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本編第一章

お手紙は召集令状でした

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 その後の我が家はもう、てんやわんやだった。父は汗を拭き、継母は呆然とし、ロイはこめかみに手を添え、そして私は顎を落とす。

 そんな中、父がしみじみと呟いたのだった。

「ポテト料理を通じて大物貴族とずいぶんお目見えできたが、まさか最後の最後に王族にまで謁見することになるとはなぁ」

 その言葉を胸の中で反芻する。ちなみに私は今馬車に揺られている。どこに向かっているのかっていうと王宮です、はい。展開早っ!って思うよね。それ、私も思っています。

 宰相からの手紙、もとい招待状のおかげで、我が家の社交シーズは少し早まることになった。例年なら経費削減のためギリギリに王都入りする我々だけど、今年は12月半ばには既に王都に到着していた。理由は「ヴィオレッタ王妃をお待たせしてはいけない」ただひとつである。

 社交シーズンは貴族たちにとって大忙しの時期だが、それは王族も例外ではない。この時期にしか王都に現れない貴族も多く、国王や王妃の元には連日謁見の依頼が舞い込んでいることだろう。だから我々も少しでも早く出向いて、謁見を申し込まねばならなかった。

 それにしても。一国の王妃様からの「あなたのところのじゃがいもとやらに興味あるから、ちょっと来て教えてくれる?」という呼びかけは、招待状というより一種の召集令状だ。我が家に拒否権はなく、一刻も早く馳せ参じなければならない最重要案件と化していた。

 車窓に流れる景色を見つつ、この道を通るのは2度目だなと思い出す。1度目はミシェルと一緒に、カイルハート殿下の元を訪ねたときだ。向かいながらも「2度とこの道を通ることはないだろう」と思っていたのだけど……案外さっくりすぐ来るもんなんだね。びっくりだ。

 今日の同乗者は当然ミシェルではない。両親だ。父も継母もこの日のために衣装を新調した。それはそうだろう。我が家の一番の晴れ舞台は今まで年末年始の王宮のパーティだった。ただ、うちのようなしがない男爵家が見栄張っても残念なだけだから、恥ずかしくない程度に装って無難に過ごしていた。国王陛下夫妻に謁見はあるものの、侍従に名前を呼ばれ、両陛下の前で頭を垂れ、陛下たちのご尊顔を見上げることもせず、一言も発さないまま次々と流されていく、いわば作業にすぎない。我々下級貴族はその栄誉に預かることためだけに、王宮へと足を運んでいるのだ。

 それが今回は日中、しかも王妃陛下と直接お目にかかるとあっては、下手な舞踏会よりも丁寧に装わなければならなかった。幸い今年の豊作を受けて我が家の財政も多少潤っていたからどうにかなったが、思わぬ出費である。

 だが、それを上回るリターンが待っている可能性も十分あった。王妃陛下がポテト料理を認めてくだされば、それは一気に王国全土に広がるだろう。我が家の事業も加速する。

 さらにトゥキルスにじゃがいもの食用化の方法が伝播すれば、ミシェルが亡くなるかもしれない国境付近のいざこざが起こらず、彼の命を救うことになるかもしれない。

 王妃陛下の耳に誰がどうやってポテト料理の情報をいれたのかは定かで無いが、ひとまず今からお会いするマクスウェル宰相がなんらかの答えを持っていることだろう。私は気を引き締め、近づいてくる美しい宮殿に想いを馳せた。






「ようこそ王宮へ。ダスティン男爵、夫人、それにアンジェリカ嬢も。その節は大変世話になった」

 久しぶりにお会いしたマクスウェル宰相は代わりなく、にこりともせず私たちを迎えてくれた。それが彼のいつもの表情だとわかっているからなんとも思わない。

 宰相夫人の消息や息子のエリオットの様子を確認しつつ、さっそく本題へと入った。この人は私が直接話しかけても何も言うまいと思い、遠慮なく聞きたかったことを聞いていく。

「あの、王妃陛下がポテト料理に興味を持ってくださったと伺ったのですが、宰相様が王妃様に情報を伝えられたのでしょうか」
「いや、私は何もしていない。王妃自身が情報を得たようだ。まぁ、どうやったものか、想像はつかなくもないが、私から言うのは控えよう」
「?」
「とりあえず、この後謁見の用意が整っている。王妃の要望通り、事前に王宮の厨房にも無理を言ってポテト料理を準備してもらった。我が家の料理人の指導を受けた者たちが準備したから、概ね間違ってはおるまい。ゆっくり昼食をとるほどの時間はとれず、味見程度にはなるが……そなたたちにはじゃがいもの食用化についてのレクチャーと、ポテト料理の可能性について大いに話してもらえればと思っている。その後のことは展開次第となるであろう」

  整然と述べる宰相に、私はひとつの疑問をぶつけた。

「お話はわかりました。ですが、なぜこのお役目が私どもなのでしょう?  じゃがいもの食用化については、既に宰相様もご存知かと思いますが」

  何せマクスウェル家から料理人を迎え、修行してもらっているほどだ。そのほかにも領内にポテト料理を広める計画もしていると聞いている。王妃様からの問い合わせに、彼なら十分に答えられそうなものだった。

  私の問いに、彼は顔色ひとつ変えず答えた。

「私では少々都合が悪い」

  それだけ述べて、口をつぐむ。このラインからはこれ以上引き出せないと判断した私は質問を変えた。

「ちなみに、その後のことは展開次第、とおっしゃいましたが、展開というのはどういう……」
「この技術が使えると王妃が判断すれれば、隣国トゥキルスにも紹介される可能性がある。だがそこからは政治の話だ。そなたたちが口を挟むことではない」
「……なるほど」

 つまり私たちの仕事は、今日の味見の席で王妃陛下にポテト料理についてプレゼンすること。それはもちろん、以前からわかっていたことではある。

 だが宰相が望んでいるのはその先。この技術を隣国トゥキルスに広めるための王妃の推薦と、トゥキルス側の動きだ。つまり、セレスティア王国が「こんな技術開発しました!」と表明するだけでなく、向こうから「その技術を教えてほしい」と言わせた方が、いろんな意味でプラスになる。そしてそのためには、彼が熱弁を振るうよりも、関係ない第三者による売り込みの方が都合がいい、ということだろう。

 そこまで考えて、私は今一度宰相を見上げた。ポテト料理を彼に紹介できたのは単なる偶然だった。宰相の奥方の状態や、息子のエリオットとの出会いは、たまたまだったに過ぎない。

  だが、その他のことに関しては、少々出来すぎている気がしてきた。もちろん今回のことも含めてだ。

   それを問いただしたかったが、彼は恐らく答えないだろう。

 私に出来ることはただ、王妃様相手にプレゼンするだけだ。

「かしこましました。王妃陛下のお気に召すよう、精一杯努めます」

 そうして深い敬意を込めて、深くお辞儀した。





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