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目が覚めると目の前にグレン皇太子殿下の顔。
どうしてこの人は私を抱きしめて眠っているの?

・・・うん、現実逃避はやめよう。

そっと離れようとすると、グレン皇太子殿下の手足が私に絡みついて、それは「絶対に逃がさない」と言っているようで顔が真っ赤になる。

グレン皇太子殿下が「媚薬」と言っておられたアレは、本当に媚薬だったのだろう。

媚薬の効果でグレン皇太子殿下は私の体を欲しただけ。

そう思い至ると気持ちが沈んで行く。
「駄目」とは思っても「嫌だ」とは思わなかったのは、きっと性別が決まったせい。

だから、媚薬に溺れただけの龍人族の皇太子であるこの人に責任を取らせるわけにはいかないの。

そういえば、性別が決まると口調まで変わるのね。

こんな時なのに笑みが浮かぶ。これまでの私はなんだったのかと思う程に感情が豊かになっているのが分かる。

だからこそ─────。

「目が覚めましたか?」
「ひゃっ!」

いつの間にいたのか、常にグレン皇太子殿下の側にいる執事に声をかけられて飛び上がりそうになったけど、そこは吸血鬼族の大公姫としてすぐに気持ちを落ち着けた。

「殿下を起こしますね」
「いえ、このままで・・・私はこれで失礼致します」

白く長いローブを着せられ、体も清められていて、サイドテーブルにはどうやって手に入れたのか女子の制服まで置いてあったから、さすが万能執事と名高いだけあるなと感心する。

って、誰が私の体を清めたの!まさか・・・。

「あ、それはグレン様です」

この人、心まで読めるの?

「そうですか・・・あの、バスルームをお借りしても?」
「どうぞ、ってグレン様が巻きついていますね。蹴っ飛ばしますか?」
「いえいえいえ!」

真上にあった枕を手に取ってグレン皇太子殿下との間にねじ込み、それから転移でベッドの外に立って制服を掴んでバスルームへと急いでローブを脱ぐと、体中に花が咲いていた。

キスマークってこんな風になるのね。

「グレン様、起きて下さい!」
「んー・・・?」

執事の声とグレン皇太子殿下の眠そうな声が響いて来たから、慌てて制服に着替えて転移で寮の自室へと戻ってベッドの端に坐る。

「謝罪もせずに逃げ出すなんて・・・」

自己嫌悪に陥って俯くと、自分の中からどろりと何かが出てくる感覚がして、そういえば中に出されたんだと真っ青になった。

この学園では番同士だと同室になるし、避妊薬も支給されて卒業まで子供ができないようにはするけど、媚薬で繋がっただけの私に避妊薬なんて支給される筈はない。

子供ができにくい種族で本当に良かったぁ。

立ちたがって箪笥から着替えを出してバスルームに行き、シャワーを浴びながらぐるぐると思考を巡らせる。

もし、体の関係を続けるよう命じられれば断る事は不可能。
フルネームも教えてしまったし、グレン皇太子殿下と会わないように逃げ回る以外に道はない。

クラスが離れていて本当に良かったわ!

それに、グレン皇太子殿下には仲の良い人間の女子生徒がいると親衛隊に入っているクラスメイト達が文句を言っていたから、きっと私の事なんてすぐに忘れるわ。

そう考えると気楽な気分になり、ふと今が真夜中である事を思い出して、粘り気のある白い液体が出なくなるのを待ってバスルームを出て屋根の上へと転移した。

この世界で転移なんてできるのは私だけ、この世界で月の光を取り込めるのも私だけ。

私、アルルージュ・V・シャントレル(16)は、この世界で唯一の全能を持つ吸月姫だから、いや・・・数時間前までは無性別の吸月鬼だったけど、性別が決まったことで吸月姫になった。

