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本編第二章

社会科見学のお申し込みです

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 残された仕事をばたばたと片付けて、私と継母は翌週には王都に旅立っていた。もちろんケビン伯父にスノウ、フローラの子どもたちも一緒だ。彼らは今年もウォーレス教授宅に泊まる。

「スノウ、フローラも。久しぶりね!」
「アンジェリカお姉ちゃま! こんにちは」
「……よう」

 今でも彼らは月に1度くらいのペースで我が家に遊びにきている。けれど私は外出することが多くて、彼らと顔を合わせるのはずいぶん久しぶりだった。馬車に乗り込んだ後、フローラは私よりも継母にべったりで、継母の隣でクッキーを食べていた。

「おまえ、本当に家にいないのな」

 私と同い年のスノウは来月10歳になる。ケビン伯父と継母が兄妹だから、彼と私とは血の繋がらない従兄弟の関係だ。以前は一緒に外出することも多かったけれど、散歩程度ならともかく、仕事がらみの場にはさすがに連れていけない。そんなこんなでしばらく疎遠になっていた。

「ごめんね。うちの領地、今いろんなことを始めていて。猫の手も借りたい忙しさなの」
「おまえ、確かトゥキルスにも行ったんだよな」
「うん。あちらの王族の人に招待されちゃってね……」

 行った経緯はともかく、収穫は大きかったのでそれはそれでよかったと思っている。

「なぁ、王都にいる間も忙しいのか?」
「うん、たぶん。仕事が山積みだから早く出発することになったくらいだし」
「……そうか」

 一旦口をつぐんだものの、何か気になるのか、ちらちらと私の方を見てくる。

「なあに、どうしたの?」
「……なんでもない」

 そのままプイっと顔を背けてしまった彼に、クッキーを食べ終えたフローラが声をかけた。

「お兄ちゃんはアンジェリカに相手にしてもらえないから寂しいんだよ」
「はっ? おまえ突然何言うんだよ! ちげーよっ!」
「だっていっつもおばさまのおうちに行ったときに“アンジェリカはいないのか”って聞いてるもん」
「あ、あれは……そのっ」

 口が達者なフローラはにっと笑ってもうひとつクッキーを頬張った。そうなのかと隣を顧みると、顔を茹で蛸のようにした少年の姿。

「なんだ、それならそうと言ってくれたらいいのに」
「なっ! 違うぞ、違うからな! そういうんじゃないから!」
「あらあら、かわいい娘とかわいい甥っ子が仲良しで、私も嬉しいわ」

 追い討ちをかけるように継母がころころと笑い、馬車の中は明るい空気でいっぱいになった。

 ウォーレス領から王都までは急げば5日の日程だが、子ども連れということもあり、1週間ほどかけたゆったりしたスケジュールをとっている。途中の宿で、王都に運ぶ荷物と同じ方の馬車に乗っていたケビン伯父も降りてきた。継母が面白そうにさっきの話をすると、ケビン伯父も破顔した。

「うちの坊主、どうやらアンジェリカにずいぶん憧れてるみたいなんだ」
「私にですか?」
「あぁ。アンジェリカは大人顔負けにいろんなことに挑戦しているだろう? それを凄いと思う反面、憧れる気持ち反面、悔しいと思う気持ち反面……」
「お兄様、反面が多過ぎですわ」

 継母のツッコミにからからと笑いつつ、「まぁでも」と唇を結んだ。

「あいつとアンジェリカじゃ立場が違う。アンジェリカはなんと言っても貴族の御令嬢で次期当主だ。それに対してうちは、貴族の血は流れていても、私がこんな仕事についているからね」
「ケビン伯父様のお仕事は立派なものだと思います」

 彼自身は王立学院を卒業した貴族ではあるが、当主筋ではない。卒業後は特技を生かして家具職人となり生計を立てている。ケビン・ウォーレスの工房の名は貴族の間でも知られるほどには有名だ。

「もちろん、私も自分の仕事に誇りを持っているさ。だが血筋という意味では、当主筋とその他では大きく違うのも事実だ。うちみたいに小さな家ではね」

 ウォーレス家は子爵家で家格はそれほど高くはない。また領地も、以前の我が領ほどではないが、大貴族ほど潤っているわけではない。質素倹約をいい意味でいく家系だ。大きな家であれば一族すべて貴族のような暮らしができるところもあるだろうが、小さな家では後目を継ぐ当主以外は平民と同じ暮らしぶりというのも珍しくない。ケビン伯父も、その父であるウォーレス教授も、そのように生き方を自分たちで決めてきた人たちだ。

「アンジェリカとあいつでは、目指すものが違うはずなんだ。だけど、一番近くにいる君のことを同一視して、同じレベルのことをしなくちゃいけないと思い込んでいる」
「……」
「私はスノウの人生を、スノウの好きにいきたらいいと思っている。自分がそうしてきたからね。今は君に強く憧れて、そこに追いつかなきゃと必死になっているけれど……なぁに、それもあいつの人生だ。ダメだとわかったときにひどく落ち込むようなら、私がちゃんと引き受けるさ」

 ふっと緩んだ顔に寄る皺が、継母の横顔と重なった。この人も継母も、私のことを異常だという目では見ない人たちだ。それでいてそのままの私を受け入れてくれている。私とは一滴の血も混ざっていないのに。

「なぁ、アンジェリカ、頼みがあるんだが」
「なんでしょう」
「王都にいる間、君の時間がとれるときだけでいい。あいつを君に預けてもいいだろうか。フローラは祖父母の家でピアノに触れたり庭で遊んだりするのを楽しみにしてるけれど、あいつはその辺、あまり興味がなくてね。私は仕事で忙しくしているし、両親はあのとおり高齢で動き回れない。たぶん、いろいろ持て余すと思うんだよ」
「それは……はい、構いませんが」
「もちろん、君は遊びにいくんじゃなくて立派に仕事をしに行くんだろう。中には貴族を相手にする話もあるだろうから、そういうときは遠慮させる。歳の割にはその辺り、ちゃんと弁えている子だし、駄々をこねて困らせるなんてことはないと思う。まぁ、一種の社会見学という形かな」
「お話はよくわかりました。私なら大丈夫です。ただ、それならケビン伯父様に同行した方が勉強になるのでは?」
「それもそうなんだが、私と行動すれば、家具関連の職人や商人とだけの関係性で終始してしまうからね。君と一緒にいた方が、もっと幅広くいろんなことが学べると思うんだよ」

 確かに一理ある考えだ。とはいえ私の予定は不明確だし、スノウを振り回してしまうかもしれない。

 そう考え込んでいると、継母が助け舟を出してくれた。

「社交シーズンが本格的に始まるまでは私も暇だから、事務所に顔を出すようにするわ。もしアンジェリカがひとりで行動したいと思ったら、スノウは事務所で私が預かるわよ。もちろんフローラも。お父様もお母様も、毎日小さい子どもの相手は大変でしょうしね」

 目の前に、大人に頼らずひとりで行動しようとしている10歳児がいることがわかっているだろうに、そう結論づける継母とケビン伯父は、やはり只者ではないなと感じた。
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