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欲望の果 第四章・雄飛(4)
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二時間ほどの会食の後、林海偉が森岡をカラオケに誘った。林側は、海偉と海徳以外は三名を残して皆遠慮し、森岡側も榊原と護衛役三人の合わせて四人がホテルに残った。というのも、林海偉側の三人は明らかに黒社会、つまり暴力団関係者とわかったからである。おそらく、連れていかれるカラオケ店も林海偉もしくは、同行する三人の所属する組織の息の掛かった店に違いなかった。
銘傑夫妻とは、翌日の夕食を共にする約束して別れた。
海偉が森岡を連れて行った場所は、台北で一番の繁華街ともいわれる西門町地区
のメインストリートの外れにある高級カラオケクラブ店だった。
広々とした室内には個室もあった。個室に通されると十数名のホステスたちが現れた。皆が美人でスタイルも抜群である。シルクのチャイナドレスのスリットが深く、動くたびに美脚が露になった。
森岡はなんとなく日本のクラブとは違う、と思ったが、問い質すわけにもいかなかった。
美形揃いの十数名の中でも、さらに一段と際立って若く美しい小姐が、
「何かデュエットしませんか」
と日本語で話し掛けて来た。彼女は沈美玉(チンビギョク)と名乗った。
「日本語の歌は歌えるの」
「二、三曲なら」
彼女は曲名を言い出した。中に森岡の歌える曲があった。森岡がその曲を伝えると彼女は何とも言えない笑みを浮かべて曲を入れた。
――どうやら商談成立らしいな。
と、林海偉が密かな笑みを零した横で、海徳は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
翌日、郭銘傑から聞いた話では、普段この店にはその場でのお持ち帰りシステムはない。日本と同じで、ホステスを口説くには何度か指名して食事やデートにこぎつけるのだという。だが、特別な場合に限り即席の売春店になるのだという。つまり、森岡は特別な接待客だということなのだ。
沈美玉は十七、八歳ぐらいだろうか。名は体を表すとはよく言ったもので、大きな目にやや濃いめの眉、上品な鼻と口と、まるでアイドルのように愛らしかった。
カラオケを歌い終えた直後、彼女が小声で圓山大飯店のルームナンバーを訊いてきた。森岡が泊まるスイートルームは榊原が同宿しているが、寝室はリビングを挟んだ両側にそれぞれあってルームキーも中央扉と自寝室のそれの二つあった。
森岡がルームナンバーと寝室の場所を教えて席に戻ると、海偉が『加油』と言った。『がんばれ』という意味の中国語である。
これも後で判明したのだが、どうやらカラオケをデュエットすることが商談成立ということらしかった。
森岡が部屋でくつろいでいると、ほどなく沈美玉がやってきた。
彼女が部屋の中に入った途端、クラブでは気にならなかった香水の匂いが鼻腔に入り込み、性欲をそそった。
彼女は薄く微笑んだあとバスルームに消えた。化粧を落とした顔も美しいままだった。元々薄化粧だったようだ。彼女がバスローブを脱ぎ捨てると形の良い乳房が露になった。だが、大胆な行動とは裏腹に身体は小刻みに震えている。
「大丈夫かい?」
思わず森岡が声を掛けると、彼女は意を決したように寄り添ってきた。クリーミーな肌に石鹸の清々しい匂いが森岡を夢心地にさせる。
危うくベッドに押し倒されそうになったところで、森岡はそれを押し止め、
「時間はどれくらいあるの」
と訊いた。
え? と美玉は戸惑った顔をした。彼女には意外な問いだったのだろう。
「別に時間は決まっていません。事が済めば帰ります」
「お金は?」
「林総経理から貰っています」
「そうか。じゃあ、少しだけ話をしてから帰りなさい」
森岡はバスローブを掛けてやると、冷蔵庫の中からシャンパンを取り出し、グラスに注いだ。
