上 下
220 / 307
本編第二章

スカウトは続きます1

しおりを挟む
【登場人物振り返り】
シンシア:王立騎士団副団長の妻。孤児院出身の平民ながら貴族の妻に。孤児院支援に熱心。
クレメント院長:王立孤児院の院長。
ルル:孤児院で暮らす10歳の女の子。喘息持ち。*ルルの年齢を訂正しました。
_____________________________________________



 そうこうするうちに新年が明け、王都は俄然賑やかになった。連日貴族たちのお茶会やらパーティやらで、両親もあちこち出歩いている。

 そんな中、私はケイティを伴って、久々に王都孤児院のポテト食堂にお邪魔した。

「あ! アンジェリカ様!」

 私に気づいて給仕の手を休めたのはルルだ。今日は彼女が食堂当番らしい。私よりひとつ上だから今年で11歳になるはず。

「久しぶりね、ルル。元気にしてた?」

 色素の薄いふわふわの髪を揺らしながらこちらに駆け寄る彼女に挨拶する。背は少しだけ伸びたようだが変わらず小さい。私とそれほど変わらないくらいだ。

「はい! 今日は朝から調子がいいので、食堂に出てこられました。昨日は、ちょっと大変だったからおやすみしちゃったんですけど、でも私、この仕事大好きですから!」

 小さな口を尖らせるルル。その背後から出てきたのはなんとクレメント院長だった。

「アンジェリカ様、ご無沙汰しております」
「クレメント院長。こちらにいらしたのですね」
「はい。子どもたちが店に立つときは、孤児院のスタッフが必ずひとりは付き添うようにしています。今日はクッキーを焼く日で、孤児院の厨房に人手を取られていますから、私が参りましたの」
「そうなんですね。相変わらず盛況で何よりです」
「えぇ、本当に。孤児院の貴重な収入源になっていますもの。これもアンジェリカ様のおかげですわ」

 私と院長が話をしている間に新しい客が入り、ルルは会釈をした後そのまま接客へと戻っていった。その小さな背中にクレメント院長が声をかける。

「ルル、無理は禁物ですよ。具合が悪くなったら早めに教えてちょうだいね」
「はい、院長先生」

 再び振り返り、小さく礼をするルルに、かつては癇癪を起こして練習用の刺繍布や針を投げつけていた姿が浮かぶ。

 そしてそれは、私にとっても苦い思い出だった。よくない振る舞いをしたとして謹慎を命じられたルルを哀れに思い、私はお土産のクッキーやスコーンを彼女に振る舞ってほしいと院長に直訴したのだ。それは孤児院の規律からは外れる行為。けれどクレメント院長は私の申し出に感謝を述べ、そうするよう約束してくれた。貴族のお嬢様がその場の気まぐれで言ったに過ぎないことでも、彼女たちにとっては命令だ。私はそのことに思い至らず、ただルルをかわいそうという思いだけで、本当の意味ではルルのためにならないことをしてしまった。

 そんな彼女が、院長先生や私に礼儀を払う。その成長した姿に、私の胸も熱くなった。

「ルルはずいぶん落ち着いた子になりましたね」
「えぇ。こちらでお客様と接するようになったことが、彼女の社会性を花開かせたのだと思います」
「そういえばルルは今年で11歳ですよね。どこかに奉公に出るのですか?」

 孤児院では10歳頃から王都内のお店やお屋敷に奉公に出て、職業訓練を積む風習がある。そうして手に職をつけ、孤児院を卒業する13歳までに自立を目指すのだ。喘息持ちで健康に心配のあったルルは、本人の資質とは裏腹に刺繍や縫い物を孤児院内で練習させられていた。流れに乗れば、ドレスを作るメゾンなどにお針子として見習いに出るはずだった。

