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操り人形
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(おかしい……)
王太子殿下に割り当てられた執務室で、一人首を捻る男。マリジュ公爵家の次男リオンは、王太子殿下の最近の行動が不可解で仕方ない。
ピアスが正常に働いているか確認する為に、一時的に王太子殿下についている身として、彼に何が起こったか詳しく知る必要があるが、やっぱりリオンには何も分からなかった。
とはいえ、こんな大役を仰せつかったのだから、最初から投げるわけにもいかず、リオンは対象者の観察を続ける。
わかったことは、王太子殿下には公務をする気はないと言うこと。頭が良さそうに見えるから執務室にいる時だけかけていた伊達眼鏡を最近かけていないのは、何らかの要因があること。
自分と男爵令嬢以外は取るに足らないと、侮っていた心境はいつのまにか変化があったらしい。時折、傷ついたような顔でこちらを見たり、怒りを抑えたりする仕草を見せること。
リオンがこの役目を与えられたのには訳がある。彼は人の感情を魔力の移ろいで感じることができる。魔道具によって行動がいくら制御されていても、人間ならばある程度の感情はある筈で、それを読み解く力をリオンは持っていた。
感情の揺らぎを見極めて、人付き合いをするため、彼は人当たりが良かった。唯一、公爵家長男のエリアドとは仲が良くなかったが、それは本人にとって大した苦痛にもならなかった。
妹ヴァイオレットとは仲が良い。妹は感情の揺らぎが昔からあまりない。とても素直で穏やかな子だが、最近王太子殿下が起こした事件については、とても怒っていた。
「王太子のピアス」は、一度メンテナンスの名目で作成した者の弟子が、様々な効果を付与していた。
弟子と名乗る男は、不思議な男だった。どこかで出会ったことのあるような感覚に襲われるが、彼の魔力に共鳴しただけで、知り合いではないことは理解した。
彼から発せられた感情は、怒りと愉悦と、愛で、怒りよりは愉悦が上回っていた為に害はないと判断したが、間違っていたのだろうか、とこうなった今、悩んでいる。
王太子殿下は何らかの不調を訴えているが、周りには伝わらない。伝わらないことに癇癪を起こそうとするが、行動が制限されていて、これまた伝わらない。
彼が話せた内容は、「虫が入り込んでいる。羽音がする。」「君の意見はわかった。」「耳が痛いよ。」「すまない。」
……これだけで判断するの?
リオンは、やっぱりわからない。仏頂面でただ座っているこの男のことなんて。
(何故、何も分かっていないような顔をする?)ジェイミーは、この自分のそばについている男に何度説明を試みても全く相手にされないことに腹を立てていた。さっきから聞こえる虫の羽音のような、キーンとした音も、気になるし、何よりしたいことが全く出来ないではないか。
リリスとはあの式以来会えていないことも気になる。先程廊下で出会った女は、忌々しいことに、元婚約者と同類の女だ。
腹の中は隠したつもりだろうが、浅ましさが顔に出ている。リリスのような愛らしさを持ち合わせない。リリスならジェイミーと会えば飛びついて来てくれる。嬉しい、という感情を隠すこともせずに、全身で喜びを表現する。ジェイミーは貴族令嬢に嫌悪感を持っていた為、リリスに惹かれたところがある。
先程会った人物が誰なのか深く考えもせず、決めつけていた。
ジェイミーは最近になって自分に特別な能力が生まれたことに戸惑っていた。そばにいる人物の心の声が聞こえてくるのである。それも、内容は地味に応えるものばかり。前はいちいち腹を立てていたのだが、続いてくるとそんな気力もなくなってしまった。
聞こえてきた言葉は皆、自分に対しての不満だ。
「無能の王太子ではなくて、アイリス様が残れば良かったのに。」
「頭の悪い癇癪はまだかな。」
「眼鏡に頭の良くなる効果なんてないわよ。似合ってないし、どこにアピールしてる訳?気持ち悪い。」
「コレが王太子なんて、世も末だわ。」
「どうせ傀儡の王になるなら、これぐらい頭の悪い方が良いのかしら。」
最初は勘違いかと思った。空耳で、そんなことを話していないのに、自分の耳が悪いのかと。だが、彼らの口は動いていない。
彼らの態度もおかしなことはない。ならば、何故聞こえてくるのか。何だか自分の意思で動けないばかりか、変な音まで聞こえるようになって、ジェイミーはすっかり怯えてしまった。
まるで自分自身が操り人形のように、思えた。これでは、あの女と同じではないか。……あの女がいなくなったから、対象が私に移ったのか?
