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本編第一章
スーパー執事の告白です1
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「えっと……」
突然始まったロイの告白に、私はどう対応すべきか混乱していた。ルビィは私がこの家に来たその日から、私への憎しみを隠そうとしなかった。手を上げることこそしなかったが、誰も見ていないところを見計らって、辛辣な言葉を投げつけてきた。それを、この人は知っていたという。
だが、その告白を聞いて、「やっぱり……」と思う気持ちもないわけではない。いくらルビィが周到に隠そうとしたとはいえ、彼ほど頭の切れる人が、気づかないはずがない。
両親が気づかなかったのは、彼らがルビィを心から信頼していたことが大きい。加えてルビィの態度のよそよそしさも、主家の令嬢に対する距離感と捉えていたからだ。特に彼女は当初私のマナー講師でもあったため、馴れ合わないように、という教育態度からくるものだと思われていた。
だがロイは立場が違う。2人とも使用人であり、片方は執事、片方はメイド長。仕事上接する機会も多ければ、プライベートでも近くに住んでいる。その距離感にいて、ルビィが抱く私への思いに気づくのは、決して難しいことではない。
問題は彼がそれを「知っていながら放置していた」と言ったことだ。そしてそれを今告白して謝罪しようとしていること。彼の思惑は、いったいどこにあるのか。
「えっと、なんで放置してたのか聞いてもいい?」
「一言で言いますと、興味がなかったのです。ルビィの行いも、それによってお嬢様がどう感じていらっしゃるのかも、私にとってはどうでもよいことでした」
「は?」
興味がなかった? どうでもいい? なんかすごいこと言うな、この人。
「私の主人はあくまで旦那様と奥様です。あなたではない。だから、旦那様や奥様、またはこの領の運営に影響を与えないものには、興味がありません。ですから放置していたのです」
彼のあまりにもあからさまな答えに、私の顔は引きつった。う、うん、隠し事されるよりはマシかもだけど、なかなか言葉選ばない人だな。まぁ、おとうさまとおかあさまには忠誠を誓っているから、いいといえばいいの……か?
固まる私の前で、彼は「ただ……」と言葉を続けた。
「今はお嬢様の存在がいかに大きなものか、身に染みてわかっています。ですから謝罪をしたいのです。今回の事件も、私がルビィを制していれば防げた可能性もあります」
「それはないと思う。そういう言い方はやめようって、みんなで決めたよね」
ルビィの事件の直後、父も継母も私も、皆が自分のせいだと責任をとろうとした。その反省を生かして、今回の件はルビィ以外の誰の責任でもないし、たとえずっと以前に誰かがルビィの所業に気付いて注意していたとしても、止めることはできなかっただろうと結論づけたのだ。たらればの話はもうしないと、そう話し合った。
ロイもそれをわかっているのか、「すみません」と口にした。
「ロイはなんで、突然謝りたいと思ったの? それに……なぜあのとき、ルビィが犯人だと糾弾したの? あのまま獣の仕業にしてしまっても、あなたは困らなかったわよね。だっておとうさまはそうしたがってたもの」
父はあの時点で、領内の誰かの仕業だと思っていた。領民を裁くことを避けたくて、畑荒らしを獣の仕業のまま終わらせようとした。しかしそれを覆したのはロイだ。自分の主人は父と継母だけ、と明言した彼のその言葉と行動は相反する。
「お嬢様も既にお気づきのことと思いますが、この領地にはこれといった特産品がありませんでした」
「え? えぇ、確かにそうね」
突然話が切り替わり、私は目をぱちぱちさせた。
「かつて、奥様が嫁いでこられ、旦那様がこの領地を継がれた直後、私たちは領の活性化について話し合いました。私も王立学院の出身ですが、在籍時、植物学に興味がありました。ですが実家の父がそれを良しとしなかったため、経営学を中心に学んでいました。旦那様も生徒会役員に抜擢されるほど優秀な方でしたので、2人で議論を重ねたのです。ですが、これといった妙案が浮かびませんでした。この領地には特産が何もなく、作物も育ちにくい。温泉は確かに物珍しいですが、それを商売にするいい案も浮かばず、結局は暗礁に乗り上げてしまいました。私たちはただ、旦那様が御先祖から受け継がれたこの土地を守り、領民が餓えずに冬を乗り越えられるよう、細々と以前のやり方を踏襲するよりほかなかったのです」
