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本編第二章
人材発掘です
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*アンジェロの名前をラファエロに変更しています。
_______________________________________
折よく数日後には王都の店舗宛に、トゥキルスのリカルド様から乾燥花のサンプルが大量に届いた。店舗内の改装も順調で、あとは商品とスタッフさえ揃えば社交シーズン中にもオープンできるというところまできている。
ということは、一番の要である商品開発が早急に必要というわけで、私は孤児院のクレメント院長の許可をいただき、ラファエロを店舗に招いた。
その結果……衝撃的なことが起こった。
「お嬢様、ラファエロが自分の鼻だけで調合したサシェ、マリウムさんが作ったサンプルのレシピと内容量がまったく一緒です……!」
手始めに私があげたサシェと同じものを作ってほしいと頼んだら、彼は軽量スプーンもカップも使わず、ただサンプルの匂いを嗅ぎ分けながらほいほいと材料を取り出していった。それらを混ぜ合わせる前にケイティがマリウムのサンプルレシピと照合したところ、1グラムの狂いもなかった。
試しにマリウムが作ったほかのサンプルをラファエロに渡し、同じものを作ってもらったが、こちらもまったく同じ結果だった。やはり彼の鼻は本物だ。
ほかの花の香りも知りたがっている様子だったので、彼に好きにブレンドしていいと許可を出したところ、瓶詰めされた乾燥花の蓋をどんどん開けては好き勝手にちょこちょこ取り出していった。
「お嬢様、あれ、きちんとレシピを書かせた方がいいのでは?」
「今は自由にやらせてあげましょう。あとで同じものを作ることは、彼にとってお手の物でしょうから」
この店に歩いて移動してくる間、彼は街中のいろんな匂いに酔ってしまったようで、ぐったりしていた。天才的な才能とは思うが、過敏すぎるがゆえに、外出も困難な状態だったのかもと思うと、生きづらい彼の今までの人生が透けて見えるようだった。そんな彼が目をきらきらさせて花の香りを嗅いでいるのをみると、調香師の仕事を彼に好きになってもらいたい、という思いが湧いてきた。
そのためには彼に自由に好きなだけ香りの開発に携わってもらいたい。
「ケイティはしばらくラファエロについてあげてくれる? 私はほかの手配を考えるから」
考えなければならないことはまだある。サシェの中身はラファエロに任せるとしても、彼ひとりで管理まで全部を負わせるのは酷な話だ。サポート体制を整えてあげなくてはいけない。とはいえケイティのメインの仕事はポテト料理フランチャイズの管理とレシピ開発なので、いつまでもこちらに労力をかけさせるのも申し訳ないところだ。
「ラファエロにアシスタントをつけてあげた方がいいかしら? でもほかにも欲しい人材がいるのよね」
たとえばサシェの袋のデザインや作成をどこに発注するかというのもあるし、ブレンドした香りのネーミングにもこだわりたい。そのあたりの人材をどう集めてくるか……考えることは山積みだった。
自分の手に負えないときは人に頼ろうーーそれが今の私の信条になっている。人材発掘という点で相談できそうな人を思いついた私は、事務所に戻ってアポイントの手紙をしたためた。
早いもので、その人とは翌日に改装中の店舗で会うことができた。
「突然お呼びたてしてしまい申し訳ありません」
「いえいえ、アンジェリカお嬢様の頼み事とあればいつでも馳せ参じますよ」
一見物腰の低そうな態度でありつつ、その視線の奥には本物を見極める光を抱いたその人――サウル・ハムレット副会長は、丁寧に腰を折った。
「実は、お顔の広いサウル副会長を見込んで、お願いがあるのです」
王家御用達のハムレット商会副会長として店を盛り立てつつ、趣味で有望な芸術家や技術者の支援をしているという彼ならば、私の望みに叶う人材を知っている可能性があるのではと考えた。
