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本編第一章

依頼状が届きました

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 畑荒らしの事件もひと段落し、12月も半ばを過ぎようとしていた。

 アッシュバーン領にお嫁に行ったルシアンのポテトお料理教室は、月末で開店3ヶ月を迎える。目的はお店を繁盛させることーーーというより、炭鉱の町にポテト料理を根付かせることだ。そのためにアッシュバーン家から3人分のお給料とお店の開店資金、じゃがいもなどの材料費が出ている。

 ちなみにお店の計画としては半年の予定なので、お料理教室の期間を3ヶ月1クールとし、さらに月曜から土曜までの週6日を3グループに分けて運営している。つまり生徒は、週に2日、3ヶ月のコースを履修すれば卒業というわけだ。その流れでいくと12月末で最初の卒業生たちを送り出すことになる。早くも後半のクールも申込みでいっぱいのようで、ひとまずアッシュバーン伯爵には顔向けできるかな、というところまできた。途中から始めた惣菜販売も、売り場に出せばソールドアウト状態で、半年で終えてしまうのはもったいない気もする、とルシアンからの報告書に記されていた。

 お店の今後については父やロイともぽつぽつ相談しているところだ。

 もしルシアンが望むならお店を引き続き運営するのも悪くないと思っている。ただそのためには資金が必要だ。今はアッシュバーン家が払ってくれている家賃、材料費、人件費をすべてダスティン家でもたなくてはならない。初期投資はまだどうにかなるとしても、それを経営し続けるとなると資金の問題だけでなく、あらゆる知恵が必要になってくる。この件はもう少し慎重に詰めなくてはならない。

 幸い今から長い冬が始まる。農作業もほとんどおやすみ、家畜の世話がせいぜいといった状況なので、考える時間はたっぷりある。父は社交界の付き合いがあるため年末から春までは王都に滞在するが、自宅にはロイも継母もいるので困らない。とくに王立学院で経営学を修めたというロイの意見は珠玉だ。私は前世の経験からハウツー系は得意なのだが、数字のことは前世でも同僚のアンジェリカの方が得意だった。

 いい機会だからロイにいろいろレクチャーしてもらおう、そうしよう! うん、充実した冬が過ごせそうだなぁ……と思っていた矢先、思いもかけぬお便りが舞い込んだ、今回はそんなお話です。




 父の書斎に呼ばれた私は、彼がいつになく上機嫌なのを不思議に思った。こんなことは例の事件以降初めてだった。父の傍には継母もおり、彼女もにこにこしている。悪い話ではなさそうだとほっとしつつ、私もソファに座った。

「アンジェリカ、ひとつ提案があるんだが、この冬、一緒に王都で過ごしてみないか?」
「え?」

 思いもかけぬ話に私は目を丸くした。

「いきなりどうされたのですか? 確か今年の冬は、年末年始のパーティだけはおとうさまとおかあさまがお二人で参加されて、その後はおとうさまだけが王都に残って社交されるというお話だったのでは?」

 王都では毎年大晦日から新年にかけて社交シーズン幕開けを告げるパーティが催される。よほどの事情がない限り王国中の貴族たちが参加する慣しになっている。当然両陛下も出席され、貴族たちは拝謁する栄誉を賜る。うちのような弱小貴族の場合、年に一度の貴重なご挨拶の機会だ。

 ただし社交会の夜のパーティに出席できるのは18歳以上。厳密にいえば王立学院を12月で卒業した貴族たちが、ここでようやくデビューを許される。私のような子どもは参加できず、従って冬の社交シーズンを領地で過ごす者もいる。

 もちろんお金持ちの貴族たちは王都の邸宅に家族ごと移住するが、うちは貧乏男爵家なので王都に家を持っていない。両親は毎年このシーズンだけタウンハウスを借りていた。ハウスには通いのメイドもついているので、うちからは両親とルビィだけが出向き、そこで毎冬を過ごしていた。今年は領地に残る私に合わせ、継母は初日のパーティを終えれば領地に戻ってくるということで話はついていたはずだ。

 私としても王都には行きたくない。とくに用事もないし、いたずらに“攻略対象”とやらに会うのも面倒だ。攻略、する気ないし。婿は欲しいけど、6歳児にはまだ早い話だ。

 怪訝そうな私の表情を読み取ったのだろう、父は苦笑しながら一通の手紙を取り出した。

「じつは、こんな手紙が届いているんだよ。宛先は私の名前になっているが、実質はおまえ宛にきているようなものだからね」
「お手紙ですか? どちらから?」
「カエサル・バレーリ王立騎士団団長からだ」
「カエサル・バレーリ……、王都よりさらに南東のバレーリ侯爵家のご一門の方でしょうか」

 私は必死に読み漁った貴族名鑑の知識を引っ張り出す。王都は王国の中心にあり、うちやアッシュバーン領は王都の北西に位置している。対するバレーリ侯爵家は王都より南東、つまりうちの反対側といっても差し支えない。アッシュバーン辺境伯と並ぶ我が国有数の武門の一族だったはずだ。