両親が結婚したのは21歳の頃。そのとき家督を継いだ父に招かれる形でロイは執事として我が家にやってきたと聞いている。21歳の若者2人は、どうにかこの地を盛り上げようと知恵を絞ったのだろう。だが不毛なこの土地では日々の暮らしを営むのに精一杯で、彼らもまたその生活に呑まれ、あくせくと働くよりほかなかった。そうした暮らしを20年以上続けてきた。
「ですが、お嬢様がこの屋敷にこられてから、いろんなことが変わりました。作物の実りにくいこの土地でも比較的収穫が見込めるじゃがいもやサツマイモの食用化に成功したことで、領内の食料事情は改善傾向にあります。加えてアッシュバーン領に店を出し、今では収益をあげるまでになりました。そして今回の土壌の改良です。お嬢様は、私たちが20年以上かけても行えなかったことを、たったの半年でやり遂げられました。それは確実にこの領の、そして旦那様と奥様の利益になっています。だからこそ私は考えを改めたのです。お嬢様はこの領になくてはならない方だと。今になってようやく、私は旦那様と奥様が“私たちの希望”とあなたのことを称される意味がわかったのです」
だから私のことを虐げるルビィの行動を許容することができなかったのだと、彼は続けた。たとえそれが父の意思に反することであったとしてもーーーもっとも彼はルビィの犯行だと早々に気付いていたので、ルビィを糾弾することは、事態に気づけないでいた父の助けになると確信していたのだがーーー彼は行動に移した。
「今更こんなことを申し上げても信じていただけないかもしれません。私はお嬢様が辛い思いをされているのに気づきながら、無関心を貫いていました。ですが、もし許されるなら、お嬢様が描き作り上げるこの領の未来を、私にも見せていただきたいと思いました」
そして彼は再び深く頭を垂れた。彼の手には、彼が隣の領から取り寄せたという球根がある。
「身勝手かとは思いますが、もしこの花を咲かせることができたら……私もまた、自分の過去を乗り越えられる気がするのです」
かつて彼が情熱を注ぎたかったものがあったと聞いた。王立学院で父や継母とともに学ぶ中で、彼はそれを諦め、この家にやってきたのだと。
「ねぇ、ロイ。どうしてあなたがこの家で働くことになったのか、聞いてもいい?」
ずっと不思議に思っていた。彼ほど有能な人間であれば、王都で職につくなど容易かったに違いない。
ロイは少しだけ沈黙した。だが、傾きかけた眼鏡のフレームの位置を直しながら、静かに告げた。
「私を雇ってくれるところがここよりほかになかったのですよ。なぜなら私の父は、犯罪者でしたから」
そして私は、今度は彼の昔語りを聞くことになった。
突然始まったロイの告白に、私はどう対応すべきか混乱していた。ルビィは私がこの家に来たその日から、私への憎しみを隠そうとしなかった。手を上げることこそしなかったが、誰も見ていないところを見計らって、辛辣な言葉を投げつけてきた。それを、この人は知っていたという。
だが、その告白を聞いて、「やっぱり……」と思う気持ちもないわけではない。いくらルビィが周到に隠そうとしたとはいえ、彼ほど頭の切れる人が、気づかないはずがない。
両親が気づかなかったのは、彼らがルビィを心から信頼していたことが大きい。加えてルビィの態度のよそよそしさも、主家の令嬢に対する距離感と捉えていたからだ。特に彼女は当初私のマナー講師でもあったため、馴れ合わないように、という教育態度からくるものだと思われていた。
だがロイは立場が違う。2人とも使用人であり、片方は執事、片方はメイド長。仕事上接する機会も多ければ、プライベートでも近くに住んでいる。その距離感にいて、ルビィが抱く私への思いに気づくのは、決して難しいことではない。
問題は彼がそれを「知っていながら放置していた」と言ったことだ。そしてそれを今告白して謝罪しようとしていること。彼の思惑は、いったいどこにあるのか。
「えっと、なんで放置してたのか聞いてもいい?」
「一言で言いますと、興味がなかったのです。ルビィの行いも、それによってお嬢様がどう感じていらっしゃるのかも、私にとってはどうでもよいことでした」
「は?」
興味がなかった? どうでもいい? なんかすごいこと言うな、この人。
「私の主人はあくまで旦那様と奥様です。あなたではない。だから、旦那様や奥様、またはこの領の運営に影響を与えないものには、興味がありません。ですから放置していたのです」
彼のあまりにもあからさまな答えに、私の顔は引きつった。う、うん、隠し事されるよりはマシかもだけど、なかなか言葉選ばない人だな。まぁ、おとうさまとおかあさまには忠誠を誓っているから、いいといえばいいの……か?
