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決意の徒 第八章・晋山(3)
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「神村上人の、森岡さんへの想いも深いですね」
真鍋清志がしみじみと言った。
「真鍋さん、わしの想いも深いですぞ。血は繋がってはおらんが、茜は実の孫同様可愛いからの。森岡君も義孫ということになるで、今後は力になるつもりじゃ」
松尾が真顔で言ったものだから、
「うっ」
と、真鍋清志は再び言葉を失った。
「会長、独り占めは違反ですぞ。これまで何度も申しておりますが、洋介はすでに私の義孫同然でもあるわけですから」
榊原が牽制するように言うと、
「お二人とは違い、私は本当の義父でしたし、洋介君は今でも変わらないと言ってくれています」
と、福地が胸を張った。
「まあまあ、御三方とも良い年を召されていらっしゃいますのに、まるで幼子が玩具の取り合いをしているようで、みっともないですわ」
茜が呆れ顔で言うと、どっと座が沸いた。
そこへ、神村が久田帝玄、三友物産専務の日原淳史と、政権与党の参議院議員会長桜内一二三(さくらうちひふみ)を連れてやって来た。
「皆様お揃いで、いかにも楽しげですな」
神村が言うと、
「本日は誠におめでとうございます」
と、一同が口を揃えて言い、軽く頭を下げた。
「有難うございます。これも皆様の御支援の賜物と深く感謝しております」
神村も深く頭を下げた。
「しかし、何と言っても勲一等は森岡君だろうな。彼の献身無くしては、今日はなかったと言ってもよい」
久田帝玄がしみじみ言うと、一同も頷きあった。
しばらく静けさが漂った後、桜内一二三が口を開いた。
「ところで森岡君、私を憶えているかね」
「確か、竹山中先生の秘書をされていた頃、浜浦でお会いしたような気がしますが」
森岡は記憶を辿るように答えた。
「そう。君はまだ小学校へ上がる前だった。竹山の親父と一緒に、島根半島界隈の票の取り纏めをお願いしに何度も伺ったものだ。君はいつも洋吾郎さんの胡坐に座っていた」
桜内一二三は、首相を務めた竹山中の秘書から参議院議員に転出し、今や民自党の参議院議員会長として権力の中枢に座る大物議員である。
「そう言えば、私が大学を卒業するとき、先生の秘書から就職の件でもお電話も頂戴しました」
桜内の秘書の言伝では、合併する前の菱友銀行、帝国航空、関東証券、東亜生命であれば、特別枠で就職できるというものだった。いずれの会社も、竹山が旧大蔵、旧通産の両大臣時代に関係を深めた会社だった。
言うまでもなく、竹山が森岡を厚く遇したのは単に恩義だけではなく、森岡の将来を見込んでいたからである。
「うん。あれはな、竹山先生のご指示だった。御恩を受けたお方のご子息だったので、もし就職で困ったことがあれば、面倒を見るようにとね。だが、余計なお世話だったようだね。今や君は立派な経済人だ。なんでも、自社の上場以外にも、数社の持ち株会社を設立するそうじゃないか」
「さすがにお耳が早いですな。私も一枚噛んでおります」
松尾が感心したように言うと、
「松尾会長までも」
と、桜内は目を見開いた。
「その件ですが」
と、森岡が福地正勝を見た。
「お義父さん、この場をお借りして、日原専務さんからお話があります」
「御社にお世話になる時期ですが」
森岡の促しを受けて日原が切り出す。
「四、五年後ということでしたが、何か不都合でも生じましたか…」
福地が不安げな顔で訊いた。
日原が味一番に転職する決心をした後、森岡の仲立ちで二人は顔を合わせていた。そのとき福地は、日原から時間が欲しいと言われていた。何と言っても、三友物産の専務である。今日の明日というわけにはいかなかった。
いえいえ、と日原が顔の前で手を振った。
「その反対で、来年の春頃には身体が空くのですが」
福地の顔がぱあっと明るくなった。
「それは、願ってもないことです。是非ともお願い致します」
と両膝に両手を着いて深々と頭を下げた。
「では、そのようにさせて頂きますので、宜しくお願い致します」
日原も恭しく頭を下げた。
日原は、現在大手総合商社三友物産の代表権を持つ専務の要職にある。場合によっては社長の目も、との向きがないでもないが、彼は京洛大学卒であり、帝都大学閥が幅を利かす三友物産に於いてそれは至難の業であろう。おそらくは、定年前にグループ傘下企業の社長へと転任するのが妥当な線であった。
三友物産の人事の内情を探った森岡は、味一番の経営を日原に委ねようと考えたのである。
「どういったお話でしょうか」
話の蚊帳の外に置かれている真鍋清志が遠慮がちに訊いた。
「桜内会長のお話にもあったように、洋介のウイニットと福地さんの味一番、松尾会長の個人会社三社、そして私の会社の持ち株会社を設立して、その代表に洋介をと考えているのですが、味一番は大会社ですので、福地社長の後継者を探していたのです」
榊原が事情を説明した。
「天下の三友物産の日原専務さんがその後継者ということですか」
「この上ないお方に恵まれました」
福地が満面の笑みで言うと、
「すると、森岡君は一気に年商約一兆円の企業群を傘下に置く持ち株会社の代表に就くということですな」
桜内一二三も驚いたように訊いた。
「いかにも然様です」
松尾正之助がにやりと笑った。
