上 下
290 / 307
本編第二章

裏お見合い大作戦が終わりません3

しおりを挟む
「それで、話というのは何かな?」

 若い騎士見習いの少年が出してくれたお茶を前に、バレーリ団長が長い足を組んだ。ロイド副団長は会議に出席のため離席中とのこと。

「その、精霊石の加工に関することでお伺いしたいことと、ご提案申し上げたいことがありまして……」
「精霊石に関してはうちではなく精霊庁の預かりになると、以前説明しなかったかな?」
「伺っています。ですので、本来ならバレーリ団長にお伺いすべきことではないことも承知しています。しかしながら、私たちには精霊庁に伝手がありませんで……」

 今回の提案は、以前のポテト料理のときのように堂々と行えるものではない。なぜなら、おもいっきり管轄外の話だからだ。この話を持ち込む先は精霊庁や国であって、騎士団ではない。けれど、相談先として比較的お願いしやすい相手がバレーリ団長のほかに思いつかなかった。

「まぁいいだろう。そなたたちも関係者と言えなくもないからな。それに、私がうっかり口を滑らせて目くじら立てる者も今はいないから、大盤振る舞いで話ができそうだ」

 うぅ、聞きたいけどなんか聞きたくない。いや、こちらから教えてくれと頼んだのだから後には引けないのだけど。隣の父もごくりと唾を飲んでいる。

 権力に縋るということは、こういうリスクもある。それを天秤にかけて、その上でここまで来たのだ。怖くても後には引けなかった。

「それで? 精霊石の何が知りたいのだ?」
「加工技術について、今後研究が進められると思うのですが、具体的に何か決まったことはあるのでしょうか。たとえば、どこに研究機関を設けるか、など」
「私が知っている範囲で言えば、まだ何も整備されていないと言えるな。まずは王立学院の教授たちで研究組織を立ち上げる、その下準備中というところだ。そもそも研究するにしてもまずは法整備がいる。規律も何もないところで研究だけ進めようものなら、不測の事態が起きたときに対処しきれん」
「法整備は文官の仕事でしたよね」
「リュクス・ハイネルの野郎を筆頭にな。骨子を奴らが作って、それをマクスウェルの小僧のところにあげて、最終的には陛下が採択するという流れだ」

 リュクス・ハイネルは文官の長である大臣で、マクスウェルは宰相のこと。この国の官僚トップ2をそう呼べるのは、軍部を束ねるこの人くらいだ。

「まぁハイネルの野郎は仕事だけは早いから、ここは時間はさほどかからんだろう。マクスウェルの小僧がいろいろイチャモンつけることを想定したとして、2ヶ月ほどか」

 法整備が2ヶ月でカタがつくのは異例の速さと言っていい。

「セレスティア王国を揺るがしかねない大発見だからな。奴ら嬉し泣きに泣いて不眠不休で働いているらしいぞ。ざまぁみろだ」

 それは嬉し泣きではないですよね、絶対違いますよね。ざまぁみろって……まぁ、騎士団は24時間体制での勤務ですから、その憂さ晴らしですか、そうですか。

「となると、実際に研究が始まるのはもう少し先、ということですね……。それでも、研究機関を設ける話は、並行して進んでいたりはしないんでしょうか」
「ふむ、アンジェリカ嬢は精霊石の研究に興味があるのかな?」
「え、えぇ、もちろんです! だって精霊石が加工できるとなればいろんな用途が期待できますよね。けれどその方法が一般に一気に流布すれば、危険も想定されると思うんです。となると、研究自体を国が管理する必要があるのかなと思いまして」
「確かにそなたの言う通りかもしれぬな。それで?」
「その……、精霊石の加工は精霊庁の管轄ということですが、現状の精霊庁では具合が悪いといいますか、神官様方は人目の多いところでいつも研磨作業をなさっていますよね。同じように加工も今の場所で行えば、そのやり方を盗み見て試そうとする者も出てきそうだなと」
「確かにありうるな。それで?」
「秘匿すべき技術の研究をするには、やはりしっかりした研究機関が必要だと思うんです。あるいは製品を生産化するにあたっての工場なども、今後は必要になってくるのではないでしょうか」
「確かに想定されることではあるな。それで?」
「研究機関や工場を設けるのであれば、王都の中心地は向きません。土地の手狭さもありますが、何より人目が多すぎます。かといって王都以外の場所に設けるとなると、貴族同士で覇権争いが生じる可能性もあります。我が領に王立農業研究所を設立頂いたときは、じゃがいもの食用化に成功した見返りという大義名分がありましたが、今回はそういった事情もありませんし」
「確かに、あのときはそういう状況下であったな。それで?」
「となると、研究機関に相応しい土地は王都内であるべきかと思われます。それも中心ではなく郊外がオススメかな、と考えまして」
「それで、リンド馬車が購入した土地を押し付けようという魂胆かな?」