早急にほしい人材は2人。ひとつはサシェの袋のデザインをしてくれるデザイナー、もうひとりはラファエロが天才的な鼻でブレンドした香りに、名付けをしてくれそうな人物だ。ちなみに試しにアンジェロ自身に名付けをやらせてみたところ「黒いやつに胡椒を入れたもの」とか「しなびたりんごの匂い」とか、残念な答えしかかえってこなかったので早々に諦めた。
私の話を聞いたサウル副会長は「なるほど……」と顎に手を寄せた。
「デザイナーに関してはすぐにこれ、という人物を思い当たりませんが、名付けに関しては宛がありますね」
「本当ですか?」
「えぇ。ただし、紹介するには条件があります。その者は駆け出しの作家なのですが、少々厄介な身の上でありまして、その活動を公にできない立場なのですよ」
「厄介な立場、ですか?」
「はい。実はその者の両親が、その手の創作活動に理解をまったく示しませんでね。私が陰ながら支援をしてなんとか出版までは漕ぎ着けたのですが、当然両親には本当のことを話せずにいます。私はその才能をもっと広く世に広めてやりたいと思っているのですが、なにぶんその者の実家は商売をやっておりましてね。本人は跡取りとして家を継がねばならない立場なのです。家業に従事しているため創作活動に割ける時間が少なく、なかなか次回作の出版もままならない状況なのです」
サウル副会長の話を聞いて私はいろいろ思いを巡らせた。本人の望みと両親の望みが噛み合わない……私の身近でも聞く話だ。ダスティン領の診療所に派遣されているシュミット先生と王都の貸し馬車屋の娘・エリザベスさんの例もあれば、リー&マーティン設計事務所のご夫婦も結婚の際、両親の反対に合っている。
「大変な状況であることはわかりました。それで、サウル副会長がおっしゃる条件とはいったいなんなのでしょう」
「これはアンジェリカお嬢様を見込んでのお願いになるのですが、どうかその者の両親を説得し、本人が自由に創作活動できる状況を整えていただきたいのです」
「両親を説得し、作家活動を認めさせる、ということですね」
「はい。作家としての活動は専業でも、家業との兼業でもかまいません。本人は執筆さえ堂々とできる立場になれば、家を継ぐこと自体は厭わないそうですのでね。なにぶん今の状況は家業の手伝いだけであっという間に1日が終わってしまい、ゆっくり次回作に取り組む暇もないそうなのですよ」
「わかりました。考えてみます。あの、その方と面会することは可能ですか?」
「えぇもちろん。うちにも出入りしている者ですから、いつでも紹介できますよ」
「ありがとうございます。あ、そうだわ、その方のお名前はなんとおっしゃるのでしょう」
「おぉ、大事なことをお伝えしておりませんでした。その者の名前―――というより作家名の方がぴんとくるかもしれませんね。シャティ・クロウと言います。代表作は“月のしずく”ですね」
「シャティ・クロウですって!?」
はしたなくも声をあげてしまったことを、誰も責められないと思う。シャティ・クロウ、アニエスが大教会で一人芝居を演じ、サリーとケイティ親娘が揃ってハマったことでも記憶に新しい、あの王国中の乙女達を虜にした恋愛小説。繊細な心理描写とロマンティックな展開がてんこ盛りながら、口うるさい批評家たちをも唸らせる丁寧な筆致で、ただの恋愛小説を域を超えた傑作として受け入れられた。確か最近続編が出たとか聞いたような。そういえば作家本人は身分やその他を一切明かしていないことでも有名だった。
「驚きました。サウル副会長がご紹介くださる方は女性だったのですね」
家業を継ぐ立場で現在も仕事に従事しているという流れから、勝手に男性像を想像していた。既成概念というのは人を狂わせる。
けれど私の発言に、副会長はにやりとした笑みを漏らした。
「いえ、シャティ・クロウはペンネームでして……本人は男性ですよ。本名をガイ・オコーナーといいます」
