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本編第二章

覆面作家の正体です5

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「彼女とは街中で偶然出会いました。靴擦れを起こして歩けなくなっているエリザベスに声をかけたのがきっかけです。侍女のマイアさんも一緒でした。近くのベンチに誘導して、私が簡単な処置をしてあげたんです」

 当時のシュミット先生は王立医術院の最終学年に在籍していた。学生証を携帯しており、それを見せて医術の心得があることを示したのだという。医術院の学生ならばと安心し、エリザベスさんたちは先生の指示に従った。

「そのとき私の名前をおぼえてくれたようで、後日、医術院の方に問い合わせがありました。リンド馬車のお嬢様だと知ったのはそのときです。私は貧乏学生でしたから馬車を使う習慣がなく、最初エリザベスの名前を聞いたときはぴんと来てなかったのですが、問い合わせに対応してくれた学院の事務員から、彼女の実家の話を聞いて驚きました。そんないいところのお嬢様が、わざわざちょっと靴擦れの治療をしただけの学生にお礼を言いにいらっしゃるなんて思いもしませんでしたから」

 お礼にと街中のカフェに招待され、そこでハンカチをプレゼントされたそうだ。そのまま時間を過ごすうちに、王立孤児院の慰問へと話が広がった。

「医術院では奉仕活動の一環で、孤児院を定期訪問しているんです。もちろん、きちんと資格を持った先生方がメインで、学生は単なる補助業務ですが」
「へぇ、そんなことしてたのね」

 私も孤児院にはわりとがっつり関わっているが、そんな取り組みがあることは初耳だった。

「エリザベスも、王都の商家のお嬢さんたちと協力して孤児院への慰問を行っているんです。集めた寄付金で下着などを贈ったり、バザーで売る品物を提供したり。それで、“もしかしたらどこかですれ違っていたかも”といった話で盛り上がりました」

 その後の話は以前も聞いた通りだった。どちらかというとエリザベスさんの方が積極的にシュミット先生を誘い、2人はデートを重ねた。箱入り娘として大事にされていたエリザベスさんの行動はすぐに父親であるドナルドさんの知るところとなった。

「エリザベスさんは、とても大事にされていたお嬢さんなのよね」
「はい。彼女には兄が3人いますが、彼女は末っ子として生まれた唯一の女の子ということもあって、特に父親であるドナルドさんにはたいそうかわいがられていたそうです。3人の兄との仲もよかったと記憶しています」

 大事にしている娘だからこそ、苦労はさせたくないと、はじめ後ろ盾のない医師の卵であるシュミット先生との交際を良く思っていなかったという父親。

「かなり強く反対されました。けれどエリザベスが粘り強く説得してくれたり、私自身もより勉強に身を入れて、卒業試験ではトップ3に入る成績を残したりなど、努力を示した結果、最終的に折れてくださったんです」

 その条件として、シュミット先生が医学の世界で名をあげることというのは、前にも聞いた話だ。成績優秀だったシュミット先生は、王宮のお抱え医師団へのスカウトもあったが、ウォーレス子爵のエリン様との契約があったことや、上役が多い王宮では自由に研究をさせてもらえず、名をあげるのに時間がかかることなどを考えて、結局ダスティン領での就職を選んでくれた。

「エリザベスさんのお父様は、最終的には賛成に回ってくださったのよね?」
「はい。態度も軟化して、ご自宅の食事会にも誘っていただきました。嫌われてはなかったものと思います。彼女の母親も好意的でした。ただ、長兄のエミール殿は、今思えば少し距離があったかもしれません」

 挨拶や会話は交わしたものの、通り一遍な内容だったかもしれないと振り返る。

「エリザベスさんのお父様は、今はもうお店のことは全然見ていないのかしら」
「彼女の話では、ベッドから起き上がるのもやっとという状態のようです。元来健康で人一倍働いていた方ですが、今は身体の具合に重ねてメンタル面も弱ってしまったそうで。彼女の母親がつきっきりで看病していると聞いています」
「今まで病気ひとつしなかった人が寝ついてしまって、心的な不調を抱えるということは、珍しい話ではないわね」

