上 下
281 / 307
本編第二章

裏お見合い大作戦です1

しおりを挟む
 継母の案を採用した、悩める人たちを集めてとにかくごった煮してしまおうという計画。題して裏お見合い大作戦! うん、さすが私、命名方法が安定の安易さだね。やはりシャティ・クロウ先生のコピーライトセンスを取り込まねば、香りビジネスの先行きが不安で仕方ありません。

 2人を我が家に呼ぶ方略は思いのほかうまくはまった。やはりエリザベスさんは外出の制限がかかり始めたようで、それならばと比較的自由に動ける侍女のマイアさんと外で落ち合い、王立孤児院で私とエリザベスさんが偶然出会う→エリザベスさんに懐いた私が借り受けているタウンハウスにご招待という作戦について打ち合わせした。孤児院慰問については多少の息抜きも必要と長兄のエミールさんの許可が下りたようで、その後は計画通りとんとん拍子に話が進んだ。

 ガイさんの方はハムレット商会のサウル副会長が喜んで協力くださり、見事ガイさんパパを釣り上げてくれた。れっきとした男爵であるうちの父の名前を出して「ダスティン男爵家は王国でも飛ぶ鳥落とす勢いで伸びている家であり、ハムレット商会も大変お世話になっている、くれぐれも切れ者と評判の男爵を怒らせず、良い商談をするように」とあることないこと口添えしてくださったおかげで、ガイさんパパはすっかり萎縮してしまい、息子にが窓口を任せることになったらしい。的外れな評判を背負わされたお父様には申し訳ないが、使えるモノはなんでも使うのが今の私のモットー。かわいい娘に免じて許してほしい。

 そうしてタウンハウスで初の顔合わせとなる裏お見合いが実現したわけですがーー。

「えええぇぇぇぇぇぇー!! ガイさんがシャティ・クロウ!?!?!?」

 案の定の安定の幕開けとなりました。あれ、言語的におかしいな。






 興奮したエリザベスさんをシュミット先生が「エリザベス! あなたの婚約者は私ですからね! お願いですから私を見てぇぇぇ!」と落ち着かせようとしたもののなかなか治らず、最終的に同席していた秘書役のケイティが、保管用に大切にしていたシャティ・クロウのサイン本を「お嬢様とシャティ・クロウ先生の新作のため……っ!」と断腸の思いでエリザベスさんにプレゼントしてくれたことでなぜか収束した。これこそ本当の荒療治だ。

 ケイティありがとね。オタクにはオタクにしかわからない病と治療法がるんだね。あぁほら、そんな涙目にならないで。あとでガイさんに頼んでもう一冊サインもらってあげるから。

「その、エリザベスお嬢様のご想像を壊してしまい、申し訳ありません……」

 今日もその大きな背中をやや丸めて、恐縮そうにガイさんが謝罪した。

「い、いえっ! そんなことはありません。そうではなくて、憧れのシャティ・クロウ先生にお会いできて感激してしまって……っ。私こそ大変失礼を。その、改めまして、エリザベス・リンドと申します。どうぞエリザベスとお呼びください。私もガイさんとお呼びしてもよろしいでしょうか」
「もちろんです!」
「エリザベス! そんな……っ、初対面の男性に対してあまりにも親切にしすぎでしょう! もしや彼のことを好ましく思って、私のことを捨てようとしてるんじゃ……!?」
「ちょっとゲイリー、落ち着いて。そういうんじゃないからっ。ほら、ガイさんに失礼だわ。それに今日はダスティン男爵夫人の御前よ。このような私事に奥様やお嬢様のお手を煩わせてしまうなんて……」
「あら、私は気にしてないわ。エリザベスさんもガイさんもどうぞお楽になさってちょうだいな」

 そう、今回の主催者は表向きは継母となっている。ちなみにエリザベスさんと友達になろう大作戦で孤児院に訪問したとき、継母にもついてきてもらった。エリザベスさんのおうちには継母から「娘のアンジェリカがエリザベスさんをとても気に入って、家に招待したいと言っている。ついてはこの日のこの時間のご都合はいかが?」とちょっと偉そうに日付決め打ちで手紙を出してもらったのだ。なので2人はすでに面識がある。