「お話だけで、私を抱かないのですか」
「そういうこと」
「私が気に入らないのなら、別の女の子と代わります」
沈美玉は落胆した声でそう言うと、携帯を手にし店に連絡を入れようとした。
「そういうことではない。君は気に入っている」
森岡は彼女の手を止めた。
「じゃあ」
「なぜ抱かないのか、不思議かい」
こくり、と彼女は肯いた。
「君だけじゃなく、僕は金で女性を買わない主義なんだ」
「……」
彼女はまるで異星人を見るかのような目で森岡を見つめた。
これは嘘ではなかった。森岡は菱芝電気時代、会社の先輩や取引先の担当者などに誘われて止む無く風俗店に足を踏み入れたことがあったが、その度に金だけ払って済ませていた。
「じゃあ、なぜ……」
「ルームナンバーを教えたのかって言うんだろう」
「はい」
「林さんの好意を無下に断るようなことはできなかったのだよ」
「まあ……」
美玉は何とも言えぬ顔をした。
「周囲からは大馬鹿者だと思われているよ」
森岡は苦笑いをした。
「そんなことはありません」
彼女は強い口調で言った。まるで怒っているかのようだ。
「森岡さんは奥さんを深く愛しているのですね」
「女房はいないが、まあそういうことかな」
「独身なのですか」
「先妻とは死別したけど、婚約者がいるから独身とも言えないな」
「婚約者の女性が羨ましいです」
と言った彼女の顔に憂いが宿った。
「どうかしたの」
「い、いえ」
彼女は口籠った。
「心配事があるなら言ってごらん。僕にできることなら力になるよ」
「抱かれてもいないのに……」
美玉は躊躇いを見せた。
「何にでも首を突っ込むお節介焼き、と周囲から呆れられているけど、僕の性格でね、困った人を放って置けないんだ。とくに女性の困った顔に弱い」
森岡は苦笑いしながら、グラスにシャンパンを注ぐと、乾杯を催促した。一気飲みをさせて彼女に決断を促すためである。
森岡の意図どおり彼女は重い口を開いた。
「実は、森岡さんに抱かれた後、あるお願いをするつもりだったのです」
「君を抱かなくても力になるよ。その願いとやらを言ってごらん」
「私を日本に呼んでもらえませんか」
「な……君を日本に?」
さすがの森岡も予想外の展開だった。
銘傑夫妻とは、翌日の夕食を共にする約束して別れた。
海偉が森岡を連れて行った場所は、台北で一番の繁華街ともいわれる西門町地区
のメインストリートの外れにある高級カラオケクラブ店だった。
広々とした室内には個室もあった。個室に通されると十数名のホステスたちが現れた。皆が美人でスタイルも抜群である。シルクのチャイナドレスのスリットが深く、動くたびに美脚が露になった。
森岡はなんとなく日本のクラブとは違う、と思ったが、問い質すわけにもいかなかった。
美形揃いの十数名の中でも、さらに一段と際立って若く美しい小姐が、
「何かデュエットしませんか」
と日本語で話し掛けて来た。彼女は沈美玉(チンビギョク)と名乗った。
「日本語の歌は歌えるの」
「二、三曲なら」
彼女は曲名を言い出した。中に森岡の歌える曲があった。森岡がその曲を伝えると彼女は何とも言えない笑みを浮かべて曲を入れた。
――どうやら商談成立らしいな。
と、林海偉が密かな笑みを零した横で、海徳は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
翌日、郭銘傑から聞いた話では、普段この店にはその場でのお持ち帰りシステムはない。日本と同じで、ホステスを口説くには何度か指名して食事やデートにこぎつけるのだという。だが、特別な場合に限り即席の売春店になるのだという。つまり、森岡は特別な接待客だということなのだ。
沈美玉は十七、八歳ぐらいだろうか。名は体を表すとはよく言ったもので、大きな目にやや濃いめの眉、上品な鼻と口と、まるでアイドルのように愛らしかった。