創世以来初の事だから、私以外の誰も全能である事を知らない。

だから、そうね。

世界最強の人鬼族の皇太子殿下の記憶は奪えないだろうから、せめて近寄れないようにはしておこう。

jubeo命じる、グレン皇太子殿下と殿下の執事が私に近寄れないようにして】

性別が決まるとはこういう事なのね。

口に出さずとも心の中で命じるだけで【力】が発動する。
私の体は充電式電池のようなもので、体内に月の光を取り込んで【力】を使う。1時間も浴びれば1年分の蓄えができるけど、幼い頃から毎晩のように月の光を浴びながら眠っているから電池切れを起こす事はない。

もし、これが無理でも別の方法を考えればいいわ。




















「逃げた・・・?」
「はい、バスルームに行ってそのまま。あの方はかなりの力をお持ちですね」

朝、腕の中にいる筈のアルルージュがいない事に愕然としていると、アスランが笑いを噛み殺しながらアルルージュが転移で逃げたと伝えて来た。

何故だ?アルルージュは俺のモノで、アイツは吸血鬼族だから俺と同じく番を認識する筈だよな?

「片付かないんで早く朝食をとって下さい」
「どうして逃げるんだ!」
「どこかの元童貞野郎が媚薬に負けて無理矢理襲った上に、無理矢理中出ししたせいでしょうね」

これにはぐうの音も出ない。
確かに俺は媚薬を理由に理性を捨てたが、それもこれも必要な事だろう!

「アルルージュは俺のモノだ。最初からそう感じていたから襲ったわけで・・・」
「言い訳はいらないので早く食べて下さい」
「クソが!」
「完全無欠の皇太子とは思えない口調ですね」
「どこぞの鬼畜に育てられたからな」
「そのおかげで猫どころか虎をかぶる術を覚えたのでしょう?」
「うるさい」

人鬼族の皇族は総じて俺様だが、これでは駄目だと思った先々代皇帝が執事を募って合格したのがアスランらしい。祖父曰く、その頃から1ミリも変わっていないらしい。

待て、今はアスラン化け物の事よりアルルージュだ!

「アルルージュは・・・」
「吸血鬼族に無性むせいの王がいるとお聞きになった事があるでしょう?それがアルルージュ様のようなんですよね。つまり、あの方はあの直前まで性別がなかったのに、何がどう作用したのかは分かりませんが媚薬の効果で女に変わったのでしょう。ま、最初に見たのが男だったからかもしれませんが」
「つまり、あの場に現れたのが女子生徒だったらアルルージュは男になっていたと?」
「そういう事です」

マジか・・・良かった!
俺のモノが男とか、人鬼族の皇帝になる身だから大反対されるのは目に見えてる。

「きっとアルルージュ様には二度と近寄れませんよ」
「どうして」
「無性の王が性別を持ったんですよ?しかも、転移なんていう御伽噺にしか出てこない芸当を私の前で見せ、そのまま逃げたのですから対策を練っている筈です」
「・・・ふざけるな」
「グレン様、オーラが煩いです」
「お前は平気だろう」
「外にいる生徒達がが固まっていますよ」
「チッ」

龍人族の皇族は1人で100万の兵を倒せる程に強く、その中でもオーラはとんでもなく、怒りや焦り、イライラで人が死ぬと言われているが、毒舌執事アスランはどうして平気なんだ!

「あ、8人全員が倒れました。そろそろ押さえないと死ぬんじゃないですか?」
「煩い」

お前が余計な事を言うからだろう。

そんな事よりもアルルージュだ。
番を見つけたと思ったら逃げられ、セックスを覚えたばかりの青少年サルがいきなりお預けとか死ねと言っているようなものだろ!

「グレン様、食事は諦めるのでとっとと登校しましょう」
「・・・分かった」

アスランが俺の鞄を持って溜息混じりに言うから、ホッとして席を立つ。寮にいるより学園にいた方がアルルージュを探しやすいし、絶対に逃がさないからな!

この時の俺は、無性の王アルルージュの力を甘く見ていたせいで枕を涙で濡らす日々をひたすら耐える事になるとは知らなかった─────。

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