見えない力に、ジェイミーはただ怯える。
(そうか……あの女も身を挺して私を守っていてくれていたのだな。)
ジェイミーの無知故の幸せな勘違いは、誰に知られることはなかった。
王太子殿下に割り当てられた執務室で、一人首を捻る男。マリジュ公爵家の次男リオンは、王太子殿下の最近の行動が不可解で仕方ない。
ピアスが正常に働いているか確認する為に、一時的に王太子殿下についている身として、彼に何が起こったか詳しく知る必要があるが、やっぱりリオンには何も分からなかった。
とはいえ、こんな大役を仰せつかったのだから、最初から投げるわけにもいかず、リオンは対象者の観察を続ける。
わかったことは、王太子殿下には公務をする気はないと言うこと。頭が良さそうに見えるから執務室にいる時だけかけていた伊達眼鏡を最近かけていないのは、何らかの要因があること。
自分と男爵令嬢以外は取るに足らないと、侮っていた心境はいつのまにか変化があったらしい。時折、傷ついたような顔でこちらを見たり、怒りを抑えたりする仕草を見せること。
リオンがこの役目を与えられたのには訳がある。彼は人の感情を魔力の移ろいで感じることができる。魔道具によって行動がいくら制御されていても、人間ならばある程度の感情はある筈で、それを読み解く力をリオンは持っていた。
感情の揺らぎを見極めて、人付き合いをするため、彼は人当たりが良かった。唯一、公爵家長男のエリアドとは仲が良くなかったが、それは本人にとって大した苦痛にもならなかった。
妹ヴァイオレットとは仲が良い。妹は感情の揺らぎが昔からあまりない。とても素直で穏やかな子だが、最近王太子殿下が起こした事件については、とても怒っていた。
「王太子のピアス」は、一度メンテナンスの名目で作成した者の弟子が、様々な効果を付与していた。
弟子と名乗る男は、不思議な男だった。どこかで出会ったことのあるような感覚に襲われるが、彼の魔力に共鳴しただけで、知り合いではないことは理解した。
彼から発せられた感情は、怒りと愉悦と、愛で、怒りよりは愉悦が上回っていた為に害はないと判断したが、間違っていたのだろうか、とこうなった今、悩んでいる。
王太子殿下は何らかの不調を訴えているが、周りには伝わらない。伝わらないことに癇癪を起こそうとするが、行動が制限されていて、これまた伝わらない。
彼が話せた内容は、「虫が入り込んでいる。羽音がする。」「君の意見はわかった。」「耳が痛いよ。」「すまない。」
……これだけで判断するの?
リオンは、やっぱりわからない。仏頂面でただ座っているこの男のことなんて。
(何故、何も分かっていないような顔をする?)ジェイミーは、この自分のそばについている男に何度説明を試みても全く相手にされないことに腹を立てていた。さっきから聞こえる虫の羽音のような、キーンとした音も、気になるし、何よりしたいことが全く出来ないではないか。
リリスとはあの式以来会えていないことも気になる。先程廊下で出会った女は、忌々しいことに、元婚約者と同類の女だ。
腹の中は隠したつもりだろうが、浅ましさが顔に出ている。リリスのような愛らしさを持ち合わせない。リリスならジェイミーと会えば飛びついて来てくれる。嬉しい、という感情を隠すこともせずに、全身で喜びを表現する。ジェイミーは貴族令嬢に嫌悪感を持っていた為、リリスに惹かれたところがある。
先程会った人物が誰なのか深く考えもせず、決めつけていた。
ジェイミーは最近になって自分に特別な能力が生まれたことに戸惑っていた。そばにいる人物の心の声が聞こえてくるのである。それも、内容は地味に応えるものばかり。前はいちいち腹を立てていたのだが、続いてくるとそんな気力もなくなってしまった。
聞こえてきた言葉は皆、自分に対しての不満だ。
「無能の王太子ではなくて、アイリス様が残れば良かったのに。」
「頭の悪い癇癪はまだかな。」
「眼鏡に頭の良くなる効果なんてないわよ。似合ってないし、どこにアピールしてる訳?気持ち悪い。」
「コレが王太子なんて、世も末だわ。」
「どうせ傀儡の王になるなら、これぐらい頭の悪い方が良いのかしら。」
最初は勘違いかと思った。空耳で、そんなことを話していないのに、自分の耳が悪いのかと。だが、彼らの口は動いていない。
彼らの態度もおかしなことはない。ならば、何故聞こえてくるのか。何だか自分の意思で動けないばかりか、変な音まで聞こえるようになって、ジェイミーはすっかり怯えてしまった。
まるで自分自身が操り人形のように、思えた。これでは、あの女と同じではないか。……あの女がいなくなったから、対象が私に移ったのか?
見えない力に、ジェイミーはただ怯える。
(そうか……あの女も身を挺して私を守っていてくれていたのだな。)
ジェイミーの無知故の幸せな勘違いは、誰に知られることはなかった。
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