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本編第二章
10歳になりました
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トゥキルスでの滞在を終え、無事帰宅したのが8月の終わり。そして9月1日になり、私は10歳の誕生日を迎えた。
両親や使用人、隣の領から来てくれたケビン伯父や従兄弟のスノウとフローラ、領民たちまでがお祝いをしてくれた。そんなお祝いムードに酔いしれる間もなく、ダスティン領は秋の大収穫を迎えた。
実は昨年の冬から領地の大規模な区画整理を行なっていた。温泉を軸とした観光開発をするに当たって、狭い領地をどう有効活用するか悩んだ結果の決断だった。現在の研究所付近を観光の中心地とし、7つの温泉スポットを結ぶ街道を整備して、その道に沿った開発や店舗誘致を行う予定でいる。細々とした農地が点在する地域のすぐ近くにそうした賑わいスポットを作ってしまうと、開発側としてもそこに住む領民たちからしてもデメリットしかない。
土地はもともとダスティン家のもので、それを領民たちに貸し出して税を納めてもらっている状況ではあるけれど、私たちの鶴の一声でその領地を取り上げるような横暴はできない。そこで領地の東側の、開発からは離れた土地に家や畑ごと引っ越してもらうことにした。不満が全く出なかったわけではなかったが、引っ越しにかかる費用はすべてこちらが負担、さらに向こう3年の税の軽減と農業指導、さらに開発を進める中で生み出された雇用枠を優先的に斡旋するなどの取り引き材料を提示して、住民大移動が行われた。
その1年目となる収穫。ここがうまくいくかどうかで領民たちの士気も変わる。
祈るような気持ちで待った結果はーーー昨年を上回る大豊作だった。新しい土地に石灰を馴染ませ、計画農業を導入した成果でもある。
そうした大成功を傍目にしつつ、私は事業に専念した。いくつかの温泉はすでに整備し、領民たちに無料で開放している。今までは行水で済ませていたところに、温泉につかるという新しい習慣を取り入れたその結果、疲労が早く回復するようで、領民たちの健康増進にもつながっている。こちらは新任医師のシュミット先生が綿密なデータをとっていて目下研究中だ。恋人であるエリザベスさんの父親と約束した期限である2年のうちには医学会に発表するつもりのようだ。
一方で街道や貴族向けの施設を含めた観光地開発のために、昨年の冬建築家を2人スカウトしていた。リー&マーティン設計事務所のリーさんとマーティンさんだ。妻のリーさんがデザインを、夫のマーティンさんが建設指揮などの実務を担っている。マーティンさんは伯爵家の3男で、王立学院で建築を学び、卒業後は羽振りのいい両親の支援もあって王都に事務所をもうけた。そこに平民のリーさんが弟子入りしたことがきっかけで恋人になり、その後結婚した。ただ、貴族の、それも直系のマーティンさんと平民のリーさんの結婚をマーティンさんの両親はよく思わず、結婚を期に実家の支援も打ち切られたらしい。それでも天才肌のリーさんのデザインの受けがよく、マーティンさんの知識と経験を混ぜ合わせた設計は、王都で一定数の顧客を獲得するまでになった。その後子宝にも恵まれ、このまま王都で家族3人暮らしていけると確信した矢先、一人息子に先天性の病気が見つかった。
賑やかな王都で暮らすより、空気のいい田舎で静養した方が息子のためにはなる、しかしせっかく得た王都での顧客を失えば、生活が困窮してしまうかもしれない。悩んでいたところに我が家の応募を見つけた。
彼らの身の上話を聞いた上で、こちらも条件を追加することにした。開発中は領地に住んで欲しいけれど、開発が終われば王都に戻ってもらっても構わないし、なんなら王都での事務所もそのまま維持できるよう協力することを申し出たら2つ返事で一時移住を決意してくれた。ちなみに彼らの事務所は今、王都でうちとケビン伯父が共同で開いているウォーレス&ダスティン事務所の中にある。
なぜ彼らを引き入れたかというと、夫のマーティンさんは貴族で、妻のリーさんが平民だから、というのもある。ダスティン領の温泉開発は貴族をターゲットにしている。彼らに夏の休暇中に滞在してもらいたいし、リタイア後もここで長湯治してもらいたいから、まずは貴族に好かれる視点が必要だ。それと同時に、ダスティン領に住む領民たちにも温泉を還元していきたいと思っている。彼らの健康は領地の未来そのものだ。だからこそ、貴族向けの一面と領民たちが生活として取り入れる一面をミックスしたような形を目指したい。それにはうってつけの2人だと思った。
今回の設計は建物ひとつで済む話ではない、街全体の開発を任せるものだ。彼らにとっても初めて取り組む大事業であり、これが成功すれば建築の世界でも大いに名をあげることになるだろう。