「それが、ここに来て喘息の発作がよく出るようになりまして。いくら室内でできる作業とはいえ、見ず知らずの大人が多い場所に奉公に出すのはどうかという意見が出まして」

 王都ではここ数年、人の出入りがますます活発になっていた。きっかけはじゃがいもの流通による食糧事情の改善だ。お腹が満たされれば、人は次に経済活動へと動き出す。王都で新たに商売を興すのは難しくはあるが、不可能ではない。また冬の社交シーズンの間だけ王都で店を開く者もいる。人の往来が激しくなれば空気も濁る。喘息持ちのルルにとっては、それが健康を損なう状況になっているらしかった。

「あの子はここの給仕の仕事は気に入ってますから、いっそのことここで雇って働かせてみては、という意見も出ているのです。でもそうなりますと、あの子だけが特別に選ばれたというふうに見る子どもたちも出てくるでしょうから、どうしたものかと」

 孤児院の子どもたちは食堂での仕事が大好きらしく、シフトの入っている日は喜んで出仕しているそうだ。将来、ここで働きたいと考える子どももいるらしい。けれど人員の枠には限りがあり、そこにルルを斡旋するにしても、いろいろ問題があるようだ。

 クレメント院長の話を聞いた私は、彼女にある提案をした。院長は目を丸くしつつも、私の意見に賛同の声をあげてくれた。




 翌日―――。

 今日は非番であるというルルを訪ねて、私は孤児院を訪ねた。待ち合わせたのはシンシア様だ。彼女は変わらず王都孤児院の支援を続けている。今日も子どもたちが手習いに使える材料を持参していた。

「シンシア様、いろいろと相談にのっていただいてありがとうございました」
「いいえ。いつものことながら、あなたのアイデアには驚かされるわ。クレメント院長も賛成してくれたのよね。ルルが承知してくれるといいわね」

 穏やかに微笑むシンシア様。彼女のすごいところは、すべての孤児の行く末にまできちんと気を配っていることだ。それはかつてこの孤児院で育った自分と重なる部分があるからかもしれない。孤児院出身で、平民宅に引き取られ、難関の王立学院に入学し首席で卒業したというシンシア様。辺境伯家に嫁ぎ、王立騎士団副団長の妻という高貴な身分を手にしてもなお、縁もゆかりもない小さな子どもたちの幸せを願っている。

「アンジェリカ様、ルルを連れてまいりました」

 クレメント院長に促され入室したルルは、「失礼いたします」とエプロンドレスの裾を摘んで挨拶した。あのルルが、である。

「こんにちは、ルル。おやすみの日にごめんなさいね」
「いいえ、今日もアンジェリカ様に会えるなんて、私はとても幸運です」

 10歳の少女は、まだまだ子どもそのものの姿をしている。それでも彼女はあと2年すれば、大人に混ざって働かなければならない。

 それがいいことなのか悪いことなのかはわからない、とシンシア様はかつておっしゃった。けれど孤児院のこの施策が功を奏している一面も確かにある。仕事にありつけず、犯罪に手を染めたり身持ちを崩してしまうのを防ぐ手立てになっているのは確かだ。できることなら皆に教育をきちんと受けさせて、望む未来を与えてやりたい。けれどそれが絵に描いたような理想像にすぎないことは十分にわかっている。

 今からする私の提案が、いいことなのかどうかわからない。けれどクレメント院長とシンシア様は賛同してくれた。今は、経験豊かな2人の大人が味方してくれたと思おう。私はルルに切り出した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生王女は現代知識で無双する

紫苑
ファンタジー
普通に働き、生活していた28歳。 突然異世界に転生してしまった。 定番になった異世界転生のお話。 仲良し家族に愛されながら転生を隠しもせず前世で培ったアニメチート魔法や知識で色んな事に首を突っ込んでいく王女レイチェル。 見た目は子供、頭脳は大人。 現代日本ってあらゆる事が自由で、教育水準は高いし平和だったんだと実感しながら頑張って生きていくそんなお話です。 魔法、亜人、奴隷、農業、畜産業など色んな話が出てきます。 伏線回収は後の方になるので最初はわからない事が多いと思いますが、ぜひ最後まで読んでくださると嬉しいです。 読んでくれる皆さまに心から感謝です。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。 ※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。 ※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

処理中です...