「は?」
既成概念は本当に人を狂わせる。先ほど以上の衝撃が私を襲った。
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折よく数日後には王都の店舗宛に、トゥキルスのリカルド様から乾燥花のサンプルが大量に届いた。店舗内の改装も順調で、あとは商品とスタッフさえ揃えば社交シーズン中にもオープンできるというところまできている。
ということは、一番の要である商品開発が早急に必要というわけで、私は孤児院のクレメント院長の許可をいただき、ラファエロを店舗に招いた。
その結果……衝撃的なことが起こった。
「お嬢様、ラファエロが自分の鼻だけで調合したサシェ、マリウムさんが作ったサンプルのレシピと内容量がまったく一緒です……!」
手始めに私があげたサシェと同じものを作ってほしいと頼んだら、彼は軽量スプーンもカップも使わず、ただサンプルの匂いを嗅ぎ分けながらほいほいと材料を取り出していった。それらを混ぜ合わせる前にケイティがマリウムのサンプルレシピと照合したところ、1グラムの狂いもなかった。
試しにマリウムが作ったほかのサンプルをラファエロに渡し、同じものを作ってもらったが、こちらもまったく同じ結果だった。やはり彼の鼻は本物だ。
ほかの花の香りも知りたがっている様子だったので、彼に好きにブレンドしていいと許可を出したところ、瓶詰めされた乾燥花の蓋をどんどん開けては好き勝手にちょこちょこ取り出していった。
「お嬢様、あれ、きちんとレシピを書かせた方がいいのでは?」
「今は自由にやらせてあげましょう。あとで同じものを作ることは、彼にとってお手の物でしょうから」
この店に歩いて移動してくる間、彼は街中のいろんな匂いに酔ってしまったようで、ぐったりしていた。天才的な才能とは思うが、過敏すぎるがゆえに、外出も困難な状態だったのかもと思うと、生きづらい彼の今までの人生が透けて見えるようだった。そんな彼が目をきらきらさせて花の香りを嗅いでいるのをみると、調香師の仕事を彼に好きになってもらいたい、という思いが湧いてきた。
そのためには彼に自由に好きなだけ香りの開発に携わってもらいたい。
「ケイティはしばらくラファエロについてあげてくれる? 私はほかの手配を考えるから」
考えなければならないことはまだある。サシェの中身はラファエロに任せるとしても、彼ひとりで管理まで全部を負わせるのは酷な話だ。サポート体制を整えてあげなくてはいけない。とはいえケイティのメインの仕事はポテト料理フランチャイズの管理とレシピ開発なので、いつまでもこちらに労力をかけさせるのも申し訳ないところだ。
「ラファエロにアシスタントをつけてあげた方がいいかしら? でもほかにも欲しい人材がいるのよね」
たとえばサシェの袋のデザインや作成をどこに発注するかというのもあるし、ブレンドした香りのネーミングにもこだわりたい。そのあたりの人材をどう集めてくるか……考えることは山積みだった。
自分の手に負えないときは人に頼ろうーーそれが今の私の信条になっている。人材発掘という点で相談できそうな人を思いついた私は、事務所に戻ってアポイントの手紙をしたためた。
早いもので、その人とは翌日に改装中の店舗で会うことができた。
「突然お呼びたてしてしまい申し訳ありません」
「いえいえ、アンジェリカお嬢様の頼み事とあればいつでも馳せ参じますよ」
一見物腰の低そうな態度でありつつ、その視線の奥には本物を見極める光を抱いたその人――サウル・ハムレット副会長は、丁寧に腰を折った。
「実は、お顔の広いサウル副会長を見込んで、お願いがあるのです」
王家御用達のハムレット商会副会長として店を盛り立てつつ、趣味で有望な芸術家や技術者の支援をしているという彼ならば、私の望みに叶う人材を知っている可能性があるのではと考えた。
