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本編第二章
スカウトがはじまりました1
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王都滞在3日目。私は今回のお目当てのひとつ、化粧品開発の技術者面接に臨むことになった。場所はハムレット商会の双子の妹、キャロルが経営する「ハムレット・マニア」のお店だ。
「紹介したのは俺たちだからな、そこまでは責任持つさ」
「そうですわ。あの人、うちの職員寮に転がり込んでいますから、アンジェリカ様に失礼なことがあったらすぐに叩き出せますし」
場所を提供してくれたライトネルとキャロルは、彼に対してはなかなか辛辣だった。
「技術は一級品なんだけどな。なにせ仕事が長続きしない」
「我が家も目をかけてはいるものの、そうそう何度も顔を潰されますのもねぇ」
辛辣、というのは言い過ぎたかもしれない。なぜなら彼らのため息の中には、そこはかとない愛情が感じられた。
「俺たちも、あいつが伸び伸びと才能を発揮できる場所があればとずっと思っているんだ」
「ですから今回のアンジェリカ様からのご提案はまさに渡りに船でしたの。アンジェリカ様ならあの人の良さをわかってくれるのではと思いまして」
この日はハムレット・マニアの定休日。本店で働いているライトはともかくとして、キャロルはお休みの日だ。にもかかわらず、くだんの技術者のことが気になって同席してくれた。
「その人が才能を遺憾無く発揮できるよう、私も全力を尽くしたいと思っているわ。えぇっと……マリウムさん、だったわね」
「あぁ。マリウム・ギール。王都から1週間ほど馬車でかかる場所にある、ギール子爵領ゆかりの人間だ。ただ、本家とはかなりの遠縁らしくて、本人は生まれたときから平民として暮らしていたそうだし、両親も王立学院出ではない」
「ご両親は早々に地元を離れて王都に出てこられたそうなの。薬問屋を営んでいたらしいんだけど、彼が15歳のときに亡くなったんですって。その頃彼はもう独り立ちしていたから、店は継がずにそのまま畳んだそうよ」
裕福な貴族なら一族末端まで王立学院に行かせられるだろうが、地方の、それも下位貴族となると、主家以外は平民同様の暮らしになることが多い。マリウムもその両親も、典型的な例と言えるだろう。
そこまで話したとき、店の入り口のベルがカララン、と鳴った。
「来たな。……今日は真っ当な格好をしてくれてると良いんだが」
「念押しはしましたからね」
「?」
双子の不可思議な呟きを耳にして首を傾げるも、それを問いただす暇もなく、まずライトが立ち上がって、事務所から店に出て行った。と思ったら即座に店先から彼の叫びが聞こえた。
「なっ! おまえ! あれほど普通の格好してこいって言っただろう!?」
「あらぁ、お貴族様にお会いするのにしみったれた格好なんてできないでしょう?」
「マリウム! あなたって人は!!!」
追加で叫んだのは、ライトの叫びに弾かれるように席をたって店に駆け出したキャロルだ。
いったい何が起きているのか。店から聞こえてくるのは双子の叫びと、艶やかなテノールの声。気になった私ははしたないと思いながらもソファから立って、ドアの隙間からそっと店を覗いてみた。
そして驚愕した。
そこで見たのは相手に掴みかからんばかりのライトネルに、天を仰ぐキャロルの姿。
それに、マーメードラインのゴージャスな金のドレスを着こなし、扇を優雅に翻す、長身の美女の姿だった。
「え、誰?」
思わずこぼれた私の声に反応した美女が、めざとく私を見つけ、にんまりと笑った。
「あっらぁ、あなたがアンジェリカちゃん? 思ってた以上にかわいらしい子じゃない。嫌いじゃないわ」
「こらっ、マリウム! アンジェリカ様だろう!」
「そうですわ。彼女は男爵令嬢ですのよ? それにあなたの雇い主になってあげてもいいという奇特な方なんですからね!」
「はっ! 何を言ってるんだか。雇い主があたしを選ぶんじゃなくってよ、あたしが雇い主を選ぶ立場!」
「んなわけないだろうが! そのぶっとんだ性格と口のせいでいったいいくつの職場をクビになってきたと思ってるんだ!」
「そうですわ! 毎回毎回紹介しては潰される叔父様の身にもなってくださいな!」
「あーもううるさいわね。右から左からピーチクパーチク。どこの工場も無能な上司だらけなんだから仕方ないでしょう。いずれ沈む船に誰が喜んで乗るってのよ」
「おまえが沈ませようとしてるんだろうが!」
飛び交う怒号はライトのまだ声変わりしきれていない少年のそれ、キャロルの愛らしいながらも芯の通った声、それに、先ほどから聞こえてくるテノールの響き。
そう、テノールの男性の声は、間違いなくマーメイドラインドレスの美女から聞こえてきていた。
(これって、なんだっけ……えっと)
頭の中で前世の言葉を思い出す。久々に日本に戻ったときの、テレビ番組で紹介されていた、アレーーー。
「わかった! オネエ!」
辿り着いた答えに満足して手を打つと、3人の視線が奇妙な具合に私に集まった。
「お、ねえ?」
