上 下
223 / 307
本編第二章

学校を作りましょう2

しおりを挟む
 耳を傾けてくれるエリン様に、私はまず温泉事業の話をすることにした。

「実はうちの領に温泉が沸いたのですが、せっかくなのでそれを有効活用するべく、新たな事業を興すことにしたんです」
「へぇ、それは温泉を利用した新事業ってこと?」
「はい。温泉を整備し、ホテルやレストランを新たに作って、観光客を呼び込む作戦を考えています」
「それはおもしろそうね」
「温泉はこの国ではまだ珍しいといいますか、温泉があったとしても、それを元に観光業を興すという発想が今までありませんでした。ダスティン領ではそこに目をつけ、新たな産業にしようと思っています。ところでエリン様は温泉について何かご存知でしょうか?」
「そうねぇ、地面からお湯が沸いているという印象しかないわ」
「ではその泉質が、人間の病気や怪我を治したりする可能性があることはご存知ですか?」
「えぇ? 温泉にそんな効果があるの?」
「はい。といってもまだ研究段階ですが、その可能性があると思っています。もともとうちには温泉があったのですが、領民の間ではそのお湯につかると怪我の治りが早くなったり、肩こりや腰痛がよくなると言われていました。どうやらうちの温泉にはそうした効能があるようなのです。それを利用して、長逗留をしながら温泉につかり身体を癒すというプランを展開しようと考えています。ターゲットはやや高齢の貴族や富裕層です」

 うちの温泉は火山の影響からか酸性度がやや強めのようで、そうした温泉は皮膚疾患やリウマチなどの神経疾患、肩こり腰痛といった筋肉の疾患に効果的とされている。つまり中高年以上の人たちに需要がありそうなのだ。

 温泉のある地域を湯治場と呼び、長逗留しながら身体を癒すという慣わしは日本には馴染みのある光景だ。それをこの世界でも展開しようと考えた。この世界の平均寿命は前世よりも短く、それに伴い引退の年齢も早い。貴族の当主筋などは子どもが王立学院を卒業したら当主を譲渡し、引退をするのが普通でもある。彼らはその後どうなるかというと、お金がある貴族たちは悠々自適の生活に突入だ。自領でのんびり暮らす者もあれば、王都に居を移して華やかに暮らす者もある。当主筋でない者たちも、たとえば文官や騎士などは役職付きを除けば45歳くらいが定年なので、やはり同じくらいで引退となる者が多い。

 そうした引退貴族たちをごっそり誘致して長く逗留してもらえれば、うちの領にお金が落ちることになる。健康問題は誰にとっても関心事だから興味は引くはずだ。

「ほかにも、若い層を引き込む案もあります。実は現在、うちで温泉を元にした新発想の化粧水の開発に取り組んでいるのですが、その化粧水と温泉を軸にした美容関連の施設も作ろうと思っています。こちらは温泉につかりながら、マッサージなどでお肌を整えるサロンです。夏季休暇の時期にうちの領に滞在してもらい、疲れたお肌を蘇らせます」

 こちらはマリウムに頼んだ化粧水の売り上げ次第だが、あながち外した案でもないと思っている。まずは化粧水を売りつつ知名度をあげ、その効果をより強く堪能できる施術をダスティン領で展開する。これは前世でいうところのエステサロンか高級スパのイメージだ。

 余談だが、この世界にも夏休みらしきものがある。王立学院が休みになる7月から9月にかけてが一種の観光シーズンだ。その時期を狙った観光業を展開している領地もいくつか存在する。多くの領主は精霊との契約から自領を離れられない運命にあるが、例外が冬の社交シーズンとこの夏季休暇シーズンだ。冬場は精霊が冬眠するため、夏場は精霊が領地から王都に里帰りするためだと言われている。つまり盆休み的なやつだな、とこの話を聞いたとき思ったことは内緒だ。

 冬の社交シーズンは3ヶ月と決まっているが、夏季休暇で余所に出かけるのは1、2週間程度であることが多い。騎士や文官たちが3ヶ月もごそっと休んでしまったら王都の機能が停止してしまうからなわけだが、この夏季休暇もお客さんを誘致する絶好の機会だった。

「この二本立てで温泉事業を展開していくつもりです。ほかにも長期滞在客につつがなく過ごしていただけるよう、温泉水を利用したダスティン印のポテトレストランを作ること、化粧品に続く新たなラインナップを検討していくこと、さらに滞在客が楽しめる娯楽施設も……」
「待って、ちょっと待って頂戴!」

 私の説明にストップをかけたのは、ほかならぬエリン様だった。

「待って、その案っていったいどこから出てきたの? バーナード様が考えたのかしら、それとも最近研究者として名を上げているおたくの執事? 美容関連なんて、カトレアだってそこまで詳しくなかったわよね? どうして彼女がーーーアンジェリカがそれを説明しているの?」

 エリン様は目を白黒させながら両親を交互に見た。その戸惑いに対し動いたのは継母だった。

「エリン、うちの娘はすごいでしょう? この調子で伯爵老様も騎士団団長様も宰相様も、王妃陛下まで巻き込んでしまったのよ」

 継母がつい、と手を伸ばして私の頭を撫でた。

「嘘でしょう? ダスティン男爵家のここ数年の破竹の勢いは、ポテト料理に端を発しているわよね。それが令嬢のおままごとから生まれたのは有名な話だわ。でもそれだけではないの? まさか、ポテト料理の拡散や新事業も、全部……?」

 両親に向けられていた目が、今度は私に注がれる。継母の向こう側から父が苦笑しながら付け足した。

「エリン様、私は男爵家を継いでもう25年になります。もし私自身に商才や先見の明があれば、もっと早くに我が家は財政を立て直していたでしょうね」

 ダスティン領は王国のほとんどの人に名前を知られないほどの弱小領だった。エリン様は縁戚であったし、隣の領だから当然知ってはくれていたが、うちが本当に“なんにもない”領であったことも知っていたはずだ。縁戚だからという理由で特産の水の精霊石を融通してくれたりもしていた。配給だけでは足りない石は、適正価格で売買が許されるが、その適正価格ですら、うちにとっては手が届かないレベルだったから。

 そんな貧乏領がここ数年力をつけてきたことを、多くの人が知っているし、それは表向き父の裁量であることになっている。9歳の私がしゃしゃりでるのはどうしたっておかしいからだ。

でも両親は、今のように、私が出るべき場面では私を表に立たせてくれた。それは私の実力だからと、自分たちは敢えて裏方にまわりサポートに徹してくれたのだ。今だってエリン様との面会の段取りをつけてくれた後は、私に任せてくれている。

 9歳の子どもの話を本気で聞いてくれるかどうかは相手次第だ。もしエリン様が私のことを信じられないというなら、あとは両親に託そう、そう考えて、私は彼女の言葉を待った。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。 ※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。 ※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

転生王女は現代知識で無双する

紫苑
ファンタジー
普通に働き、生活していた28歳。 突然異世界に転生してしまった。 定番になった異世界転生のお話。 仲良し家族に愛されながら転生を隠しもせず前世で培ったアニメチート魔法や知識で色んな事に首を突っ込んでいく王女レイチェル。 見た目は子供、頭脳は大人。 現代日本ってあらゆる事が自由で、教育水準は高いし平和だったんだと実感しながら頑張って生きていくそんなお話です。 魔法、亜人、奴隷、農業、畜産業など色んな話が出てきます。 伏線回収は後の方になるので最初はわからない事が多いと思いますが、ぜひ最後まで読んでくださると嬉しいです。 読んでくれる皆さまに心から感謝です。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

処理中です...