 そこまで思い出してぴんときた。そうだった、バレーリ家の現当主の叔父に当たる人物が、確か王立騎士団の団長をされていたはずだ。

 思い出したはいいのだが、そこから先がつながらない。我が家は王立騎士団ともバレーリ家ともそれほどつながりがなかったはずだ。そんなところからなぜ手紙が届くのだろう。

「さすがアンジェリカ、よく勉強しているね。貴族の家系図だけでなく地理にも精通しているなんて素晴らしい」

 父はいつもの親バカぶりをとことん発揮しながらほくほくしている。うん、そういうのもういいから続きお願いとばかりに、私は疑問をさくっとぶつけた。

「王立騎士団団長様がなぜ我が家にお手紙を?」
「おぉ、そうだった。ただの手紙じゃないぞ、なんと依頼状だ」
「依頼状?」
「あぁ、恐れ多くもカエサル様が、私たち一家を王都にご招待くださっているんだよ」
「はい?」

 父の説明に疑問は増すばかりだった。だからなぜ、カエサル様がうちに依頼状を送ってきたのか、そもそもなんの依頼状なのかを聞いてるんだってば!

 私の苛立ちが伝わったわけではないだろうが、継母が笑いを含みながら助言した。

「バーナード、あなたの説明が全然なってないわ。アンジェリカが困っていてよ」
「そうかな? じゃぁこれで話が通じるかな? カエサル・バレーリ団長からの依頼状とともに、副団長であるロイド・アッシュバーン様からの手紙も同封されている」
「副団長のロイド・アッシュバーン、アッシュバーン……って、あぁ!」

 聞き覚えのある名前が記憶を引っ張り出した。ロイド・アッシュバーン王立騎士団副団長、それって……!

「伯爵老様のご長男様ですね!」

 私がぽん、と手を打つと両親は揃って頷いた。伯爵老には3人の息子がおり、三男は領内で北の砦を守っていて、次男が現伯爵、そして長男は王立騎士団の副団長だ。ミシェルとギルフォードは現伯爵とパトリシア様の間の子どもだが、長男のミシェルはカイルハート王子の側近候補として王都で暮らしており、伯父の元に身を寄せている。その伯父というのがロイド・アッシュバーン、つまり王立騎士団の副団長をしているのだった。

 私は副団長にお会いしたことはない。副団長の存在を知ったのは伯爵老を通じてだ。じゃがいもの食用化について伯爵老に相談したところ、王都に住むご長男のロイド副団長を通じてマクスウェル宰相に話を持っていこうということになった。マクスウェル宰相には相手にされなかったわけだけど……ここにきてその副団長のお名前が再登場だ。これはもう、じゃがいも関連で間違いないだろう。

「じゃがいもの食用化計画に関して、何か動きがあったのですか?」
「そのことだよ。バレーリ団長から、“じゃがいもの食用化及び、アッシュバーン領・ダスティン領での運営方法について非常に興味がある、王立騎士団内でも採用を検討したい”との仰せだよ」
「王立騎士団内でポテト料理を採用していただけるんですか!?」
「まだ決定ではないがね。そのためにこの冬、王都の騎士寮でポテト料理を披露してもらえないだろうか、という依頼だ。実際に披露して採用の価値ありとなれば、そのまま騎士寮のキッチンでやり方を伝授してもらいたいそうだよ」

 王立騎士団は文字通り、王国が維持する騎士の集まりだ。その数は数千とも数万ともいわれている。

 彼らは有事には戦の最前線に立ち、国を守るために戦うが、平時は王宮の警備や地方の警備を生業にしている。この国では辺境伯のような特例を除き、貴族が独自に騎士団を持つことが許されないためだ。王立騎士団は各地に砦を持っており、この砦に住まいながら地方の警備とその地方の領主の監視も行っている。また早馬も取り揃えているから、前世でいうところの速達的な仕事もお金を払えば行ってくれる。

 ダスティン領には騎士団は駐在していない。すぐ隣のアッシュバーン領に私兵団があるからだ。何かあればそちらに訴えれば事がすむ。だから私が会ったことがある騎士といえば伯爵老とアッシュバーン伯爵くらいだ。

 そんな縁もゆかりもなかった王立騎士団の団長からの直々の依頼。だがこれは大きなチャンスだった。王立騎士団の影響力は王国全土に渡る。もし団でポテト料理が採用されれば、それは一気に王国中に広がる可能性を秘めている。つまり、私が目指していた構想の大きな足がかりとなりうるのだ。

 この大陸中にポテト料理を広めたい、そうすれば食糧難も回避でき、隣国との仲も保たれ、何よりミシェルが死ぬ未来を回避できる。宰相様には一度フラれてしまったけれど、私はまだ諦めてはいなかった。

「おとうさま、行きましょう! 今すぐ行きましょう!!」

 捨てる神あれば拾う神あり。私は拳を突き上げる勢いでその依頼状を掴んだ。




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