「さすがは灘屋の総領さんですな。亡き竹山の親父が足繁く浜浦を訪れ、また就職の世話をしようとした真意がわかった気がします」
桜内が腕組みをして唸った。
真鍋清志がしみじみと言った。
「真鍋さん、わしの想いも深いですぞ。血は繋がってはおらんが、茜は実の孫同様可愛いからの。森岡君も義孫ということになるで、今後は力になるつもりじゃ」
松尾が真顔で言ったものだから、
「うっ」
と、真鍋清志は再び言葉を失った。
「会長、独り占めは違反ですぞ。これまで何度も申しておりますが、洋介はすでに私の義孫同然でもあるわけですから」
榊原が牽制するように言うと、
「お二人とは違い、私は本当の義父でしたし、洋介君は今でも変わらないと言ってくれています」
と、福地が胸を張った。
「まあまあ、御三方とも良い年を召されていらっしゃいますのに、まるで幼子が玩具の取り合いをしているようで、みっともないですわ」
茜が呆れ顔で言うと、どっと座が沸いた。
そこへ、神村が久田帝玄、三友物産専務の日原淳史と、政権与党の参議院議員会長桜内一二三(さくらうちひふみ)を連れてやって来た。
「皆様お揃いで、いかにも楽しげですな」
神村が言うと、
「本日は誠におめでとうございます」
と、一同が口を揃えて言い、軽く頭を下げた。
「有難うございます。これも皆様の御支援の賜物と深く感謝しております」
神村も深く頭を下げた。
「しかし、何と言っても勲一等は森岡君だろうな。彼の献身無くしては、今日はなかったと言ってもよい」
久田帝玄がしみじみ言うと、一同も頷きあった。
しばらく静けさが漂った後、桜内一二三が口を開いた。
「ところで森岡君、私を憶えているかね」
「確か、竹山中先生の秘書をされていた頃、浜浦でお会いしたような気がしますが」
森岡は記憶を辿るように答えた。
「そう。君はまだ小学校へ上がる前だった。竹山の親父と一緒に、島根半島界隈の票の取り纏めをお願いしに何度も伺ったものだ。君はいつも洋吾郎さんの胡坐に座っていた」
桜内一二三は、首相を務めた竹山中の秘書から参議院議員に転出し、今や民自党の参議院議員会長として権力の中枢に座る大物議員である。
「そう言えば、私が大学を卒業するとき、先生の秘書から就職の件でもお電話も頂戴しました」
桜内の秘書の言伝では、合併する前の菱友銀行、帝国航空、関東証券、東亜生命であれば、特別枠で就職できるというものだった。いずれの会社も、竹山が旧大蔵、旧通産の両大臣時代に関係を深めた会社だった。
言うまでもなく、竹山が森岡を厚く遇したのは単に恩義だけではなく、森岡の将来を見込んでいたからである。
「うん。あれはな、竹山先生のご指示だった。御恩を受けたお方のご子息だったので、もし就職で困ったことがあれば、面倒を見るようにとね。だが、余計なお世話だったようだね。今や君は立派な経済人だ。なんでも、自社の上場以外にも、数社の持ち株会社を設立するそうじゃないか」
「さすがにお耳が早いですな。私も一枚噛んでおります」
松尾が感心したように言うと、
「松尾会長までも」
と、桜内は目を見開いた。
「その件ですが」
と、森岡が福地正勝を見た。
「お義父さん、この場をお借りして、日原専務さんからお話があります」
「御社にお世話になる時期ですが」
森岡の促しを受けて日原が切り出す。
「四、五年後ということでしたが、何か不都合でも生じましたか…」
福地が不安げな顔で訊いた。
日原が味一番に転職する決心をした後、森岡の仲立ちで二人は顔を合わせていた。そのとき福地は、日原から時間が欲しいと言われていた。何と言っても、三友物産の専務である。今日の明日というわけにはいかなかった。
いえいえ、と日原が顔の前で手を振った。
「その反対で、来年の春頃には身体が空くのですが」
福地の顔がぱあっと明るくなった。
「それは、願ってもないことです。是非ともお願い致します」
と両膝に両手を着いて深々と頭を下げた。
「では、そのようにさせて頂きますので、宜しくお願い致します」
日原も恭しく頭を下げた。
日原は、現在大手総合商社三友物産の代表権を持つ専務の要職にある。場合によっては社長の目も、との向きがないでもないが、彼は京洛大学卒であり、帝都大学閥が幅を利かす三友物産に於いてそれは至難の業であろう。おそらくは、定年前にグループ傘下企業の社長へと転任するのが妥当な線であった。
三友物産の人事の内情を探った森岡は、味一番の経営を日原に委ねようと考えたのである。
「どういったお話でしょうか」
話の蚊帳の外に置かれている真鍋清志が遠慮がちに訊いた。
「桜内会長のお話にもあったように、洋介のウイニットと福地さんの味一番、松尾会長の個人会社三社、そして私の会社の持ち株会社を設立して、その代表に洋介をと考えているのですが、味一番は大会社ですので、福地社長の後継者を探していたのです」
榊原が事情を説明した。
「天下の三友物産の日原専務さんがその後継者ということですか」
「この上ないお方に恵まれました」
福地が満面の笑みで言うと、
「すると、森岡君は一気に年商約一兆円の企業群を傘下に置く持ち株会社の代表に就くということですな」
桜内一二三も驚いたように訊いた。
「いかにも然様です」
松尾正之助がにやりと笑った。
「さすがは灘屋の総領さんですな。亡き竹山の親父が足繁く浜浦を訪れ、また就職の世話をしようとした真意がわかった気がします」
桜内が腕組みをして唸った。
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