 最後「確かに」じゃなかった! っていうか見透かされてるし! 心臓が飛び跳ねる私に対し、バレーリ団長は余裕の笑みを浮かべていた。そうだよね、百戦錬磨のこの人、加えて今回の騒動の調査をすべて把握している団長に、小細工なんて通じるはずもなかった。この人、前世の私より年上だし、能力的にもスーパーな人だった。

 しおれる私を見て、団長は豪快に笑った。

「自分で言うのもなんだが、騎士団団長である私にそこまでストレートに交渉ごとを持ち込んでくるのはアンジェリカ嬢、そなたくらいなものだ」
「……はい、大変失礼を申し上げました」
「いやいや、褒めているのだ。男爵殿は良い後継者を持たれたな」

 父のことも労いつつ、団長は面白そうに顎に手をやった。

「そもそもなぜそこまでリンド馬車に肩入れする?」

 問われて、シュミット先生とエリザベスさんの以前は伏せていた事情を打ち明けた。交渉は既に破綻ぎみだし、関連する騎士団の調査もほぼ終了しているから、今更隠しておく必要もない。

 話を聞き終えた団長は上体を折り曲げ、身体を震わせた。よくよく見ればなぜか笑っている。

「……っく! はははははっ! そなたたちのことだから野心や二心などないとは思っていたが、そんな理由か!」

 そんな理由ってなんだ。団長にとっては大したことない出来事でも、私たちにとっては大切な人たちの将来に関わる重大事件だ。団長ともあろう人がそこまで思い至れないのかと、いささかムッとした私は、失礼にならない程度に団長を睨め付けた。

「くく……っ。あぁ、そんなに睨まないでも。怒った顔もかわいいがな。アンジェリカ嬢」
「睨んでなどおりません! ただ真剣なだけです!」

 うっかり溢れた口答えを今更引っ込めることもできない。こちらもヤケになって口を尖らせていると、団長はようやく上体を起こした。

「すまぬすまぬ。その2人の若者のことを笑ったわけではないから、そこは許せ。領主の立場にありながら、一領民の将来をそこまで思って、ここまで交渉にこようという、その気概に感動したのだ」

 感動したという素振りを微塵も見せずに言われてもなんだか心に響かないが、まぁ良しとしよう。きっと褒めてはくれている。褒めては。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~

さとう
ファンタジー
生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』 誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。 辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。 だが十五歳になり、高位な召喚獣を宿す幼馴染のフェニアと共に召喚学園の『アースガルズ召喚学園』に通うことになる。 学園でも蔑まれるアルフェン。秀な兄や姉、強くなっていく幼馴染、そしてアルフェンと同じ最底辺の仲間たち。同じレベルの仲間と共に絆を深め、一時の平穏を手に入れる これは、全てを失う少年が最強の力を手に入れ、学園生活を送る物語。

今日で都合の良い嫁は辞めます!後は家族で仲良くしてください!

ユウ
恋愛
三年前、夫の願いにより義両親との同居を求められた私はは悩みながらも同意した。 苦労すると周りから止められながらも受け入れたけれど、待っていたのは我慢を強いられる日々だった。 それでもなんとななれ始めたのだが、 目下の悩みは子供がなかなか授からない事だった。 そんなある日、義姉が里帰りをするようになり、生活は一変した。 義姉は子供を私に預け、育児を丸投げをするようになった。 仕事と家事と育児すべてをこなすのが困難になった夫に助けを求めるも。 「子供一人ぐらい楽勝だろ」 夫はリサに残酷な事を言葉を投げ。 「家族なんだから助けてあげないと」 「家族なんだから助けあうべきだ」 夫のみならず、義両親までもリサの味方をすることなく行動はエスカレートする。 「仕事を少し休んでくれる?娘が旅行にいきたいそうだから」 「あの子は大変なんだ」 「母親ならできて当然よ」 シンパシー家は私が黙っていることをいいことに育児をすべて丸投げさせ、義姉を大事にするあまり家族の団欒から外され、我慢できなくなり夫と口論となる。 その末に。 「母性がなさすぎるよ!家族なんだから協力すべきだろ」 この言葉でもう無理だと思った私は決断をした。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

俺が悪役令嬢になって汚名を返上するまで (旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)

南野海風
ファンタジー
気がついたら、俺は乙女ゲーの悪役令嬢になってました。 こいつは悪役令嬢らしく皆に嫌われ、周囲に味方はほぼいません。 完全没落まで一年という短い期間しか残っていません。 この無理ゲーの攻略方法を、誰か教えてください。 ライトオタクを自認する高校生男子・弓原陽が辿る、悪役令嬢としての一年間。 彼は令嬢の身体を得て、この世界で何を考え、何を為すのか……彼の乙女ゲーム攻略が始まる。 ※書籍化に伴いダイジェスト化しております。ご了承ください。(旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

処理中です...