早急にほしい人材は2人。ひとつはサシェの袋のデザインをしてくれるデザイナー、もうひとりはラファエロが天才的な鼻でブレンドした香りに、名付けをしてくれそうな人物だ。ちなみに試しにアンジェロ自身に名付けをやらせてみたところ「黒いやつに胡椒を入れたもの」とか「しなびたりんごの匂い」とか、残念な答えしかかえってこなかったので早々に諦めた。
私の話を聞いたサウル副会長は「なるほど……」と顎に手を寄せた。
「デザイナーに関してはすぐにこれ、という人物を思い当たりませんが、名付けに関しては宛がありますね」
「本当ですか?」
「えぇ。ただし、紹介するには条件があります。その者は駆け出しの作家なのですが、少々厄介な身の上でありまして、その活動を公にできない立場なのですよ」
「厄介な立場、ですか?」
「はい。実はその者の両親が、その手の創作活動に理解をまったく示しませんでね。私が陰ながら支援をしてなんとか出版までは漕ぎ着けたのですが、当然両親には本当のことを話せずにいます。私はその才能をもっと広く世に広めてやりたいと思っているのですが、なにぶんその者の実家は商売をやっておりましてね。本人は跡取りとして家を継がねばならない立場なのです。家業に従事しているため創作活動に割ける時間が少なく、なかなか次回作の出版もままならない状況なのです」
サウル副会長の話を聞いて私はいろいろ思いを巡らせた。本人の望みと両親の望みが噛み合わない……私の身近でも聞く話だ。ダスティン領の診療所に派遣されているシュミット先生と王都の貸し馬車屋の娘・エリザベスさんの例もあれば、リー&マーティン設計事務所のご夫婦も結婚の際、両親の反対に合っている。
「大変な状況であることはわかりました。それで、サウル副会長がおっしゃる条件とはいったいなんなのでしょう」
「これはアンジェリカお嬢様を見込んでのお願いになるのですが、どうかその者の両親を説得し、本人が自由に創作活動できる状況を整えていただきたいのです」
「両親を説得し、作家活動を認めさせる、ということですね」
「はい。作家としての活動は専業でも、家業との兼業でもかまいません。本人は執筆さえ堂々とできる立場になれば、家を継ぐこと自体は厭わないそうですのでね。なにぶん今の状況は家業の手伝いだけであっという間に1日が終わってしまい、ゆっくり次回作に取り組む暇もないそうなのですよ」
「わかりました。考えてみます。あの、その方と面会することは可能ですか?」
「えぇもちろん。うちにも出入りしている者ですから、いつでも紹介できますよ」
「ありがとうございます。あ、そうだわ、その方のお名前はなんとおっしゃるのでしょう」
「おぉ、大事なことをお伝えしておりませんでした。その者の名前―――というより作家名の方がぴんとくるかもしれませんね。シャティ・クロウと言います。代表作は“月のしずく”ですね」
「シャティ・クロウですって!?」
はしたなくも声をあげてしまったことを、誰も責められないと思う。シャティ・クロウ、アニエスが大教会で一人芝居を演じ、サリーとケイティ親娘が揃ってハマったことでも記憶に新しい、あの王国中の乙女達を虜にした恋愛小説。繊細な心理描写とロマンティックな展開がてんこ盛りながら、口うるさい批評家たちをも唸らせる丁寧な筆致で、ただの恋愛小説を域を超えた傑作として受け入れられた。確か最近続編が出たとか聞いたような。そういえば作家本人は身分やその他を一切明かしていないことでも有名だった。
「驚きました。サウル副会長がご紹介くださる方は女性だったのですね」
家業を継ぐ立場で現在も仕事に従事しているという流れから、勝手に男性像を想像していた。既成概念というのは人を狂わせる。
けれど私の発言に、副会長はにやりとした笑みを漏らした。
「いえ、シャティ・クロウはペンネームでして……本人は男性ですよ。本名をガイ・オコーナーといいます」
「は?」
既成概念は本当に人を狂わせる。先ほど以上の衝撃が私を襲った。
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