 父は色恋が絡んだこういう話の裏事情を読むにはあまり長けていない。というわけで今回は遠慮してもらって、今この部屋にいるのは招待したエリザベスさんとガイさん。我が家の体制は私と継母、ケイティ、ロイ、シュミット先生、そして通りがかった船よろしくのスノウだ。

 なお、ガイさんは本当に布見本を持ってきてくれた。サウル副会頭の脅し……もとい口添えのおかげで、失礼があってはならんとかなり大量の見本を父親から持たされたらしい。あまりの量だったので、別室でクレバー夫人とサリーに一次審査を頼んでいる最中だ。

「それでは僭越ながら、私がお話を進めさせていただきます」

 ここからはスーパー執事の仕切りで、2人に事情を聞いていくことになった。なったのだけど。

「なるほど。つまりお二人ともそれぞれ“見合いが決まった”と双方の親から突然言われた以上の事情がわからない、ということですね」

 そう、今知っている以上の情報は出てはこなかった。恐縮したようにガイさんが頷く。

「はい。父がリンド馬車との打ち合わせから帰ってきて、唐突に“おまえに縁談の話をもらってきたぞ”と、それだけで。お相手の情報を聞いて、あまりにもうちとは格が違うことに驚いて、何かの間違いじゃないかと問いただしたんですが、“新社長のエミール殿から直接頼まれたのだから間違いない”と」
「私の方は兄から“おまえには見合い結婚してもらうことにする。今まで父や会社に育ててもらった恩返しと思って受けてもらうぞ”と。その上、ゲイリーとの婚約はただの口約束だし、約束した前社長の父が引退した以上、新社長である自分に従うのが筋だとも言われました」

 エリザベスさんも俯き、膝に置いた手を握りしめた。シュミット先生も苦しそうな表情で彼女に手を重ねる。

 さらなる情報が引き出せないかと、ロイが言葉を重ねた。

「ちなみに、お二人のご実家の家業についてですが、ガイさんがおっしゃった通り、リンド馬車の方が事業規模としては上です。そのリンド馬車の新社長が敢えてガイさんの家に見合いを申し込んだというのが謎ですよね。逆にいえば、ここの理由が解明すれば、何か突破口が開けそうなんですが。リンド馬車がこの見合い話に積極的になるような理由について、何か心当たりはありませんか?」
「すみません、家の商売のことは私はよく知らなくて……すべて父や兄の領分なものですから」
「うちも特に思い当たる節がありませんね。リンド馬車との取引は、そもそもものすごく大きいわけじゃないんです。どちらかというとハムレット商会やその他のドレス工房の方が比重が大きいものですから……あ、でも」

 ふと思いついたかのようにガイさんが顔をあげた。

「リンド馬車の対応は父の役目なので、私はあまり詳しくはないのですが、近々大型の発注をいただけることになっているようです」
「大型の発注、ですか?」
「えぇ。確か馬車の座面に使用するものだと聞いています」
「馬車の座面……布の張り替えの修理でもする予定なんですかね」

 ロイの呟きに、「そういえば」とエリザベスさんも声をあげた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生王女は現代知識で無双する

紫苑
ファンタジー
普通に働き、生活していた28歳。 突然異世界に転生してしまった。 定番になった異世界転生のお話。 仲良し家族に愛されながら転生を隠しもせず前世で培ったアニメチート魔法や知識で色んな事に首を突っ込んでいく王女レイチェル。 見た目は子供、頭脳は大人。 現代日本ってあらゆる事が自由で、教育水準は高いし平和だったんだと実感しながら頑張って生きていくそんなお話です。 魔法、亜人、奴隷、農業、畜産業など色んな話が出てきます。 伏線回収は後の方になるので最初はわからない事が多いと思いますが、ぜひ最後まで読んでくださると嬉しいです。 読んでくれる皆さまに心から感謝です。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。 ※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。 ※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

処理中です...