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本編第二章
裏お見合い大作戦が終わりません4
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バレーリ団長はそのまま話を続けた。
「事情はわかったが、残念ながら私は管轄外だな。また精霊庁がその話に乗ってくるとも思えん。そもそも精霊庁に土地購入の権限はないしな。誰かに話を持ち込むとしたら、マクスウェルの小僧あたりが適当か。だが……」
一度言葉を切ったバレーリ団長は、口元だけに薄い笑みを浮かべた。
「奴も頷きはしまいよ。百歩譲って、専用の研究機関が必要という話になったとして、リンド馬車が購入した土地を、という話にはおそらくならん」
「ですが、かの土地は、リンド馬車のことは関係なく、立地としては適当です。マクスウェル領と隣接するあの場には、王都への入り口となる関所がある関係で、騎士団が常駐し、24時間体制で管理していますよね? その人員を研究所に流用すれば警備体制も万全です」
私だってただあの土地を国に買ってほしいという気持ちだけで動いたわけではない。研究機関が設立されるとすれば、その機密性保持と安全性確保という面でも、あの土地は最適だと判断したからこそ、交渉しようと思えた。王都へ入るのに設けられている関所が近く、その近辺には騎士寮が元々あることで、騎士団の新たな配備が必要なく、増員だけで賄える。王都外れで人通りも少なく、不審な人物はすぐに見咎められる。加えて目と鼻の先はマクスウェル領で、現宰相が住む屋敷があり、その周辺は商業施設で賑わっているから、研究員が生活するにしても困らない。
だが団長はその説明にも笑い方を変えなかった。
「着眼点はいい。マクスウェルの小僧が毎日行き来する道のすぐ隣で悪さをしようという輩も出にくいだろうしな。それに、研究機関の設立というのもまったくない未来ではない」
「それなら……!」
「だが、相手はあのマクスウェルだ。奴はそれだけでは動かない。この意味、そなたならわかるな?」
「……」
団長の言葉で思い出したのは、かつてポテト料理について、マクスウェル宰相に提案したときのこと。彼はじゃがいもの食用化を「一地方の特産として食されるもの」と一度は切り捨てた。王国の食糧難を救うアイデアは、あのとき、一度はその流布を妨げられた。だがその後、王立騎士団や孤児院でポテト料理が採用され、王国中に広まる布石となった。果てはヴィオレッタ王妃様の耳にまで入り、王妃様の出身である隣国トゥキルスにまで広がったのだ。
その背景に、マクスウェル宰相の思惑があったことを、私たちは既に知っている。本来彼が動けば、王国の予算がそこに費やされるもの。けれどマクスウェル宰相は結果的にその予算を1カーティも使うことなく、必要箇所にその情報を伝えることのみで、じゃがいもの食用化を全土に広げ、食糧難を乗り越えることに成功した。彼は、じゃがいもの食用化が画期的な技術であると初めから見抜いていたからこそ、敢えて静観し、他者を動かしたのだ。
バレーリ団長の口元には変わらず笑みが浮かんでいた。けれどその目は笑っていない。王立騎士団の団長という立場は、ただ剣が強いだけでは上り詰められない。軍事の専門家としての力量だけでなく、優れた政治力も持ち合わせていなければ、背負えない肩書きだ。政治力の中には、相手の力量を測る力も含まれる。相手のことを口では揶揄しながらも、そこに全幅の信頼を置いていることが伺える、瞳の揺るがなさだった。
私は自身の認識の甘さを悟った。
「……私の考えが甘すぎました。お時間を取らせてしまい、申し訳ありません」
「なんの。そなたとの話し合いはどれも奇想天外で面白い。今回は詰めがやや甘かったが、いつでも歓迎するぞ。用事がなくても気軽に遊びにくるといい」
そうして団長はようやく、本来の笑い方になってくれた。
「アンジェリカ、大丈夫かい?」
「えぇ、お父様。今回は明らかに私たちの準備と認識不足です。仕方ありません」
団長の執務室を辞し、帰りの馬車に揺られる中、父が私を慰める。ワンピースの裾をぎゅっと握りしめ、私は小さく頷いた。
もう、完膚なきまでに、こてんぱんにやられた感じだ。ため息すら出てこないほど。俯く私に、父がさらに声をかけた。
「それで、この後の予定だけど、事前の打ち合わせ通りでいいんだね?」
「えぇ、お父様。予定通り、“プランB”でいきましょう」
父の呼びかけにぱっと顔を上げる。今回の提案がうまくいけばいいと願っていた。けれど、前回ポテト料理を推したときほどの自信が持てなかった。
“土地を国に買ってもらって、そこに精霊石の研究機関を設けるというのは、確かに悪い策ではないが、相手が大きすぎやしないかい?”
