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66.聖女の生活(side エレノア)

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「聖女様、朝食の準備が整いました」


「わかりました」


 山奥の小さな村を出て約ひと月、大神殿の生活には少し慣れたけれど、村での距離感が懐かしい。
 両親と兄と弟、村人もほとんど家族同然の付き合いしている人達ばかりだったから、ていねいに話す人なんていなかったもの。


 小さな頃から治癒魔法の才能があると言って、時々村に来る隣町の神官様が目をかけてくれていた。
 ふた月ほど前のある日、村長さんが行商の商人に騙されて呪われた魔導具を買ってしまい、隣町の神官様が来てくれたけれど浄化できず、なんとなくできそうな気がして気持ちを込めたら浄化できてしまったのが始まり。


 そうしたら神官様は目の色を変えて、私が聖女だと言い出した。
 村のみんなは自分より能力があったから、そう言わないと恰好がつかないからだろうと笑っていたのに。
 確かに神官様はその時、大神殿に報告するとは言っていたけど、まさか村を離れる事になるとは思っていなかった。


 王都の大神殿からお迎えが来た時は村中の人が驚き、そして別れの時は泣きながら見送ってくれた。
 武器さえあれば村人でも対応できる程度の弱い魔物しか出ず、子供の時から親の目を盗んでは走り回っていた山を離れた時は少し泣いてしまい、神官見習いの女性に慰められてしまった。


 その人がさっき私を呼びに来た人で、シエナという名前。
 私は聖女という立場だから、大神官様……大神官ですら名前で呼ぶように言われている。


 シエナと一緒に食堂へ向かうと、ズラリと並んだ長いテーブルと料理。
 大神殿にいる神殿長から神官見習いまで勢揃いするから、すごい人数だ。
 この食事の時間も、私にとってはテーブルマナーの時間となる。


 朝食は軽いからまだいいが、村で食べていた同じような料理だとしても、使うカトラリーが違う。
 最初から切っておけばフォークひとつで食べられるのに、どうしてわざわざナイフも使うのよ!
 だけど将来的にお城でごちそうを食べるかもしれないから、ちゃんと学ぶようにって言われているの。


 ジュスタン団長にも貴族令嬢から粗探しされないように、マナーは身に付けろって言われているしね。
 王都に……、ううん、村を出てから普通に話してくれた初めての人。


 だから仲良くなりたくて、神殿長にお願いしてマナーの先生をつけてもらった。
 正確にはすでに神殿長が貴族出身の女性神官を手配してくれていたんだけれど。


 それにしても私の名前が愛馬と同じって……。
 初めて会ったあの時、すごく優しい声で褒めてくれたのがお兄ちゃんみたいで嬉しかったのに。
 お兄ちゃん達、元気にしてるかなぁ。会いたいよ。


「聖女様? どうされました?」


「あ、いえ、少々家族の事を思い出してしまいまして……」


 あとここの食事があまりおいしくないのよね、村での食事が恋しい。
 食材は食べ慣れた物や、私にとっては珍しい物もあるけれど、私が山や村で取った薬草を失敗しながらも、色々試しておいしくなる使い方を発見したから。


 山や村ではその辺に生えていたりしたけど、大神殿の中では見かけないから、きっとわざわざ買ってこないといけないはず。
 しかもこの人数分だと、量も多くなるから使ってとは言いづらい。
 かと言って自分だけってわけにもいかないだろうし。


「ご家族も、村の方々も別れを惜しんでいらっしゃいましたからねぇ。今度の遠征から戻ったら、休養を要請してご実家に一度戻られるのはいかがですか?」


「えっ!? いいんですか!?」


「シー……、まだ食事中ですよ。絶対とは言えませんが、何もなければ許可が出ると思いますよ。護衛はつくでしょうけど」


 注意され、慌てて両手で口を押えて頷いた。
 だけど本当に遠征の後に家に帰れるなら嬉しいな、王都のお土産を持って行ったらみんな喜ぶだろうなぁ。
 あっ、そうだ! 逆に向こうで薬草いっぱい採って来て、料理に足せばいいんじゃないかな!?


 遠征の時にはきっと道すがら採れると思うし、料理人は同行しないって言ってたから腕を振るっちゃおう。
 ジュスタン団長やジェスちゃんも喜んでくれるかなぁ。
 村でも魔物の解体や料理をしていたから、きっと役に立てるはず。


「それじゃあ今回の遠征でしっかり役に立って、無事に戻って来ないとダメですね」


「はい、そうですね。ただ……、今回の遠征は聖騎士が護衛として同行するものの、女性が聖女様お一人だけというのが心配です。戦闘の役に立てない私どもを護る余裕がないのは重々承知ですが……」


 申し訳なさそうに俯くシエナ。


「確かにそれは心細いんですよね……。あっ、そうだ、できるだけジェスちゃんと一緒にいるというのはどうでしょう? ジェスちゃんは子供だって言っていたから、聖騎士のみなさんも気にしないですよね?」


「それは……、あのドラゴンの主人はヴァンディエール騎士団長ですから、聖女様と一緒に馬車に乗ったりするのか微妙なところですね」


「う~ん、だったらお菓子と道中の料理でジェスちゃんの胃袋を掴むしかないですね。でもドラゴンだからやっぱりお肉とか好きなのかなぁ」


 大神殿主催のバザーで孤児院の子供達とお菓子を作って売るらしく、料理はともかくお菓子を作った事がないと言ったらマナーの授業の合間に練習させてくれるようになった。


 しかも、その練習で作ったお菓子は孤児院の子供達と私で食べていいって言われているから、私や子供達の楽しみとなっている。


「聖女様、お言葉が乱れてますよ。……とりあえず、この後図書室でドラゴンについての記述でも調べてみますか?」


「そうですね、そうします」


 こうして遠征に向けて気合を入れた私だけれど、お菓子も料理も私よりジュスタン団長の腕前の方が上と知って打ちのめされるのは、この数日後の事である。
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