カラオケを歌い終えた直後、彼女が小声で圓山大飯店のルームナンバーを訊いてきた。森岡が泊まるスイートルームは榊原が同宿しているが、寝室はリビングを挟んだ両側にそれぞれあってルームキーも中央扉と自寝室のそれの二つあった。
森岡がルームナンバーと寝室の場所を教えて席に戻ると、海偉が『加油』と言った。『がんばれ』という意味の中国語である。
これも後で判明したのだが、どうやらカラオケをデュエットすることが商談成立ということらしかった。
森岡が部屋でくつろいでいると、ほどなく沈美玉がやってきた。
彼女が部屋の中に入った途端、クラブでは気にならなかった香水の匂いが鼻腔に入り込み、性欲をそそった。
彼女は薄く微笑んだあとバスルームに消えた。化粧を落とした顔も美しいままだった。元々薄化粧だったようだ。彼女がバスローブを脱ぎ捨てると形の良い乳房が露になった。だが、大胆な行動とは裏腹に身体は小刻みに震えている。
「大丈夫かい?」
思わず森岡が声を掛けると、彼女は意を決したように寄り添ってきた。クリーミーな肌に石鹸の清々しい匂いが森岡を夢心地にさせる。
危うくベッドに押し倒されそうになったところで、森岡はそれを押し止め、
「時間はどれくらいあるの」
と訊いた。
え? と美玉は戸惑った顔をした。彼女には意外な問いだったのだろう。
「別に時間は決まっていません。事が済めば帰ります」
「お金は?」
「林総経理から貰っています」
「そうか。じゃあ、少しだけ話をしてから帰りなさい」
森岡はバスローブを掛けてやると、冷蔵庫の中からシャンパンを取り出し、グラスに注いだ。
「お話だけで、私を抱かないのですか」
「そういうこと」
「私が気に入らないのなら、別の女の子と代わります」
沈美玉は落胆した声でそう言うと、携帯を手にし店に連絡を入れようとした。
「そういうことではない。君は気に入っている」
森岡は彼女の手を止めた。
「じゃあ」
「なぜ抱かないのか、不思議かい」
こくり、と彼女は肯いた。
「君だけじゃなく、僕は金で女性を買わない主義なんだ」
「……」
彼女はまるで異星人を見るかのような目で森岡を見つめた。
これは嘘ではなかった。森岡は菱芝電気時代、会社の先輩や取引先の担当者などに誘われて止む無く風俗店に足を踏み入れたことがあったが、その度に金だけ払って済ませていた。
「じゃあ、なぜ……」
「ルームナンバーを教えたのかって言うんだろう」
「はい」
「林さんの好意を無下に断るようなことはできなかったのだよ」
「まあ……」
美玉は何とも言えぬ顔をした。
「周囲からは大馬鹿者だと思われているよ」
森岡は苦笑いをした。
「そんなことはありません」
彼女は強い口調で言った。まるで怒っているかのようだ。
「森岡さんは奥さんを深く愛しているのですね」
「女房はいないが、まあそういうことかな」
「独身なのですか」
「先妻とは死別したけど、婚約者がいるから独身とも言えないな」
「婚約者の女性が羨ましいです」
と言った彼女の顔に憂いが宿った。
「どうかしたの」
「い、いえ」
彼女は口籠った。
「心配事があるなら言ってごらん。僕にできることなら力になるよ」
「抱かれてもいないのに……」
美玉は躊躇いを見せた。
「何にでも首を突っ込むお節介焼き、と周囲から呆れられているけど、僕の性格でね、困った人を放って置けないんだ。とくに女性の困った顔に弱い」
森岡は苦笑いしながら、グラスにシャンパンを注ぐと、乾杯を催促した。一気飲みをさせて彼女に決断を促すためである。
森岡の意図どおり彼女は重い口を開いた。
「実は、森岡さんに抱かれた後、あるお願いをするつもりだったのです」
「君を抱かなくても力になるよ。その願いとやらを言ってごらん」
「私を日本に呼んでもらえませんか」
「な……君を日本に?」
さすがの森岡も予想外の展開だった。
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