父はあのとき、国を相手に土地を売り捌こうという無謀さのほかに、もうひとつ懸念事項を挙げていた。
「今回、我々はリンド馬車に大きく肩入れをしている。それが我が家の中だけの事情であれば何も問題ない。だが、国を絡めるとなると話は違ってくる。我々はある意味私利私欲のために、国相手に土地を捌こうとしているのだよ」
私利私欲というのは何も言い過ぎではない。なぜ土地を売りたいのかと言えば、リンド馬車の負債を解消して、エリザベスさんとシュミット先生が結婚できるようにしたいからだし、なぜ2人の恋を応援しているのかといえば、もちろん善意が前面に出てはいるけれど、元を辿れば、シュミット先生の研究がスムーズに進むことを願っているからだ。そしてその研究ネタは、我が領に発展をもたらすことになるわけで。
この裏事情に気付かぬバレーリ団長ではないとわかっていた。マクスウェル宰相ともなればなおさらだ。
だからこそ、この”プランA”のほかにもうひとつ、案を考えた。プランAがうまくいけばその方がずっと良かった。なぜならプランBの無謀さは、プランAを上回る。
けれどーー。
「楽な方法でうまく行かせようと思っても、そうは問屋が卸さないってことね」
完膚なきまでに叩きのめされて、プランAへの未練はなくなった。バレーリ団長にお礼を言いたいくらいだ。
「お父様、予定通り、シンシア様に会いにいきましょう」
「あぁ。ロイも向かってくれているだろう。それに、エリザベス嬢にはカトレアが手紙を出してくれていると思うよ」
失意に項垂れる間もなく、私たちは、アッシュバーン辺境伯のタウンハウスへと馬車を進めた。
「事情はわかったが、残念ながら私は管轄外だな。また精霊庁がその話に乗ってくるとも思えん。そもそも精霊庁に土地購入の権限はないしな。誰かに話を持ち込むとしたら、マクスウェルの小僧あたりが適当か。だが……」
一度言葉を切ったバレーリ団長は、口元だけに薄い笑みを浮かべた。
「奴も頷きはしまいよ。百歩譲って、専用の研究機関が必要という話になったとして、リンド馬車が購入した土地を、という話にはおそらくならん」
「ですが、かの土地は、リンド馬車のことは関係なく、立地としては適当です。マクスウェル領と隣接するあの場には、王都への入り口となる関所がある関係で、騎士団が常駐し、24時間体制で管理していますよね? その人員を研究所に流用すれば警備体制も万全です」
私だってただあの土地を国に買ってほしいという気持ちだけで動いたわけではない。研究機関が設立されるとすれば、その機密性保持と安全性確保という面でも、あの土地は最適だと判断したからこそ、交渉しようと思えた。王都へ入るのに設けられている関所が近く、その近辺には騎士寮が元々あることで、騎士団の新たな配備が必要なく、増員だけで賄える。王都外れで人通りも少なく、不審な人物はすぐに見咎められる。加えて目と鼻の先はマクスウェル領で、現宰相が住む屋敷があり、その周辺は商業施設で賑わっているから、研究員が生活するにしても困らない。
だが団長はその説明にも笑い方を変えなかった。
「着眼点はいい。マクスウェルの小僧が毎日行き来する道のすぐ隣で悪さをしようという輩も出にくいだろうしな。それに、研究機関の設立というのもまったくない未来ではない」
「それなら……!」
「だが、相手はあのマクスウェルだ。奴はそれだけでは動かない。この意味、そなたならわかるな?」
「……」
団長の言葉で思い出したのは、かつてポテト料理について、マクスウェル宰相に提案したときのこと。彼はじゃがいもの食用化を「一地方の特産として食されるもの」と一度は切り捨てた。王国の食糧難を救うアイデアは、あのとき、一度はその流布を妨げられた。だがその後、王立騎士団や孤児院でポテト料理が採用され、王国中に広まる布石となった。果てはヴィオレッタ王妃様の耳にまで入り、王妃様の出身である隣国トゥキルスにまで広がったのだ。
