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8話 開戦

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龍脈波紋りゅうみゃくはもん』で索敵した場所に到着すると、巨大な魔物が、今にも少女の頭上に爪を振り下ろす瞬間だった。

 あんなモノを直撃したら、あの少女にはひとたまりもない。

「っ!? ……間に、合えっ!!」

 俺は一気に加速し、少女と魔物の間に入り、魔物の爪を受け止める。

 ……良かった、間一髪だけど間に合った。

「……父、さん?」

 少女がボソっと呟く。
 どうやら俺を自分の父親と間違えたようだ。

 だけど、あいにく俺は未婚だし、こんなに大きい娘もいない。
 それどころか、山に二十年近く篭っていたから、女性経験どころか女性と話したことすらほとんどない。

 そんな俺が、少女の父に間違えられるほど老けてしまったことに、時間の残酷さが見に沁みてくる。
 これがアラフォーの哀愁ってやつか。

「ガルゥアッ!?」

 突然現れた俺を警戒してか、魔物は後ろに跳ねて距離をとる。
 魔物の体重がのしかかってきて結構重かったから、助かったよ。

 俺は軽く剣を振ると、背後で座り込む女性に話しかける。

「えーっと……君のお父さんじゃなくてごめんね」

「あっ、いや、そのっ……! すいません、間違えました! あなたの後ろ姿がなぜか父と重なってしまって」

 美しく長い金の髪を揺らしながら、女性冒険者は謝ってくる。
 年齢は十代後半から二十代前半といったところか。

 女性経験が乏しい俺でも、この子がすっごい美人なのは分かる。


「君がライカで間違い無いよね?」

「は、はい」

「そっか、それなら良かった。俺はシナイ。君の仲間のリナに頼まれて君を助けにきたよ」

「リナが……。あっ、リナ達は無事なんですか!?」

「大丈夫、怪我はしてたけど命に別状はないよ」

「そうですか……、よかった……」

 自分のことよりもまずは仲間の事を心配するのか。
 見た目がいいだけじゃなくて、心も優しい子なんだな。

 仲間の安否を聞いて安心したのか、エメラルドのような碧い目がわずかに潤む。

 その目を見て、ふいにライカが誰かと被る。

 俺とライカって初対面だよな?
 なんで既視感があるんだろう……。

「っ、危ない、シナイさん!!」

 考えごとをしていたら、急にライカが大声をあげる。

「グルッァァ!」

 どうやら魔物が俺の背中に向かって襲いかかってきたようだ。
 無防備な背中を見て、隙だらけだとでも思ったのかな?

 でも、残念だったな。

 ……隙なんか無ぇよ。

「グッ、ギャァァン!!」

 魔物は突如大声をあげるなり、更に後方へ下がる。

 魔物の額には横に斬り傷が刻まれて、わずかに血を流している。

 ……へぇ、驚いた。
 真っ二つになると思ったのに、その程度ですむんだ。

 思ったよりも硬いんだな。


「えっ!? な、何が起きたの?」

 突然魔物が傷を負って退がったからか、ライカは驚きの声を上げる。

「驚かなくても大丈夫。俺の剣技をくらっただけだから」

「剣技……? でも、シナイさんはワーウルフの方を見てもいなかったじゃないですか」

「『残月ざんげつ』って技でね。斬撃を空間に維持し続ける剣技なんだよ」

 だから、あの魔物は自身と俺との直線上に維持していた斬撃に衝突したことで、ダメージを負ったって仕組みだ。
 斬撃自体は目を凝らしても、若干空間が歪んでるのが分かる程度だから、こんな薄暗いダンジョン内だと視認することはほとんど不可能だろう。

「斬撃を空間に維持って……、そんなの魔法でも難しいんじゃないですか?」

「そんな事ないよ。むしろ、俺は魔法なんて一切使えないから。……っと、今はアイツの相手をしないとな」

 突然のダメージを受けて警戒しつつも、魔物は既に臨戦態勢を取り、今にでも俺たちに向けて飛びかかってきそうだ。

 ……そういえば、さっきライカがあの魔物の事をワーウルフって言ってたな。
『バグ』って魔物じゃなかったのか?
 それに、俺の記憶が正しければワーウルフはこんな巨体じゃなかったはずだけど……まあ、いいか!

「最終警告だ。俺の言葉は分からなくても意味は伝わるだろ? 今、逃げるなら見逃してやる。だけど、それでも向かってくるな……斬るぞ?」

 ワーウルフに向かって殺気を飛ばす。
 小物程度ならこれで逃げ出すはずだけど……。

「グッ、ガァァァァァァァァ!!!!」

 やっぱり逃げないかぁ。
 きっと、このワーウルフは、生まれ持った強さを武器に無双してきたから、敵を前にして逃げるって選択肢は無いんだろう。
 むしろ、傷をつけた俺に対して絶対な怒りを持っていてもおかしくない。

 これはしょうがないよな。

 うん、しょうがない。

 降りかかる火の粉は払わないとな。
 けっして、山籠りの成果を実物の強敵を相手に試せるからってワクワクしてる訳じゃないから!

「グルアッ!!」

 ワーウルフは数十メートルはあった距離を一歩で詰め、俺に向けて爪を振り下ろす。

「シナイさんっ!? ……って、あれ?」

「大丈夫、心配しないで」

 ライカとワーウルフは、俺が爪で引き裂かれた様に見えただろう。
 でも残念、それは残像だよ。

 歩法『おぼろ』……急激な緩急をつけることでその場に残像を作り出す技。

 山籠りの修行で会得したのは剣技だけじゃなくて、こういうのもある。

「『虎咆牙こほうが』!!」

「ギッ、ガァァ!?」

『朧』を使って、ワーウルフの側面に回り込むと、隙だらけな脇腹めがけて剣技『虎咆牙』をくらわせる。
『虎咆牙』は、空気を纏った剣を敵に叩き込む技で、敵に斬撃を与えることよりも、敵を吹き飛ばすことに特化した技だ。

 ちなみに放った空気の形が虎の顔に似てるからこの名前をつけました。

『虎咆牙』をモロに食らったワーウルフは、軽々と吹っ飛んでいくが、すぐに体勢を立て直す。


「……お前、いいね」


 巨体ながら高い俊敏性に、爪や牙を使った攻撃の破壊力。
 野生の獣同様の闘争本能に加えて、鉄の毛皮を纏った防御力。

 軽く捻ろうと思ったけど、そんな思考は捨ててしまおう。

「戦いをしようか」

 こいつを相手なら、少し本気を出してもよさそうだ!
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