農地に関しては父とロイが、街の開発に関してはリーさんとマーティンさんが頑張ってくれる。私が次にやることといえば、新たな化粧関連品の開発と、トゥキルスのリカルド様と展開する新ビジネスを成功させることだった。
両親や使用人、隣の領から来てくれたケビン伯父や従兄弟のスノウとフローラ、領民たちまでがお祝いをしてくれた。そんなお祝いムードに酔いしれる間もなく、ダスティン領は秋の大収穫を迎えた。
実は昨年の冬から領地の大規模な区画整理を行なっていた。温泉を軸とした観光開発をするに当たって、狭い領地をどう有効活用するか悩んだ結果の決断だった。現在の研究所付近を観光の中心地とし、7つの温泉スポットを結ぶ街道を整備して、その道に沿った開発や店舗誘致を行う予定でいる。細々とした農地が点在する地域のすぐ近くにそうした賑わいスポットを作ってしまうと、開発側としてもそこに住む領民たちからしてもデメリットしかない。
土地はもともとダスティン家のもので、それを領民たちに貸し出して税を納めてもらっている状況ではあるけれど、私たちの鶴の一声でその領地を取り上げるような横暴はできない。そこで領地の東側の、開発からは離れた土地に家や畑ごと引っ越してもらうことにした。不満が全く出なかったわけではなかったが、引っ越しにかかる費用はすべてこちらが負担、さらに向こう3年の税の軽減と農業指導、さらに開発を進める中で生み出された雇用枠を優先的に斡旋するなどの取り引き材料を提示して、住民大移動が行われた。
その1年目となる収穫。ここがうまくいくかどうかで領民たちの士気も変わる。
祈るような気持ちで待った結果はーーー昨年を上回る大豊作だった。新しい土地に石灰を馴染ませ、計画農業を導入した成果でもある。
そうした大成功を傍目にしつつ、私は事業に専念した。いくつかの温泉はすでに整備し、領民たちに無料で開放している。今までは行水で済ませていたところに、温泉につかるという新しい習慣を取り入れたその結果、疲労が早く回復するようで、領民たちの健康増進にもつながっている。こちらは新任医師のシュミット先生が綿密なデータをとっていて目下研究中だ。恋人であるエリザベスさんの父親と約束した期限である2年のうちには医学会に発表するつもりのようだ。
一方で街道や貴族向けの施設を含めた観光地開発のために、昨年の冬建築家を2人スカウトしていた。リー&マーティン設計事務所のリーさんとマーティンさんだ。妻のリーさんがデザインを、夫のマーティンさんが建設指揮などの実務を担っている。マーティンさんは伯爵家の3男で、王立学院で建築を学び、卒業後は羽振りのいい両親の支援もあって王都に事務所をもうけた。そこに平民のリーさんが弟子入りしたことがきっかけで恋人になり、その後結婚した。ただ、貴族の、それも直系のマーティンさんと平民のリーさんの結婚をマーティンさんの両親はよく思わず、結婚を期に実家の支援も打ち切られたらしい。それでも天才肌のリーさんのデザインの受けがよく、マーティンさんの知識と経験を混ぜ合わせた設計は、王都で一定数の顧客を獲得するまでになった。その後子宝にも恵まれ、このまま王都で家族3人暮らしていけると確信した矢先、一人息子に先天性の病気が見つかった。
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彼らの身の上話を聞いた上で、こちらも条件を追加することにした。開発中は領地に住んで欲しいけれど、開発が終われば王都に戻ってもらっても構わないし、なんなら王都での事務所もそのまま維持できるよう協力することを申し出たら2つ返事で一時移住を決意してくれた。ちなみに彼らの事務所は今、王都でうちとケビン伯父が共同で開いているウォーレス&ダスティン事務所の中にある。
なぜ彼らを引き入れたかというと、夫のマーティンさんは貴族で、妻のリーさんが平民だから、というのもある。ダスティン領の温泉開発は貴族をターゲットにしている。彼らに夏の休暇中に滞在してもらいたいし、リタイア後もここで長湯治してもらいたいから、まずは貴族に好かれる視点が必要だ。それと同時に、ダスティン領に住む領民たちにも温泉を還元していきたいと思っている。彼らの健康は領地の未来そのものだ。だからこそ、貴族向けの一面と領民たちが生活として取り入れる一面をミックスしたような形を目指したい。それにはうってつけの2人だと思った。
今回の設計は建物ひとつで済む話ではない、街全体の開発を任せるものだ。彼らにとっても初めて取り組む大事業であり、これが成功すれば建築の世界でも大いに名をあげることになるだろう。
農地に関しては父とロイが、街の開発に関してはリーさんとマーティンさんが頑張ってくれる。私が次にやることといえば、新たな化粧関連品の開発と、トゥキルスのリカルド様と展開する新ビジネスを成功させることだった。
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