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見た目には完璧な
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男爵令嬢リリスは、ホクホク顔で歩いていた。ぎこちないカーテシーも、教師からたった一度正しい姿勢を見せてもらっただけで何故か上手く出来たし、あれだけ覚えられなかった人の名前も、外国語も、一度聞いただけで、頭の中に入ってくる。
学園では何度かの押し問答の末に呆れた顔をしていた教師よりも、王宮での教育係はいつでも褒めてくれる。
(私、実はやればできる子、だったのでは?)
王妃教育がうまく行かなければ、最悪優しいリリスが、公爵令嬢を側妃に推薦し、難しいことを全てやってもらおうと思っていた。でも、それはなくなりそうだ。
(ジェイ様に会えなくなって、泣きつけなくなったから不安だったけど。私、実は優秀だったんじゃない。)
学園にいた頃は、困ったことがあると、ジェイミー王太子殿下に泣きついていれば、勝手に解決していた。
リリスは、一人で王宮内を歩いていたわけではない。王家からつけられた侍女と、護衛がピッタリと側についている。初めはまるで監視されているようなピリピリとした空気があり、あまり好きになれなかったけれど、リリス自身の魅力か、最近は良い関係を築いているように感じる。
侍女のサブリナは、地方の伯爵家の三女でただの男爵令嬢のリリスよりも身分は上だ。護衛についているカールだって、侯爵家の四男という。男爵令嬢の護衛に就くような人ではない。
二人とも仕事だとはいえ、リリスに仕えるのは嫌だっただろう、とリリスは思う。
(サブリナには後で何か御礼を、カールには後で特別な御礼をすれば良いわね。)
リリスの一番は勿論、ジェイミー王太子殿下であるが、学園では優しくしてくれた男性には特別な御礼をしてあげるのがお約束だった。面食いのリリスにとって、少し甘い顔のジェイミーも好きな顔ではあるが、少し野生味のあるカールみたいな男も、好きの範疇だった。
リリスは自分の容姿に自信を持っていた。高位貴族のご令嬢達のように完璧ではなく、綺麗と言うよりは可愛らしい、親しみやすい自分の容姿は男性には好かれる。
特に、冷たく見える貴族令嬢を婚約者に持つ、貴族令息達には、守ってあげたい、だの、身分ではなく、自分だけを見てくれる、だの、妄想を掻き立てる容姿をしていると。
アイリス・チェルティと、リリス・アルストンを比べると、普通はアイリスを皆選ぶ。だが、アイリスが絶対しないことをリリスがすると、評価は変動する。
あざといと言われようと、媚びていると言われようと、はしたないと罵られようと、自分の魅力で男性を虜にして何が悪いの?
「貴族令嬢らしくない」
リリスの武器はその一言に尽きるのだが、自分に酔っているリリスは気がつくことはない。
カールに特別な御礼をする前に、リリスはジェイミーと再会を果たす。久しぶりに会えたのだから、飛びついて話を聞いてもらおうとしたのに、リリスはその場から動けない。リリスの思いとは裏腹にその場でお辞儀をした体勢で一言も発せない。
ジェイミーはそんなリリスに驚く素振りも見せずに、颯爽と歩いて行く。リリスは声を出してジェイミーに気づいてもらおうとするも、何かに操られたように何も出来なかった。
(え?何で?ジェイ様、私を見てもいなかった。アレ?釣った魚に餌はやらない、とかまさかそう言う?)
リリスの驚きを他所に、彼女の侍女サブリナと、護衛のカールは、魔道具の効果をその目で確認し、安堵した。
これで中身がどうあれ、見た目だけは完璧な王太子妃が出来上がるのは時間の問題だ。
カールとサブリナは次の段階に移行するための手筈を整える。二人とも王宮で働いてはいるが、その実、チェルティ公爵家の手の者だ。カールは主に魔道具の微調整を、サブリナは不穏分子の把握を主に担っている。
彼らはアイリスの為に、リリスを助けるが、そこに彼らの気持ちがあるわけもない。
「王太子殿下もピアスが使われたみたいね。」
ジェイミー王太子殿下は、特筆すべきことは何もない、所謂平凡の極みと言った人物だった。アイリス自身が優秀だったことから王太子教育も詰め込みすぎず、理解もゆっくりで、可もなく不可もない感じ。それが「愚者」に成り下がったのは、あの余興を経てからだ。
王太子妃だけでなく、王太子にも教育を。嘗ての教育係を一新して、スパルタ教育を施せば、アイリスの気も晴れるだろう、と公爵の計らいでピアスをアレンジしてもらった。以前のピアスでは、使用者の我儘は治らなかった。今は小さな罰と共に、矯正が始まる。
さて、あの「人形達」は、いつまで正気を保っていられるか。カールは悪趣味だとわかっていても、その様子を見届けたい。それがアイリスに対する忠誠の証であると思っていた。
学園では何度かの押し問答の末に呆れた顔をしていた教師よりも、王宮での教育係はいつでも褒めてくれる。
(私、実はやればできる子、だったのでは?)
