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本編第二章

調香師を探します2

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 一足早く王都に出てきた私と継母は、その日、アッシュバーン家のシンシア様宅を訪問していた。本格的な社交シーズンが始まるまであと1ヶ月。辺境伯のアレクセイ様とパトリシア様、それに次男のギルフォードはまだ領地にいるから、王都のアッシュバーン家はシンシア様と騎士団副団長のロイド様の2人だけだ。

 事前に手紙でお伺いをたてていたのだけど、この日はスノウも同行させていた。シンシア様なら事情をわかった上で、彼の同席も許してくださると考えてのことだ。もしスノウが本気で貴族の、それも王家のおぼえもめでたい辺境伯家のタウンハウスということでかなり緊張した様子のスノウは、さきほどから借りてきた猫のように縮こまっている。

 スノウはとてもいい子だ。頭だって悪くないし、手先の器用さは見事で、今でもケビン伯父を見習って細工物なんかを上手に作っている。口調や態度にはぶっきらぼうなところがあるけれど、その奥にちゃんと優しさがあることも私は知っている。なんというか、健全な10歳の子どもに育っている。

 彼が貴族の世界に憧れているのかどうかまではわからない。でももし将来の選択として王立学院に入学したいと思っているなら、越えなければならないハードルはやっぱりある。

 前世の妹の話では、スノウもアンジェリカと一緒に学院に入学して、アンジェリカを助ける過程で彼女を庇ったことで退学になったとのことだった。そんな悲しい出来事も踏み台にして攻略対象と結ばれるアンジェリカは相当なものモノとは思うけれど、それはさておき、もし現実の彼もまた同じ道を選ぶなら、私は絶対に彼を退学させたりはしない。

 私たちが王立学院に入学するまであと丸3年。スノウにはたくさんのことを吸収してもらわなくてはならない。そのデビューとして、シンシア様とのお茶会は打ってつけだった。

 もともとダスティン家に遊びによくきていたから、継母から最低限のマナーは教えてもらっている。ただ、家では通いのハウスメイドひとりきりで、特に教育らいしものはなく、街の教会で神官たちから手習いを教わっている程度とのことだから、そのまま学院にあがればかなりきつい思いをすることになるだろう。ケビン伯父も庶民的な暮らしが板についた人だから、その辺りを指導するのは難しそうだ。

 私に託されたのは、ビジネスを教えてほしいというようなことではない。彼が第一の選択をする時期が迫っていることを受けて、ケビン伯父が純粋に社会科見学を依頼してきたのだ。だからいろんな世界を見せてあげて、彼が選びたいと思ったものの手助けをしてあげるのが私の仕事だと思っている。

 前世の私は31歳。まぁ、20歳で子どもを産んだとしたらこれくらいの子がいてもおかしくないわけで。あ、でも今の私もスノウと同い年だ。だめだ、なんかこんがらがるし微妙に落ち込む。

「あら、アンジェリカちゃん、どうしたの? 卵なしのスコーン、美味しくなかったかしら」
「え? いえっ、そんなことないです。とても美味しいです」

 平民出身のシンシア様は今でもお菓子作りのためにキッチンに立つそうだ。彼女のお手製、卵なしのスコーンは相変わらずのおいしさだった。

「シンシア様、申し訳ありません。アンジェリカは今、新しい事業のことで頭がいっぱいなんです」

 継母の助け舟に、シンシア様が「あぁ」と頷いた。

「新しい事業といえば、香りのビジネスのことかしら。確か調香師を探しているのだったわね」

 調香師の件はシンシア様にもとっくに相談済みだ。

「私が美容関連にはとんと疎いものだから……協力できなくてごめんなさいね」
「いいえ、シンシア様にはいつも相談にのっていただいて感謝しています」
「王都で美容関連にお詳しい貴族といえば、ハイネル公爵家のエルシア様あたりだけど……」
「ハイネル公爵家……なかなか厳しそうですね」

 私の引き攣った笑いに、シンシア様も曖昧な表情を浮かべた。

 そういえばハイネル公爵家の名前を久々に聞いたなと思った。我々が領地に引っ込んで暮らしているせいだからしょうがいないはしょうがない。

 ハイネル公爵は地質学者として多忙で、王立研究所の名誉所長となってはいるが、はじめの1年こそ往来があったものの、研究所が回り出してからは完全に名誉職扱いになっている。長女のエヴァンジェリンとは過去にお茶会に呼ばれたり手紙のやりとりがあったりしたが、下級貴族との交流をよく思わない母親のエルシア夫人に阻まれ、こちらも音信不通となっていた。去年の精霊祭にあわせた大教会での子どもたちの発表会企画も、私は完全に締め出され、観客として出席した最後の見送りの場で、一瞬だけ彼女と目があったが、すぐに逸らされてしまった。

 エヴァンジェリンのことを愛してはいるだろうけれど、自分の研究優先で領地から出てこない父親と離れ離れとなり、同じく彼女のことを愛してはいるだろうけれど強烈な貴族主義である母親のエルシア夫人の元で教育される過程で、彼女の凛とした性格が歪んでしまわないか、心配していた。せめて彼女の優しい部分が損なわれないようにと、孤児院の子どもたちと交流できる機会を提供してきたのだけれどーーー。

「シンシア様、今年の精霊祭の発表会企画についてどうなっているのかご存知でしょうか」

 初年度こそ私が中心となって動いた企画だが、その後はエヴァンジェリンに託したものだ。彼女がうまく導いてくれるものと思いたかった。









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