上 下
227 / 307
本編第二章

悪役令嬢に会えません1

しおりを挟む
 社交シーズンの王都の中でも賑わいを見せるイベントのひとつに精霊祭がある。毎年2月末から3月にかけて2日間、王国全土で祝われるこの祭は、特に王都では街をあげての賑わいをみせることで有名だ。

 その精霊祭に合わせて、4大精霊を祭る大教会で子どもたちの発表会を企画したのが2年前。もともとは才能を誇りながらも埋もれさせていた孤児院のシリウスとアニエスにスポットライトを当てる目的で始めたものだ。孤児院の子どもたちだけでは集客に欠けるだろうと貴族の子弟も演者に加えて実施し、好評を得たため、翌年も続けて開催される運びとなった。2回目以降は私からハイネル公爵家長女・エヴァンジェリンに企画者が移ったのは以前もお伝えした通り。とはいえ、昨年は私もお手伝いさせてもらったから、3回目となる今年もそうなるつもりでいた。いたのだが。

「エヴァンジェリン様はお忙しいのでお会いできません」

 大教会の裏へと続く関係者用入り口の前で私の入室を拒んだのは、それぞれ赤・青・黄色のドレスをまとった貴族の御令嬢たちだった。歳の頃は私と同じか少し上。まだ王立学院に入学する前の年齢、といったところ。容姿も体型もばらばらな信号機令嬢たちの共通点は、私のことを上から目線で見下ろしてくるということだった。

「だいたいアポイントメントもなく突然押しかけてくるとは何事ですの」
「そうですわ。エヴァンジェリン様は由緒正しいハイネル公爵家の御令嬢ですのよ」
「あなたごときが簡単にお会いできると思わないことですわ」

 上から目線はともかくとして、彼女たちの言い分はある意味もっともだ。約束もなく押しかけるのは貴族の礼儀に反するし、相手は王族を除けばこの国で最高位に近い貴族の御令嬢であるし、私のような格下貴族が簡単にお会いできる方でもない。

 いろいろ思うところはあったが、私は素直に頭を垂れた。

「申し訳ございません、オルター伯爵令嬢ビアンカ様、ローラ様、ロウズニー子爵令嬢リリアナ様。しかしながら今ほど孤児院のクレメント院長より、エヴァンジェリン様が発表会の準備のために毎週水曜に大教会にいらっしゃると伺ったものですから、こちらでしたらご挨拶叶うかと馳せ参じた次第でございます。御三方とも発表会の実行委員を今年もされていらっしゃいますのね。及ばずながら、わたくし、アンジェリカ・コーンウィル・ダスティンもその末席に加えていただけないかとお願いにあがりました」

 信号機令嬢の身分はそれぞれ伯爵家の本家令嬢とその従姉妹、それに子爵家令嬢だ。2家ともハイネル公爵家の派閥に所属する家でもある。彼女たちとは去年の発表会準備のときに面識があったが、その頃からあまりいい顔をされていなかったのを覚えている。きっと末席の末席である男爵家令嬢の私とエヴァンジェリンが仲良くしているのが気に入らないのだろうと、そのときは流しておいた。昨年はエヴァンジェリンが発表会実行委員会の会長を務める初めての年で、お手伝いに集まった令嬢たちも初めてづくし、勝手がわからなかったため私が率先して働く必要があった。それも余計に、家柄プライドの高い彼女たちの癇に障ったのかもしれない。

 発表会をエヴァンジェリンの手に託したとはいえ、私もできることならお手伝いしたい。エヴァンジェリンの才覚なら間違いはおこなさいだろうが、とはいえ孤児院の子どもたちへの配慮という点でいささかの懸念はある。

 なぜこのような直訴でなく直接エヴァンジェリンに手紙なりなんなりで頼まないのかというと……頼めないのだ、これが。

 もともとエヴァンジェリンとは最初の年―――私がマクスウェル侯爵家の奥方・ノーラ様の食欲不振をポテト料理で改善したときーーー以降、手紙のやりとりが続いていた。私は領地に戻ったが、エヴァンジェリンは野心家の母親の策略で王都のタウンハウスで暮らしていた。だからタウンハウス宛に手紙を出していたのだが、その返事が昨年の春以降、ぱたりと止まってしまった。向こうは公爵家の御令嬢、いろいろ忙しいのかと私も様子見をしていたのだが、思わぬ事実が思わぬところから夏にもたらされた。どうやら母親であるハイネル公爵夫人が、私とエヴァンジェリンのやりとりに気づき、それを禁じるために手紙を没収していたらしい。