 この世界では精神疾患はまだ主流ではないが、ウォーレス領主のエリン様の専門領域が精神科なので、シュミット先生もこの方面に多少の理解はあるようだった。

「となると、父親のドナルドさんがここにきて反対し始めたというよりは、やはり長兄のエミールさんの独断、というのが正しい見方かしら」
「エリザベスの話でも、突然エミール殿から見合い結婚してもらうことになった、と説明があったということでした。父親に確認しようとしたものの、面会も制限されてしまったようです」

 ちなみに父親のドナルドさんは王都の貴族や裕福な平民が入れる施設に移っているらしい。その面会が長兄の妨害で叶わず、エリザベスさんもヤキモキしているということだった。

「うーん。考えても全然わからないわね」

 ここにいない人のことをあれこれ推測しても埒が開かない。とはいえエミールさんやドナルドさんに会うことは難しい状況で、何をどうすればいいのか悩む。

 そんなとき、継母が「ねぇ」と提案してきた。

「エリザベスさんとガイさんをうちにご招待してみたら?」
「え?」
「だって、お見合いの裏事情を知っている人たちの一番近い位置にいるのがそのお二人なんでしょう? ここで顔を合わせて、持っている情報を整理すれば、何か思いつくかもしれないじゃない?」
「あの2人を、ここで引き合わせる?」

 なんというか……荒療治? いや、別に2人は病んでいるわけではないし、お互いが思い合っているわけでもないから、問題はない……のだろうか?

「そ、そんな……! もしエリザベスがその男性に一目惚れしてしまったら、私はどうしたらいいんですか!」

 半泣きのシュミット先生は置いておいて、けれど確かに継母の案には一理あった。

「でも、おかあ様。2人を招待するには理由がいります」

 エリザベスさんは今後行動が制限されてしまう可能性があるし、ガイさんは忙しい身で、先日の面会だってどうにか時間を作ってもらったものだ。

「理由ならいくらでも作れるわよ。アンジェリカがエリザベスさんとお友達になって、ここに招待すればいいわ。貴族のおうちに招かれるなんて名誉なことだって彼女のお兄さんなら喜ぶと思うの。ガイさんは……ほら、今作っているこのサシェの袋だけど、この先まだまだ入り用でしょう? ハムレット商会で購入するより直接買い付けた方が安上がりだから、布見本を見せてほしいって商談を持ち込めばいいんじゃない? サウル副会頭さんに紹介状を書いて貰えば、お得意さんの顔を立てて新規のお話でも受けてもらえそうだし、商談相手としてバーナードか私が立てば、ガイさんのお父様のご性質なら遠慮されて、ガイさんに任せるんじゃないかしら」

 確かに昔気質の職人さんなら、貴族のお相手となれば尻込みしてくれそうだ。もし一緒に来られたとしても、ガイさんだけ別室に呼ぶなどいくらでも手はあるし。

「わかりました、その案でいきましょう」
「そんな……!」

 絶望の眼差しでこちらを見るシュミット先生をどうどうと落ち着けた。

「大丈夫ですよ、先生。ケイティだってシャティ・クロウの大ファンでしたけど、ガイさんには惚れませんでしたし。エリザベスさんだって大丈夫ですよ」

 ガイさんは好青年だが、いかんせんがたいが良すぎるのとコワモテなのとで、うら若き女性に好まれる見た目ではない。物腰は丁寧で、頭がよく優しい人という印象なんだけど。今回、エリザベスさんとの縁談が壊れてしまったら、誰かいい人紹介してあげたいな。誰かいないかなぁ。ケイティなんて身長も高いから釣り合いが取れそうだったんだけど、作家先生への憧れ以上のものを感じなさそうだったし、領地にいるメイドのミリーには恋人がいるし。

 そんなことを考えながら、ガイさんとエリザベスさんの一足早いお見合いがセッティングされようとしていた。


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