王妃教育がうまく行かなければ、最悪優しいリリスが、公爵令嬢を側妃に推薦し、難しいことを全てやってもらおうと思っていた。でも、それはなくなりそうだ。
(ジェイ様に会えなくなって、泣きつけなくなったから不安だったけど。私、実は優秀だったんじゃない。)
学園にいた頃は、困ったことがあると、ジェイミー王太子殿下に泣きついていれば、勝手に解決していた。
リリスは、一人で王宮内を歩いていたわけではない。王家からつけられた侍女と、護衛がピッタリと側についている。初めはまるで監視されているようなピリピリとした空気があり、あまり好きになれなかったけれど、リリス自身の魅力か、最近は良い関係を築いているように感じる。
侍女のサブリナは、地方の伯爵家の三女でただの男爵令嬢のリリスよりも身分は上だ。護衛についているカールだって、侯爵家の四男という。男爵令嬢の護衛に就くような人ではない。
二人とも仕事だとはいえ、リリスに仕えるのは嫌だっただろう、とリリスは思う。
(サブリナには後で何か御礼を、カールには後で特別な御礼をすれば良いわね。)
リリスの一番は勿論、ジェイミー王太子殿下であるが、学園では優しくしてくれた男性には特別な御礼をしてあげるのがお約束だった。面食いのリリスにとって、少し甘い顔のジェイミーも好きな顔ではあるが、少し野生味のあるカールみたいな男も、好きの範疇だった。
リリスは自分の容姿に自信を持っていた。高位貴族のご令嬢達のように完璧ではなく、綺麗と言うよりは可愛らしい、親しみやすい自分の容姿は男性には好かれる。
特に、冷たく見える貴族令嬢を婚約者に持つ、貴族令息達には、守ってあげたい、だの、身分ではなく、自分だけを見てくれる、だの、妄想を掻き立てる容姿をしていると。
アイリス・チェルティと、リリス・アルストンを比べると、普通はアイリスを皆選ぶ。だが、アイリスが絶対しないことをリリスがすると、評価は変動する。
あざといと言われようと、媚びていると言われようと、はしたないと罵られようと、自分の魅力で男性を虜にして何が悪いの?
「貴族令嬢らしくない」
リリスの武器はその一言に尽きるのだが、自分に酔っているリリスは気がつくことはない。
カールに特別な御礼をする前に、リリスはジェイミーと再会を果たす。久しぶりに会えたのだから、飛びついて話を聞いてもらおうとしたのに、リリスはその場から動けない。リリスの思いとは裏腹にその場でお辞儀をした体勢で一言も発せない。
ジェイミーはそんなリリスに驚く素振りも見せずに、颯爽と歩いて行く。リリスは声を出してジェイミーに気づいてもらおうとするも、何かに操られたように何も出来なかった。
(え?何で?ジェイ様、私を見てもいなかった。アレ?釣った魚に餌はやらない、とかまさかそう言う?)
リリスの驚きを他所に、彼女の侍女サブリナと、護衛のカールは、魔道具の効果をその目で確認し、安堵した。
これで中身がどうあれ、見た目だけは完璧な王太子妃が出来上がるのは時間の問題だ。
カールとサブリナは次の段階に移行するための手筈を整える。二人とも王宮で働いてはいるが、その実、チェルティ公爵家の手の者だ。カールは主に魔道具の微調整を、サブリナは不穏分子の把握を主に担っている。
彼らはアイリスの為に、リリスを助けるが、そこに彼らの気持ちがあるわけもない。
「王太子殿下もピアスが使われたみたいね。」
ジェイミー王太子殿下は、特筆すべきことは何もない、所謂平凡の極みと言った人物だった。アイリス自身が優秀だったことから王太子教育も詰め込みすぎず、理解もゆっくりで、可もなく不可もない感じ。それが「愚者」に成り下がったのは、あの余興を経てからだ。
王太子妃だけでなく、王太子にも教育を。嘗ての教育係を一新して、スパルタ教育を施せば、アイリスの気も晴れるだろう、と公爵の計らいでピアスをアレンジしてもらった。以前のピアスでは、使用者の我儘は治らなかった。今は小さな罰と共に、矯正が始まる。
さて、あの「人形達」は、いつまで正気を保っていられるか。カールは悪趣味だとわかっていても、その様子を見届けたい。それがアイリスに対する忠誠の証であると思っていた。
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