 この知らせを私は、マクスウェル宰相の息子であるエリオットから手紙で知らされた。彼から送られた手紙にエヴァンジェリンからの手紙も同封されていた。

 王都に引っ越し、自らの派閥を急速に広げつつあるエヴァンジェリンの母、ハイネル公爵夫人は、自らの地位が安定してくると今度は娘の立ち位置を築くことに注力し始めた。使用人や家庭教師の入れ替え、高位貴族子弟との交流を深めること、その一方でしがない男爵家令嬢からの手紙が目に入ってしまったらしい。手紙などのやりとりを禁じられた彼女は、せめてその事情だけでも私に伝えなければと、幼馴染であるエリオットを頼って手紙を託した。

 その後2度ほどエリオットを通じてエヴァンジェリンとやりとりをすることに成功した。もちろんその中で、来年の冬の精霊祭発表会でもぜひ手伝いをお願いしたいと頼まれてもいた。

 だが、やりとりの仲介役を担ってくれていたエリオットは、父親であるマクスウェル宰相の勧めで、今年の夏から王国の各領地を見て回ることが目的の遊学に出てしまった。将来父に続いて宰相職を継ぐことになるかもしれない彼にとって、王立学院入学前のこの時期がもっとも自由がきく時期でもあった。

この話を耳にしたとき「ゲームの中にそんな設定あったかな?」と疑問に思ったものだ。天才肌の宰相息子という攻略対象は、学問において右に出る者はなしと言われながら、庶民の感覚には疎く、悪く言えば世間知らずで、元平民のヒロインに市井のあれやこれやを学びつつ、等身大の彼女に惹かれていくというテンプレ内容だった気がする。……まぁ、ゲーム好きの妹の話など半分以上は右から左に聞き流していたから、私の記憶が曖昧なだけかもしれない。

 そんなわけで手紙の仲介役を失った私たちは、連絡手段そのものを絶たれることとなった。社交シーズン中同じ王都にいるとはいえ、向こうとこちらでは身分が違う。うっかり出会う方法などあるはずもない。そんな中、クレメント院長がもたらしてくれた情報が、唯一彼女とつながれる方法だった。

 それが今、私は信号機にひっかかって、これより先に進めないというーーー現実は単純にはいかないものだ。

 頭を下げ続ける私の頭上から、またしても高飛車な声が降ってきた。

「本当に、困ったものですわね。誰も彼もがエヴァンジェリン様にお目通り願おうとここを訪れて」
「お気の毒なエヴァンジェリン様は、発表会の準備にもおちおち専念できずにおられるというのに」
「これだから身分の低い者は……己の欲にだけ忠実で、高貴な方々の事情を少しも考えないのですね」

 くすくすという鼻につく笑い声にも、私は顔をあげなかった。ここで引き下がるわけにはいかない。

 だが、最後の引導を渡すかのように、赤信号がぴしゃりと告げた。

「エヴァンジェリン様はお会いしません。それに、あなたの手助けなど今の実行員会には必要ありません。即刻立ち去りなさい」

 大教会は貸切ではない。今でも人の出入りがあり、その中でも明らかに貴族令嬢とわかる私たちは少々目立っていた。これ以上騒ぎを起こすのは得策ではないと、私も引き際を決心した。

 腐っても相手は私より高位の令嬢、いとまを告げる挨拶を述べ立ち去ろうとした私に、今一度赤信号令嬢が扇を閃かせた。

「ふん、どうせあなたもカイルハート殿下の筆頭婚約者候補であるエヴァンジェリン様に今から擦り寄っておこうという魂胆なんでしょうけれど、そうはさせないわ。あぁ、それともエヴァンジェリン様付きの女官にでもなって、カイルハート殿下にお近づきになろうというつもりかしら。あなたの身分ではそうでもしなければお見かけすることすら叶わないものね。……本当になんて浅ましい。恥を知りなさい」

 手元の扇で言葉の先を巧みに誘導し、他の訪問客には絶対に聞こえないよう操作する彼女は、小さいながらもある意味立派な貴族令嬢だった。これなら周囲からは仲良く談笑しているようにしか見えないだろう。

 赤信号に続いて、青信号と黄色信号も一瞬剣のある視線を見せたのち、嫌味を放って扉の向こうに消えた。



しおりを挟む
感想 103

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

処理中です...