その背景に、マクスウェル宰相の思惑があったことを、私たちは既に知っている。本来彼が動けば、王国の予算がそこに費やされるもの。けれどマクスウェル宰相は結果的にその予算を1カーティも使うことなく、必要箇所にその情報を伝えることのみで、じゃがいもの食用化を全土に広げ、食糧難を乗り越えることに成功した。彼は、じゃがいもの食用化が画期的な技術であると初めから見抜いていたからこそ、敢えて静観し、他者を動かしたのだ。
バレーリ団長の口元には変わらず笑みが浮かんでいた。けれどその目は笑っていない。王立騎士団の団長という立場は、ただ剣が強いだけでは上り詰められない。軍事の専門家としての力量だけでなく、優れた政治力も持ち合わせていなければ、背負えない肩書きだ。政治力の中には、相手の力量を測る力も含まれる。相手のことを口では揶揄しながらも、そこに全幅の信頼を置いていることが伺える、瞳の揺るがなさだった。
私は自身の認識の甘さを悟った。
「……私の考えが甘すぎました。お時間を取らせてしまい、申し訳ありません」
「なんの。そなたとの話し合いはどれも奇想天外で面白い。今回は詰めがやや甘かったが、いつでも歓迎するぞ。用事がなくても気軽に遊びにくるといい」
そうして団長はようやく、本来の笑い方になってくれた。
「アンジェリカ、大丈夫かい?」
「えぇ、お父様。今回は明らかに私たちの準備と認識不足です。仕方ありません」
団長の執務室を辞し、帰りの馬車に揺られる中、父が私を慰める。ワンピースの裾をぎゅっと握りしめ、私は小さく頷いた。
もう、完膚なきまでに、こてんぱんにやられた感じだ。ため息すら出てこないほど。俯く私に、父がさらに声をかけた。
「それで、この後の予定だけど、事前の打ち合わせ通りでいいんだね?」
「えぇ、お父様。予定通り、“プランB”でいきましょう」
父の呼びかけにぱっと顔を上げる。今回の提案がうまくいけばいいと願っていた。けれど、前回ポテト料理を推したときほどの自信が持てなかった。
“土地を国に買ってもらって、そこに精霊石の研究機関を設けるというのは、確かに悪い策ではないが、相手が大きすぎやしないかい?”
父はあのとき、国を相手に土地を売り捌こうという無謀さのほかに、もうひとつ懸念事項を挙げていた。
「今回、我々はリンド馬車に大きく肩入れをしている。それが我が家の中だけの事情であれば何も問題ない。だが、国を絡めるとなると話は違ってくる。我々はある意味私利私欲のために、国相手に土地を捌こうとしているのだよ」
私利私欲というのは何も言い過ぎではない。なぜ土地を売りたいのかと言えば、リンド馬車の負債を解消して、エリザベスさんとシュミット先生が結婚できるようにしたいからだし、なぜ2人の恋を応援しているのかといえば、もちろん善意が前面に出てはいるけれど、元を辿れば、シュミット先生の研究がスムーズに進むことを願っているからだ。そしてその研究ネタは、我が領に発展をもたらすことになるわけで。
この裏事情に気付かぬバレーリ団長ではないとわかっていた。マクスウェル宰相ともなればなおさらだ。
だからこそ、この”プランA”のほかにもうひとつ、案を考えた。プランAがうまくいけばその方がずっと良かった。なぜならプランBの無謀さは、プランAを上回る。
けれどーー。
「楽な方法でうまく行かせようと思っても、そうは問屋が卸さないってことね」
完膚なきまでに叩きのめされて、プランAへの未練はなくなった。バレーリ団長にお礼を言いたいくらいだ。
「お父様、予定通り、シンシア様に会いにいきましょう」
「あぁ。ロイも向かってくれているだろう。それに、エリザベス嬢にはカトレアが手紙を出してくれていると思うよ」
失意に項垂れる間もなく、私たちは、アッシュバーン辺境伯のタウンハウスへと馬車を進めた。
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