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本編第二章

新しい材料を探します1

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「はじめまして。リカルドの姉のマリアと申します」

 焦茶色の髪に薄茶の目をした20代半ばの女性が優雅に膝を折る。背丈は小柄だが、その纏う気品のためか、存在が大きく見えるーーーリカルドの姉はそんな女性だった。何年か前に結婚し、現在は夫の姓を名乗っているとはいえ、元王女殿下。そのオーラは今も健在のようだ。顔つきは彼女の隣に立つリカルドとあまり似ていない。共通するのは髪や肌の色くらいだ。リカルドが目を見張るほどの精悍な男前なのでどんな美女が出てくるのかと身構えていたが、こちらは可憐な草花のような涼やかな美しさだった。これで既に2児の母というから驚きだ。

 こちら側一行の身分からすれば伯爵老が一番高いので、彼とギルフォードに続く形で私も挨拶をした。私の後にマリウムが続く。マリア様は優雅に微笑みながら私とマリウムを交互に見た。

「アンジェリカ様とマリウム様には、弟がセレスティア王国滞在時に大変お世話になったと聞いております。また、ポテト料理の普及にご尽力されたお方がこんなにかわいらしいお嬢様だったなんて驚きですわ」

 私のことなどそれほど知られていないかと思いきや、リカルドと初めて会ったときと同じような感激を向けられ驚いた。セレスティア王国ではじゃがいもの食用化は表向きとして父が広めたことになっている。多少詳しい人間で、私がおままごとの最中に偶然気がついた、という情報を知っている程度だ。ダスティン領内では私の功績と讃えてくれる領民が多いが、それはあくまで閉鎖的な領地の中だけの話だ。他国の、それも王族やそれに近しい人たちの間に知られていることが逆に不思議でならなかったが、それもまたトゥキルス人の慣習や国民性によるものだと、ここに立ち寄る前にリカルドが教えてくれた。

「我が国では“礎”を尊ぶ風習があるのです。“礎”とはすべてのはじまり・源となるもののことです。それは概念だったり風習だったり、材料や血筋といったものも含まれます。じゃがいもの食用化を広めたのはダスティン男爵かもしれませんが、それを思いつかれたのはアンジェリカ様です。あなたの行動はまさしく“礎”だ。私たちは何かを評価したり敬意を払う場合、それがどこから生まれたのかを見極めます。広めた者より生み出した者を評価するーーーそれが私たちの考え方です」

 この“礎”の考え方が国民に強く根付いているからこそ、王族や高位の者たちは何かを成し遂げないと評価されないのだそうだ。彼らが高貴な者として得る権利は、彼らが何らかの礎であるとの国民たちからの評価があるからこそとも言える。

 マリアさんが嫁いだ相手は、この国に5人いる大臣の息子だと聞いている。トゥキルスには王族のほかに、王族から臣籍降下したときに与えられる公爵位があるが、それ以外の爵位はない。代わりに権勢を誇っているのが5人の大臣と、王国を直接的に分割統治する8つの部族だ。宰相はおらず、大臣が兼務する。政治は女王とこの5人の大臣、それに各部族から中央に代表として送られた人員たちの合議制で成り立っている。部族は世襲制だが大臣は一代限り。イメージとしては、大臣たちが侯爵位、部族長が伯爵位といったところだと伯爵老の事前講義で習った。

 その考え方でいくと、マリア様は王族から侯爵家に嫁いだ方、ということになる。私からすれば雲の上のお方だ。とてもじゃないがアンジェリカ“様”と呼ばれる相手ではない。恐縮しながら首を振ると、彼女は楚々と告げた。

「私は大臣の息子に嫁いだだけの、立場的には平民ですわ。義父であれば話は違いますでしょうが、私のことはどうぞマリアと」

 リカルドとの間でもこんなやりとりしたなぁと思いつつ、お互いにいろいろ妥協しあった結果、「マリアさん」「アンジェリカさん」で落ち着いた。

 ……他国の文化、すごく興味はあるけどいろいろ心臓に悪い。

「それはそうと、私の軟膏について質問がおありだとか。単なる手作りの品でお恥ずかしい限りなのですが、リカルドに言われましたので本日お持ちいたしました」

 そうして机の上にいくつかの容器が並べられた。

「せっかくですので屋敷の侍女たちが使っているものも持ち寄ってみましたの。この軟膏は各家で手作りされることが多いため、作り方が異なっておりまして。いろいろお試しになってはいかがかと思ったものですから」

