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本編第二章

裏お見合い大作戦どころではありません5

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【話にだけ出てきている登場人物整理】
リュクス・ハイネル文部大臣:地質学者ハイネル公爵の弟。ハイネル公爵の娘が悪役令嬢枠のエヴァンジェリン。アンジェリカは一章で彼女と仲良くなったが、今は会えない状態。孤児院の子どもたちのためのイベントのまとめ役をエヴァンジェリンに託したものの、意図から外れた方向に向かっている模様。
ミーシャ・マクスウェル宰相:宰相兼マクスウェル侯爵。一章でアンジェリカが奥方の食欲不振を救った。息子のエリオットは攻略対象枠で現在王国内で遊学中。
シンシア:ロイド副団長の妻。自身が孤児院出身ということもあり、孤児支援や奨学金設立などに熱心。
パトリシア:ロイド副団長の弟(アッシュバーン辺境伯)の妻。シンシアと仲が良い。パトリシアの息子であるギルフォードも攻略対象枠。
_____________________________



 オコーナー家が罪に問われないであろうことは事前にわかっていたけれど、リンド家がどうなのかは、正直よくわからないでいた。精霊石は精霊庁の管轄におかれている、国の重要資源だ。それを自身の商売に取り込もうと画策していたことは、黒に近いグレーかもと思い、一切の関わりを持っていないことを表明したくて、リンド家の企みについてまでは知らないフリを通してきたのだけど、最終的にリンド家にもお咎めなしということで、ほっとした。これ以上団長相手にごまかし続けるのは厳しかったしね。

「この新技術については、今後どうなるのでしょう」

 話題を変えようと発した私の質問に、団長は明朗に答えてくれた。

「精霊石にまつわることだから、精霊庁の預かりになる。法整備に関しては文官の仕事だな。リュクス・ハイネルの野郎が久々に頭を抱えていて見ものだったぞ」

 機嫌良く笑うバレーリ団長。文官を束ねるリュクス・ハイネル文部大臣ともあまり仲がよろしくなさそうだ。この人、切れ者宰相であるマクスウェル侯爵のことも確か眼鏡小僧とか呼んでたよね。王国の中枢に仲良い人、ちゃんといるのかな。ロイド副団長がまた嘆息したからこれが通常運転なんだろうな。ぬるい視線をロイド副団長に向けると、苦虫を噛んだような顔をされた。あ、なんかこっちも御愁傷様です……。

「ところで、バレーリ団長はオコーナー家開発の “粉砕した風の精霊石を塗布した布”、もう試されたのですか?」
「もちろんだとも! あれは素晴らしい乗り心地だ! 割れたケツまでもがくっつくかと思ったぞ!」
「団長! ご令嬢の前ですよ、発言に気をつけてください!」

 10歳児相手でもご令嬢扱いしてくれるロイド副団長に尊敬の眼差しを向けつつ、吹き出しそうになるのを抑える。騎士見習いの経験もある父も隣で苦笑した。

「私はまだ試していないのですが、そんなにいいものなのですか」
「おお! そのうち一般にも広がるだろうから、その折には男爵も試されるといい。一度あの布を縫い付けたくらに跨ったら、もう前の物には乗れぬ。本当にケツが……あ、いや、尻が……これもダメなのか? なら臀部でんぶが、これで良いな? その、臀部が浮いているように感じられるのだ!」

 ロイド副団長に睨まれ言い直しを重ねつつ、団長が熱弁を振るった。

「騎士にとって乗馬は必須。しかしながら長時間の騎乗では臀部の皮剥けや股擦れが避けられぬもの。それを、この新技術は改善してくれたのだ! これこそ王国の新時代を切り開く画期的な新技術! 我々騎士団もこの技術のさらなる普及に努力を惜しまぬぞ!」

 立ち上がりつつお尻を、もとい臀部を押さえ何やら感傷に浸る団長に、私は「良かったですね!」と声をかけるに留めた。

 そう、ガイさんのイトコが開発した“粉砕した風の精霊石を塗布した布”の使い道は、風の力で体をほんのわずかに持ち上げることができる効果があるものだった。その正体を聞いたとき、なぜリンド馬車のエミール社長が食いついたのかがわかった。確かにこの布の用途は、揺れが激しい馬車の座面にぴったりだし、この新技術自体が画期的でお金になる。

