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公爵令息は訝しんだ
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アランは体力の衰えを実感していた。馬なら馬車よりも早く着けると颯爽と勢いよく駆ける筈が、途中の街でアランの重さに馬が疲弊してしまうなどと思わなかった。アランは仕方なく馬車を調達し、侯爵領に向かったものの、馬車では走る道が馬とは異なり、大幅に遠回りをしなくてはならなかった。
アランの記憶の中のカリナは、最初の顔合わせの時のものしかない。婚約者になってから少なくとも三、四年は経っているが、アナスタシアと比べて地味な見た目に、正直あまり覚えていない。
地味と言っても多分あの野暮ったいドレスを変えれば何とか化けるかもしれない。アナスタシアが言うには、女性が綺麗に居続ける為には先立つものがなければ、と言っていたし、公爵夫人になるならば少しぐらい着飾ってもらわなければ。
アランはふと、彼女にドレスを贈るのはどうかと思い、行き先を変更した。彼女の趣味はわからないが、婚約者なら女性にドレスの一枚や二枚贈るのが普通だろう。自分はドレスについてよくわからないから、アナスタシアが選んでいたようなものを贈らせよう。
アナスタシアの顔が咄嗟に浮かび、アランは苦虫を噛み潰したような顔になる。
アナスタシアに未練はない、とは言えないが、縋りついたところで王家に睨まれては困るのだ。
ましてや、男爵の知人を名乗る怪しげな男達から公爵家に何やら横槍があるらしく、母が苛々していた。
アランは父に似ていないことで母から期待されていない。顔だけではなく性格も、父の弟にそっくりなのだそうだ。身内なのだから、似てもおかしくはない。
アランは自分が整った容姿をしていることは知っていたが、見たこともない叔父に似てると言われても、よくわからないし、会いたいとも思わなかった。その叔父が何をやらかしたのかは知らないが母の口調から母が彼をよく思っていないことだけはわかった。母は嫌いな叔父に似た自分をそれなりに愛してくれたようだが、アナスタシアのことを認めてはくれなかった。
思えばあの頃からだろうか。カリナの近くにあの男が見え隠れし出したのは。
侯爵家の使用人事情などアランには知る由もないが、カリナがアランより遥かにその使用人を頼りにしていることがわかって、柄にもなく少し苛ついたのだった。
今になって思うと、あれはアナスタシアに夢中になっている自分へ向けてのメッセージだったのだろう。カリナだって、まさか本当に使用人如きと、情を交わしていることはないだろう。あの男……どこかで見たことのある顔のような気もするが、まあ、よくある顔なのだろうと、アランは深く考えなかった。
アランが入った店は、侯爵領の近くの店だが、馬車に家紋がない為に、公爵子息だとは気づかれなかった。本人は言わなくてもわかるほど公爵子息としての品が備わっている、と思い込んでいるが、他の者から見るに貴族はどれも同じように見えた。
そこでアランは思わぬ言葉を聞いた。店内には他にも客がいて、噂話は耳を塞ごうにも聞こえて来た。
「公爵家の後継者が変わったらしいわよ。ほら、領地のことを婚約者に任せて別の女に入れ込んでいるって噂の。
公爵家には嫡男がいるのに、あまりにも出来が悪い為に、親戚筋から養子を迎えてその子に継がせるのですって。」
どこも大変だな、と思うものの、その嫡男の特徴に自分の姿が重なっていき、嫌な予感がした。
「いや、まさか。」
だが、店内の噂話は止まらない。
「ああ、クィール侯爵家の、カリナ様の婚約者でしょう?あの、長身の。あら、彼の方が新しい後継者?なら、元の婚約者を知らないわ。こちらには来ていないのかしら。カリナ様は良く見かけるのに。」
「だから、そう言うことなんじゃない?婚約者の家なのに、何の働きもしない男なんでしょ。」
「ああ、いるわね、そんな人。そう言う人に限って忙しい、とか言って何も出来ないのよ。うちの息子もそう!口だけなのよね。」
アランは新しい後継者について聞きたかったが、それから彼女達の話は別に移ってしまい、続きを聞くことは出来なかった。
アランの記憶の中のカリナは、最初の顔合わせの時のものしかない。婚約者になってから少なくとも三、四年は経っているが、アナスタシアと比べて地味な見た目に、正直あまり覚えていない。
地味と言っても多分あの野暮ったいドレスを変えれば何とか化けるかもしれない。アナスタシアが言うには、女性が綺麗に居続ける為には先立つものがなければ、と言っていたし、公爵夫人になるならば少しぐらい着飾ってもらわなければ。
アランはふと、彼女にドレスを贈るのはどうかと思い、行き先を変更した。彼女の趣味はわからないが、婚約者なら女性にドレスの一枚や二枚贈るのが普通だろう。自分はドレスについてよくわからないから、アナスタシアが選んでいたようなものを贈らせよう。
アナスタシアの顔が咄嗟に浮かび、アランは苦虫を噛み潰したような顔になる。
アナスタシアに未練はない、とは言えないが、縋りついたところで王家に睨まれては困るのだ。
ましてや、男爵の知人を名乗る怪しげな男達から公爵家に何やら横槍があるらしく、母が苛々していた。
アランは父に似ていないことで母から期待されていない。顔だけではなく性格も、父の弟にそっくりなのだそうだ。身内なのだから、似てもおかしくはない。
アランは自分が整った容姿をしていることは知っていたが、見たこともない叔父に似てると言われても、よくわからないし、会いたいとも思わなかった。その叔父が何をやらかしたのかは知らないが母の口調から母が彼をよく思っていないことだけはわかった。母は嫌いな叔父に似た自分をそれなりに愛してくれたようだが、アナスタシアのことを認めてはくれなかった。
思えばあの頃からだろうか。カリナの近くにあの男が見え隠れし出したのは。
侯爵家の使用人事情などアランには知る由もないが、カリナがアランより遥かにその使用人を頼りにしていることがわかって、柄にもなく少し苛ついたのだった。
今になって思うと、あれはアナスタシアに夢中になっている自分へ向けてのメッセージだったのだろう。カリナだって、まさか本当に使用人如きと、情を交わしていることはないだろう。あの男……どこかで見たことのある顔のような気もするが、まあ、よくある顔なのだろうと、アランは深く考えなかった。
アランが入った店は、侯爵領の近くの店だが、馬車に家紋がない為に、公爵子息だとは気づかれなかった。本人は言わなくてもわかるほど公爵子息としての品が備わっている、と思い込んでいるが、他の者から見るに貴族はどれも同じように見えた。
そこでアランは思わぬ言葉を聞いた。店内には他にも客がいて、噂話は耳を塞ごうにも聞こえて来た。
「公爵家の後継者が変わったらしいわよ。ほら、領地のことを婚約者に任せて別の女に入れ込んでいるって噂の。
公爵家には嫡男がいるのに、あまりにも出来が悪い為に、親戚筋から養子を迎えてその子に継がせるのですって。」
どこも大変だな、と思うものの、その嫡男の特徴に自分の姿が重なっていき、嫌な予感がした。
「いや、まさか。」
だが、店内の噂話は止まらない。
「ああ、クィール侯爵家の、カリナ様の婚約者でしょう?あの、長身の。あら、彼の方が新しい後継者?なら、元の婚約者を知らないわ。こちらには来ていないのかしら。カリナ様は良く見かけるのに。」
「だから、そう言うことなんじゃない?婚約者の家なのに、何の働きもしない男なんでしょ。」
「ああ、いるわね、そんな人。そう言う人に限って忙しい、とか言って何も出来ないのよ。うちの息子もそう!口だけなのよね。」
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