 すぐに食いついたのはマリウムだ。まぁ今日の主役は彼だし、私はむしろ付き添いだからかまわない。頼むからマリアさん相手に失礼をしないでくれと、祈るのはそればかりだった。

「へぇ、確かにテクスチャーが違うわねぇ。匂いも……こちらの容器のはいい香りがするわね」
「それはうちのメイド長の実家のものですわ。香り付けにサボテンの花のエキスを使用しているんだそうです。こちらは主人付きのメイドのもので、匂いは少々きついのですが、あかぎれや切り傷だけでなく打身などにも大層よく効くそうです。我が家のものは母の実家に伝わる製法だったのですが、私が少し改良を加えまして、乾燥を防いだり、皮膚のごわつきを改善したりする効果を追求してみましたの。何せ父もリカルドも剣や乗馬の稽古に明け暮れて、切り傷程度なら放置ですし。この軟膏は古傷にも効果があるんですのよ」
「だからあんなに保湿力が高かったのね! 納得だわ。ねぇ、これの作り方って教えてもらえるの? それとも秘密だったりする?」
「作り方は誰でも知っているものなのでお教えできますわ。こちらでは子どもでも知っている知識ですもの。まずサボテンのエキスを抽出する方法ですけれど……」

 そこからはマリウムとマリアさんの2人の世界というか、完全に女子トークだった。話は軟膏から保湿、果ては化粧水や美容法にまで発展し、さすがの私もついていけなくなった。いや、軟膏の成分の話とか、作り方とかまでは興味があったのよ? だけど美容関連となると前世でも縁遠かったし、今の私はお子様だし。エステを兼ねたスパリゾート展開をダスティン領で考えているんだからついていかないといけないのはわかってるんだけど、残念ながらマリウムほどの適正はない。

 女性陣の話についていけないのは私だけではなかったようだ。リカルドさんと伯爵老はまるで空気であるかのように泰然とお茶を飲んでいるし、退屈したギルフォードは部屋の中をきょろきょろ見回している。ギルフォードに至っては完全に場違いなんだろうけど、私がここにいる以上、伯爵老はここにいないといけないし、その伯爵老とギルフォードが別行動するわけにはいかないから、彼もここにいるしかない。

 なんだかかわいそうになってきたので、私は自分に給仕されていたケーキの残りをそっと彼に押し出した。セレスティアにはない独特な香辛料が使われているようで、なかなかおいしいケーキだ。

 案の定ギルフォードは「いいのか?」と言わんばかりに瞳を爛々と輝かせながら、手はすでにフォークを握りしめている。うん、この状況で普通にケーキが喉に通るあんたはある意味大物だよ。

 美味しそうにケーキを頬張る彼を眺めているうちに、話は進んでいたようだった。

「……ってことよね? ならあたしもそれ、直接見たいわ!」
「もちろんかまいませんが、でも私だけでは心許ないですわね。リカルドはどう?」
「えぇ大丈夫ですよ。姉上とマリウムに従いましょう」
「よし! お嬢ちゃんもそれでいいわよね」
「え?」

 ギルフォードの頬についたケーキ屑を指摘しようかどうか迷っているうちに話を振られ、私は答えに窮した。マリウムが呆れたように目をすがめる。

「ちょっと、あんたも関係ある話でしょうが」
「ご、ごめんなさい。ちょっと、専門的すぎてついていけなかったのよ」
「まぁいいわ。とりあえず明日は砂漠に行くから」
「は? 砂漠? なんでまた」
「サボテンが自生してるのをこの目で見るためよ。貴重な保湿成分の原料だもの。確認しておかなくちゃ」
「あ、うん。わかった。私も行くわ」
「元よりそのつもりよ」

 こうして翌日の予定が決まった。



 
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