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本編第一章

王都を後にします2

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 私が双子たちと面会した目的は、マクスウェル侯爵夫人とその周辺に関する情報を得るためだ。

 領主一家が働いているのは我が家もそうなので私からしたら珍しくもなんともない話だが、伯爵家、それも名門のリーガル家が領民に混ざって農作業をしている、というのが社交界に知れたらかなりのスキャンダルだろう。

「でも、社交界にはそういった噂は出回ってないわ」
「王都に出てくるのは冬の3か月だけだからな、ごまかそうと思えばごまかせる。現役宰相様の奥方の実家が貧乏だなんて、死んでも知られたくないだろうからな。嫁いだ娘にも迷惑がかかる」
「そういえば、宰相様とノーラ様のご結婚が決まったときは、落ち目のリーガル家がお相手だなんて、と驚く者も少なくなかったそうですわよ。ただ最後には名門の名が勝って、侯爵家とも縁が結べたのだとか」

 双子の妹キャロルが昔話を披露してくれるなど、あらゆる情報を伝授してもらった私は、双子たちに厚くお礼を言った。もちろん、情報はタダではない。

「大事な顧客情報だ。本当は絶対に漏らせないんだが……アンジェリカ嬢、俺たちはあんたの依頼に乗ることにしたんだ。出世払い期待してるぞ」

 彼らに支払えるものが何もなかった私は、ある提案をした。それは彼らとのある提携の話だったのだが、それと引き換えに、ライトネルは私に協力してくれたのだ。

「あなたたちを後悔させないように、私も頑張るわ」

 そう答えることしかできなかった。その双子たちから貰った、リーガル家の情報に、マクスウェル家で得た奥方の情報を加える。そして味見させてもらった、夕食に出されるというシチュー。

 私は、マクスウェル宰相に次のように説明した。

「宰相様はリーガル領でどのような食事がなされているのかご存知でしょうか?」
「何?」

 思いがけぬ質問だったのだろう、彼のアイスブルーの瞳が一瞬見開かれた。

「いや、私はリーガル領には行ったことがないので食べたことはないが……それでもの領で珍しいものが食されているとは聞かないから、一般的な食事ではないのか?」
「えぇ、おそらく食事内容はほぼ変わらないと思います。ただ、味付けが少々違うようです」
「なんだと?」
「おそらく、リーガル領では、シンプルな食材を使った食事が一般的なのではと思われます。味付けも塩を効かせただけの素朴なものです」
「そんな話は聞いたことがないが……どこからの情報だ?」
「ハムレット商会の従業員に聞きました。こちらにお伺いする前に、リーガル領がどんなところか勉強したくて、商会に協力を仰いだのです。離れた土地のことを知るには、商人に聞くのが一番ですから」

 正確にはただの従業員ではなく、未来の会頭候補たちなのだが、それはこの際いいだろう。そして、リーガル領の食事内容についてだが、これは彼らからの情報ではない。私が予測したものだ。シンプルな食材に塩味、これはなにもリーガル領だけのものでなく、この世界の庶民たちの食事そのものだ。ついでにいえば我が家の毎日の食事もそうだ。

 リーガル領はうちよりは食物の実りがいいが、自給自足でやっている土地だと聞く。綿花で稼いだお金は、冬の社交シーズンで、ほかの貴族たちから見劣りしないようにするために使われているのだとしたら、自然と日々の生活は節約的になるはず。領主一家も総出で働かなければならない状況において、王都の高位の貴族たちが好んで食べているような凝った料理を毎日食べているとは思えない。もしかするとノーラ様は子どもの頃から、庶民と同じようなものを食べていらしたのではないか、と考えたのだ。

 加えて、農作業などに従事している平民は、文字通り汗水垂らして働くことになる。失った塩分を取り戻すために、食事も塩分強めになりがちだ。そうでないと体がもたない。

 もしノーラ様がその味に親しんでいたのだとしたら。13歳で王立学院に入り、その後名門侯爵家に嫁入りして、王都の貴族的な食事に慣れたとしても。子どもの頃滅多に食べられなかった甘味の、過多な糖分にもなんとか慣れてきたとしても。病床にある今、いまや自宅となった侯爵家の、3日3晩煮込まれた濃厚なビーフシチューより、昔を思わせる素朴な甘味と風合いのクッキーに惹かれたのだとしても、なんら驚きではない。

 それなら、じゃがいもを使い、田舎でも手に入りやすい野菜と成型肉を使った、塩味と野菜の出汁だけが効いたシンプルな味を出してみたらどうだろう。そう考えた。

 ただし、奥方の実家が、領主一家も農作業に精を出しているとは言えない。彼らが必死に守っているものを、私が口にするわけにはいかない。だから、その点だけを「リーガル領で好まれているシンプルな料理」として、ハムレット商会からの情報とごまかして、宰相に説明した。

「これは、侯爵夫人の領地で食されているもの近い味付けです。どうか、お試しいただけないでしょうか」

 私の願いに、宰相が小さく息を飲んだ。





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