 馬車の座面にだけでなく、馬に載せる鞍にも使用できると考えた私は、この話を騎士団にチクって、エミール新社長の野望を打ち砕いてもらおうと考えた。結果はご覧の通り。エミール新社長も、早々に騎士団はじめ国までもが動き始めたとあって、分が悪いと考えたのか、布から手を引いてくれた。ちなみに予定されていたガイさんとエリザベスさんのお見合いは、双方がこの騒動に巻き込まれたことで延期となっている。おそらくこのまま立ち消えるのではないかと思っている。だってエミール新社長からしたら、この技術が取り込めないとなれば、格下のオコーナー家と縁を結ぶ必要がない。

「そうだ、もうひとつ伝えることがあった。新技術を開発したオコーナー家の娘だが、精霊庁で保護することになったぞ」
「保護、ですか?」
「あぁ。あのような革新的な技術を生み出す頭脳を、今後利用しようとする大人がまたぞろ出てこないとも限らないのでな」

 意地の悪い笑みを浮かべる団長。やはりエミール新社長の企みに気づいてはいたのだ。そうでなければ「またぞろ」という言葉を選ぶ必要がない。

 2度あることは3度あるかもしれないーーだからこその保護という措置なのだろう。ある意味今回の中心人物と言っていいガイさんのイトコは、名前をロッテさんという。

「精霊庁にそんな権限があったのですか?」
「あくまで一時的だ。その間に彼女の処遇を決めることになるだろう。もちろん、養い親の元に帰りたいとなればそれも通るだろうが、特別枠で王立学院の聴講生にという話も出そうだな」
「聴講生ですか、それはいいですね。本人が望めばですけど」
「精霊祭で開催される大教会の発表会やイベントで、筋のいい平民の子どもたちをスカウトしてきた前例があるからな。そう難しいことではあるまい」

 そう告げる団長の表情が何を語っているか、察することができた。もともと大教会で孤児院の子どもたちの発表会を提案したのは私。一時期仲良くなれていたエヴァンジェリンに今はその役目を譲っているが、孤児院に縁のある人たちは知っている。一番に手伝ってくれたシンシア様とパトリシア様はアッシュバーン辺境伯家の方々。バレーリ団長は、おそらくロイド副団長からその話を聞いていたのだろう。

 良かったと胸を撫で下ろす。今回の新技術について、騎士団に報告をあげたのは私たちダスティン家。我々が新技術がもたらす富に目が眩み、オコーナー家から掠め取って報告したと誤解されてはたまらない。我が家は平民であるリンド家やオコーナー家と違って、精霊石の重要性もその可能性も、十分に知っている領主家だ。貴族としての義務を果たしたまで、二心などなかったと信じてもらう必要があったが、十分だろう。

「話には聞いていましたが、ロッテさんは優秀な方なのですね」
「精霊石の可能性について意見を伺った王立学院の教授たちも目の色を変えていたからな。精霊石を粉砕して使用するというアイデアもそうだが、なぜ体を浮かせる効果が出るのかーーおそらく上から体重をかけることで反発の力が生じ、その力を風の精霊石が増幅させているのだろうとの推測だったが、この現象の解明のためにも、ぜひとも欲しい逸材だろうよ」
「教授陣がそこまで評価されるなんて、本当に驚きです」
「その通りだ。しかもまだ13歳ということだからな。将来が楽しみだ」

 そう、ガイさんのイトコにあたるロッテさんは、なんと弱冠13歳の女の子だった。エミール新社長が独身の弟たちの嫁取りでなく、エリザベスさんを嫁に出そうとした理由はこれだろう。貴族でもない平民の立場で、20歳をとっくに過ぎた男性と13歳の女の子との婚約打診はさすがに無理がすぎる。逆に言えばこの歳の差がロッテさんを守ることにもなった。

 王立学院の聴講生の立場は名誉なことだと思うけど、なんの後ろ盾も持たない女の子にとっては荷が重そうだ。彼女を取り込もうとする悪い大人たちから守るためにも、平民の子どもたち向けに奨学金制度を立ち上げているシンシア様に、協力をお願いするのがいいかもしれない。

 ひとまずこれでガイさんとエリザベスさんのお見合いは立ち消えた。シュミット先生も年明けの学会で十分に実力を発揮できることだろう。








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