上 下
36 / 136

36.ふりだしに戻る

しおりを挟む
「じゃあ返してもらおうか」


「…………」


 裁判所から俺を第三騎士団まで送る馬車の中、コンスタンに手を出すと、無言で俺の剣と魔法鞄マジックバッグを差し出した。


「ところでお前達に指示したのは王太子だったのか? それとも第二騎士団長か?」


 受け取った剣を剣帯から外し、剣帯だけを装着しながら聞くと、コンスタンはいきなり頭を下げた。


「…………すまなかった! 私達は濡れ衣で貴殿を捕えて投獄したというのに、貴殿は我々の名誉を守ってくれた……、ありがとう。今回の指示は団長から出たものだったが、法廷での王太子を見る限り王太子が指示したと思う」


「まぁ、そうだろうな。恐らく俺の予測のほとんどは当たってると思うぞ」


「という事は、聖女の話も本当なのか?」


 近衛騎士である第一騎士団ならば、もしかしたら情報共有されているのかもしれないが、第二騎士団には何も知らされてないようだ。
 あくまで騎士爵は貴族相当の扱いなだけであって、貴族ではないと線引きされているのだろう。


「確証はない、だが確信はある。考えてもみろ、法廷にいた神官といい証人といい、明らかに神殿が関わっていただろう。普通に考えて神殿が王太子の婚約者を排除する必要はあるか?」


「……ないな」


「だろう? 婚約者を排除する理由としては、ディアーヌ嬢自身を消したいか、婚約者という立場から引きずり下ろしたい時だけだ。だがこれまでディアーヌ嬢は貴族として神殿に貢献はしても、不利益を与えた事はないはず」


「確かに……、王太子の婚約者としての公務で神殿にいるのを見たが、二か月前のその時は関係が良好に見えたな」


 コンスタンは記憶を辿っているのか、顎に手を当てて外を眺めながら言った。


「ではその後に聖女が見つかったと報告が入ったのかもしれないぞ。お前もここ最近の魔物の増え具合はおかしいと思っていたんじゃないか? 未遂に終わったとはいえ、タレーラン辺境伯領でもスタンピードがあったわけだしな。邪神の復活……いや、その前にドラゴンか」


 邪神の復活という言葉に、コンスタンはヒュッと息を飲んだ。


「邪神の復活だなんて……神官にでも聞かれたら大事おおごとだぞ!?」


「だが聖女が現れるのは、邪神に対抗するために神が遣わすからだと王立学院でも習っただろう? 貴族であれば子供の時から家庭教師に習っている常識だぞ」


「だがまだ聖女は現れていないだろう」


「そりゃ王太子の婚約者がいる状態で聖女が現れて、ディアーヌ嬢を押しのけて婚約者の座についたら印象がよくないからだろう? 婚約者に不幸な出来事があって、空席になった婚約者の座につく方が民衆からも受け入れられるというものだ」


「だからといって神殿が本当に……? 聖職者だぞ?」


「お前……、純粋だな」


「なっ!? バ、バカにしているのか!?」


 つい生温かい笑みを浮かべてしまったせいか、コンスタンが顔を真っ赤にして怒り出した。
 実際はバカにしたんじゃなくて、サンタさんを信じている頃の弟達みたいな純粋さを微笑ましく思っただけなんだが。


「おいおい、また濡れ衣を着せる気か? 貴族をやってると、どれだけ上っ面がお綺麗だろうと、汚いところを隠している奴らがわんさかいる事を知ってしまうだけだ。聖職者だろうと……な」


「貴族の事はお前の方が詳しいからな、私が知らない事もよく知っているだろう」


「おや、貴殿と呼ばなくなったな?」


 長く話したせいで気が抜けたのか、物言いが砕けてきた事をニヤニヤと笑いながら揶揄からかってやると、途端に眉間にシワを寄せた。


「ククッ、冗談だ。昔のようにジュスタンと呼んでもかまわないぞ。邪神が現れるのなら第一だろうと第二だろうと垣根を越えて協力し合わなきゃいけないからな。俺の方も第三のやつらを躾け直すのは大変だが、今よりは礼儀正しく周りに接するように叩き込むつもりだ……おっと、着いたようだな」


 話している内に第三騎士団の宿舎前に到着したので、サッサと馬車から降りた。
 部下達に事の顛末を話して、再び実家に向かわないと。


「すまなかったな、ヴァンディエール侯爵領へ帰るところだったんだろう? 気を付けて帰れよ……ジュスタン」


 すっかり口調が学院生だった頃に戻っている。
 本当に真っ直ぐな奴だ。


「ああ、もう気にするな、お前も職務だったんだから。ああそうだ、後日地下牢の奴らに食事に一品差し入れしていいか? ついでに真面目に罪をつぐなったら、また食わせてやらなくもないって伝言付きで」


「まぁそれくらいなら……。一晩であいつらに情でもいたのか?」


「飯テロ……いや、食事の時にちょっとした嫌がらせみたいになったからな、そのびと激励みたいなもんだ。それじゃあ、またなコンスタン」


 それだけ告げると、俺は宿舎へと駆け出した。
 きっと俺が捕まってヤキモキしていることだろう、無罪放免になった事を早く知らせてやらないと。
 宿舎の玄関に入ると、俺の隊の部下達が怖い顔をしてこちらに向かって来るところだった。


「戻ったぞ」


「「「「団長!!」」」」


 俺に気付くと、驚いた顔で駆け寄って来た。


「今日から通常訓練のはずだが、どうしてお前達はここにいるんだ?」


「そんなの団長が心配で、裁判所に殴り込みに行くところだったに決まってるでしょ」


「やめろ、決めるな。そんな事をしたら余計に俺の印象が悪くなるだけだぞ」


 アルノ―の言葉を即座に否定する。
 最近少し大人しくなったと思っていたが、根本が全然変わってない。


「それより捕まって今日裁判って聞いたけどよ、団長こそどうしてここにいるんだ?」


「元々理由が濡れ衣だったんだから、無罪放免に決まっているだろう。でもまぁ……、心配してくれてありがとうな!」


 部下達の頭を順番にワシワシと乱暴に撫でた。
 乱暴だとか、痛いとか言っているくせに逃げないところがちょっとだけ可愛いとは思う、ちょっとだけな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

【完結】何も知らなかった馬鹿な私でしたが、私を溺愛するお父様とお兄様が激怒し制裁してくれました!

山葵
恋愛
お茶会に出れば、噂の的になっていた。 居心地が悪い雰囲気の中、噂話が本当なのか聞いてきたコスナ伯爵夫人。 その噂話とは!?

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】わたしはお飾りの妻らしい。  〜16歳で継母になりました〜

たろ
恋愛
結婚して半年。 わたしはこの家には必要がない。 政略結婚。 愛は何処にもない。 要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。 お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。 とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。 そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。 旦那様には愛する人がいる。 わたしはお飾りの妻。 せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。

処理中です...