで、何となく合点がいった。ジェイミーと言う名前を聞いて、それは確信となった。あの父が何の役割も持たない少年を拾う訳はない。

娘の誕生日すら、忘れた父だが、父親としての才よりも、公爵としての才があるのだと考えたら、憎しみを抱くこともなかった。

アイリスに王妃教育が施されるようになってからは、公爵家はジェイドのものだった。彼は、公爵家の後継者のように振る舞い、アイリスとの相性はすこぶる悪かった。

ジェイドはアイリスの部屋を夜な夜な訪ねてきては、護衛に返り討ちにされていた。「俺に媚を売っておけば、俺が王位についた時に、お前を召し上げてやるよ。」

アイリスにとっては、ジェイドよりも素直なジェイミーの方がまだマシな部類だった。それでも、王家に嫁ぐ、と言うなら父がどうなろうとも、逃げようと思っていた。

そんな折、王妃付きの侍女から、王太后様の側にいる少年についての噂話を耳にする。

アイリスは一縷の望みをかけて、彼に会いに行った。その先で、アイリスは一生を賭けて愛する存在を目にしたのだった。

アイリスは王太后様に彼を下さい、と直談判した。その頃には、自分より少し年上の彼は既に魔道具を作り始めていた。

「特定の人物が来た時にだけ、認識を阻害できる魔道具かぁ。難しい事をいうね。」額を掻きながら、うーん、と悩み、その割にはすぐに試作品として、持たせてくれる才能に、彼の事情がどうであれ、交渉次第で公爵の心を動かせる、と感じた。

アイリスはその試作品を身につけると、ジェイドからの攻撃を躱せることに気がついた。

ジェイドは、その後もアイリスに構おうとしたが、邸内というのに、会えない日が続き不満を募らせていた。

アイリスは邸内の不穏な空気に、また魔道具の製作を依頼する。「王太子のピアス」のような性格矯正の、魔道具だ。

試作品のそれは、ある言葉を聴くだけで、行いを改め、謝るようになるという代物だ。

ジェイドの横暴な振る舞いはこの時を機にどんどん減っていった。それに感謝したのはアイリスだけではない。公爵家で働く使用人達は、ほとほと、ジェイドの世話をすることに疲れはじめていた。彼らが愛するアイリスの為に、と頑張ってくれていたのだが、公爵がアイリスよりもジェイドの肩を持つものだから、ストレスがピークに達していたのだ。

大人しくなったジェイドは、アイリスに手を出したくともできなくなったことで、その対象をアイリスから別の女性に変えた。

そのことは、父を激昂させた。アイリスがジェイミーをうまく扱えなかった際の保険だと言うのに、彼はアイリスを選ばなかった。ここで叱責を受けたのが、アイリスならば、彼女は父を見捨てたかもしれないが、彼女の父が責めたのは、ジェイドだった。

「命を助けてやった恩も忘れ、愚かなまねをしおって。」

愚かな父の身勝手な叫びに、アイリスは呆れて代案を出したのは、勿論ジェイドの為ではない。自分の為だ。

王太后の息子で魔道具師のイーサンは父の眼鏡にかなう。彼はジェイドがなし得なかった保険の座にすんなり収まった。

最初からアイリスを愛して、互いに笑い合うそんな光景に簡単に使用人の心を掴んだかと思うと、便利な魔道具を惜しげもなく彼らに渡し、仕事を楽にして、喜ばれていく。

ジェイドの時とは違い、彼が周りに認められていく様は見ていて気持ちが良かった。

使用人達からすると、いつも無表情のアイリスが彼にだけはとびきりの笑顔を向けるのだから、彼がどのような人物か一目瞭然である。アイリスを愛する者同士、感謝こそすれど、不満など何もない。ただひたすら健やかに彼らが幸せになることを願うだけ。




しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

政略結婚で結ばれた夫がメイドばかり優先するので、全部捨てさせてもらいます。

hana
恋愛
政略結婚で結ばれた夫は、いつも私ではなくメイドの彼女を優先する。 明らかに関係を持っているのに「彼女とは何もない」と言い張る夫。 メイドの方は私に「彼と別れて」と言いにくる始末。 もうこんな日々にはうんざりです、全部捨てさせてもらいます。

三度目の結婚

hana
恋愛
「お前とは離婚させてもらう」そう言ったのは夫のレイモンド。彼は使用人のサラのことが好きなようで、彼女を選ぶらしい。離婚に承諾をした私は彼の家を去り実家に帰るが……

【完結】27王女様の護衛は、私の彼だった。

華蓮
恋愛
ラビートは、アリエンスのことが好きで、結婚したら少しでも贅沢できるように出世いいしたかった。 王女の護衛になる事になり、出世できたことを喜んだ。 王女は、ラビートのことを気に入り、休みの日も呼び出すようになり、ラビートは、休みも王女の護衛になり、アリエンスといる時間が少なくなっていった。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

処理中です...