「アンジェリカ様、それ、なんですの?」
「あら、どうかした?」
不思議そうに尋ねる3人に、私は「な、なんでもないわ!」と首を振りながらうすら笑いを浮かべるのだった。
「紹介したのは俺たちだからな、そこまでは責任持つさ」
「そうですわ。あの人、うちの職員寮に転がり込んでいますから、アンジェリカ様に失礼なことがあったらすぐに叩き出せますし」
場所を提供してくれたライトネルとキャロルは、彼に対してはなかなか辛辣だった。
「技術は一級品なんだけどな。なにせ仕事が長続きしない」
「我が家も目をかけてはいるものの、そうそう何度も顔を潰されますのもねぇ」
辛辣、というのは言い過ぎたかもしれない。なぜなら彼らのため息の中には、そこはかとない愛情が感じられた。
「俺たちも、あいつが伸び伸びと才能を発揮できる場所があればとずっと思っているんだ」
「ですから今回のアンジェリカ様からのご提案はまさに渡りに船でしたの。アンジェリカ様ならあの人の良さをわかってくれるのではと思いまして」
この日はハムレット・マニアの定休日。本店で働いているライトはともかくとして、キャロルはお休みの日だ。にもかかわらず、くだんの技術者のことが気になって同席してくれた。
「その人が才能を遺憾無く発揮できるよう、私も全力を尽くしたいと思っているわ。えぇっと……マリウムさん、だったわね」
「あぁ。マリウム・ギール。王都から1週間ほど馬車でかかる場所にある、ギール子爵領ゆかりの人間だ。ただ、本家とはかなりの遠縁らしくて、本人は生まれたときから平民として暮らしていたそうだし、両親も王立学院出ではない」
「ご両親は早々に地元を離れて王都に出てこられたそうなの。薬問屋を営んでいたらしいんだけど、彼が15歳のときに亡くなったんですって。その頃彼はもう独り立ちしていたから、店は継がずにそのまま畳んだそうよ」
裕福な貴族なら一族末端まで王立学院に行かせられるだろうが、地方の、それも下位貴族となると、主家以外は平民同様の暮らしになることが多い。マリウムもその両親も、典型的な例と言えるだろう。
そこまで話したとき、店の入り口のベルがカララン、と鳴った。
「来たな。……今日は真っ当な格好をしてくれてると良いんだが」
「念押しはしましたからね」
「?」
双子の不可思議な呟きを耳にして首を傾げるも、それを問いただす暇もなく、まずライトが立ち上がって、事務所から店に出て行った。と思ったら即座に店先から彼の叫びが聞こえた。
「なっ! おまえ! あれほど普通の格好してこいって言っただろう!?」
「あらぁ、お貴族様にお会いするのにしみったれた格好なんてできないでしょう?」
「マリウム! あなたって人は!!!」
追加で叫んだのは、ライトの叫びに弾かれるように席をたって店に駆け出したキャロルだ。
いったい何が起きているのか。店から聞こえてくるのは双子の叫びと、艶やかなテノールの声。気になった私ははしたないと思いながらもソファから立って、ドアの隙間からそっと店を覗いてみた。
そして驚愕した。
そこで見たのは相手に掴みかからんばかりのライトネルに、天を仰ぐキャロルの姿。
それに、マーメードラインのゴージャスな金のドレスを着こなし、扇を優雅に翻す、長身の美女の姿だった。
「え、誰?」
思わずこぼれた私の声に反応した美女が、めざとく私を見つけ、にんまりと笑った。
「あっらぁ、あなたがアンジェリカちゃん? 思ってた以上にかわいらしい子じゃない。嫌いじゃないわ」
「こらっ、マリウム! アンジェリカ様だろう!」
「そうですわ。彼女は男爵令嬢ですのよ? それにあなたの雇い主になってあげてもいいという奇特な方なんですからね!」
「はっ! 何を言ってるんだか。雇い主があたしを選ぶんじゃなくってよ、あたしが雇い主を選ぶ立場!」
「んなわけないだろうが! そのぶっとんだ性格と口のせいでいったいいくつの職場をクビになってきたと思ってるんだ!」
「そうですわ! 毎回毎回紹介しては潰される叔父様の身にもなってくださいな!」
「あーもううるさいわね。右から左からピーチクパーチク。どこの工場も無能な上司だらけなんだから仕方ないでしょう。いずれ沈む船に誰が喜んで乗るってのよ」
「おまえが沈ませようとしてるんだろうが!」
飛び交う怒号はライトのまだ声変わりしきれていない少年のそれ、キャロルの愛らしいながらも芯の通った声、それに、先ほどから聞こえてくるテノールの響き。
そう、テノールの男性の声は、間違いなくマーメイドラインドレスの美女から聞こえてきていた。
(これって、なんだっけ……えっと)
頭の中で前世の言葉を思い出す。久々に日本に戻ったときの、テレビ番組で紹介されていた、アレーーー。
「わかった! オネエ!」
辿り着いた答えに満足して手を打つと、3人の視線が奇妙な具合に私に集まった。
「お、ねえ?」
「アンジェリカ様、それ、なんですの?」
「あら、どうかした?」
不思議そうに尋ねる3人に、私は「な、なんでもないわ!」と首を振りながらうすら笑いを浮かべるのだった。
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