固まる私の前で、彼は「ただ……」と言葉を続けた。
「今はお嬢様の存在がいかに大きなものか、身に染みてわかっています。ですから謝罪をしたいのです。今回の事件も、私がルビィを制していれば防げた可能性もあります」
「それはないと思う。そういう言い方はやめようって、みんなで決めたよね」
ルビィの事件の直後、父も継母も私も、皆が自分のせいだと責任をとろうとした。その反省を生かして、今回の件はルビィ以外の誰の責任でもないし、たとえずっと以前に誰かがルビィの所業に気付いて注意していたとしても、止めることはできなかっただろうと結論づけたのだ。たらればの話はもうしないと、そう話し合った。
ロイもそれをわかっているのか、「すみません」と口にした。
「ロイはなんで、突然謝りたいと思ったの? それに……なぜあのとき、ルビィが犯人だと糾弾したの? あのまま獣の仕業にしてしまっても、あなたは困らなかったわよね。だっておとうさまはそうしたがってたもの」
父はあの時点で、領内の誰かの仕業だと思っていた。領民を裁くことを避けたくて、畑荒らしを獣の仕業のまま終わらせようとした。しかしそれを覆したのはロイだ。自分の主人は父と継母だけ、と明言した彼のその言葉と行動は相反する。
「お嬢様も既にお気づきのことと思いますが、この領地にはこれといった特産品がありませんでした」
「え? えぇ、確かにそうね」
突然話が切り替わり、私は目をぱちぱちさせた。
「かつて、奥様が嫁いでこられ、旦那様がこの領地を継がれた直後、私たちは領の活性化について話し合いました。私も王立学院の出身ですが、在籍時、植物学に興味がありました。ですが実家の父がそれを良しとしなかったため、経営学を中心に学んでいました。旦那様も生徒会役員に抜擢されるほど優秀な方でしたので、2人で議論を重ねたのです。ですが、これといった妙案が浮かびませんでした。この領地には特産が何もなく、作物も育ちにくい。温泉は確かに物珍しいですが、それを商売にするいい案も浮かばず、結局は暗礁に乗り上げてしまいました。私たちはただ、旦那様が御先祖から受け継がれたこの土地を守り、領民が餓えずに冬を乗り越えられるよう、細々と以前のやり方を踏襲するよりほかなかったのです」
両親が結婚したのは21歳の頃。そのとき家督を継いだ父に招かれる形でロイは執事として我が家にやってきたと聞いている。21歳の若者2人は、どうにかこの地を盛り上げようと知恵を絞ったのだろう。だが不毛なこの土地では日々の暮らしを営むのに精一杯で、彼らもまたその生活に呑まれ、あくせくと働くよりほかなかった。そうした暮らしを20年以上続けてきた。
「ですが、お嬢様がこの屋敷にこられてから、いろんなことが変わりました。作物の実りにくいこの土地でも比較的収穫が見込めるじゃがいもやサツマイモの食用化に成功したことで、領内の食料事情は改善傾向にあります。加えてアッシュバーン領に店を出し、今では収益をあげるまでになりました。そして今回の土壌の改良です。お嬢様は、私たちが20年以上かけても行えなかったことを、たったの半年でやり遂げられました。それは確実にこの領の、そして旦那様と奥様の利益になっています。だからこそ私は考えを改めたのです。お嬢様はこの領になくてはならない方だと。今になってようやく、私は旦那様と奥様が“私たちの希望”とあなたのことを称される意味がわかったのです」
だから私のことを虐げるルビィの行動を許容することができなかったのだと、彼は続けた。たとえそれが父の意思に反することであったとしてもーーーもっとも彼はルビィの犯行だと早々に気付いていたので、ルビィを糾弾することは、事態に気づけないでいた父の助けになると確信していたのだがーーー彼は行動に移した。
「今更こんなことを申し上げても信じていただけないかもしれません。私はお嬢様が辛い思いをされているのに気づきながら、無関心を貫いていました。ですが、もし許されるなら、お嬢様が描き作り上げるこの領の未来を、私にも見せていただきたいと思いました」
そして彼は再び深く頭を垂れた。彼の手には、彼が隣の領から取り寄せたという球根がある。
「身勝手かとは思いますが、もしこの花を咲かせることができたら……私もまた、自分の過去を乗り越えられる気がするのです」
かつて彼が情熱を注ぎたかったものがあったと聞いた。王立学院で父や継母とともに学ぶ中で、彼はそれを諦め、この家にやってきたのだと。
「ねぇ、ロイ。どうしてあなたがこの家で働くことになったのか、聞いてもいい?」
ずっと不思議に思っていた。彼ほど有能な人間であれば、王都で職につくなど容易かったに違いない。
ロイは少しだけ沈黙した。だが、傾きかけた眼鏡のフレームの位置を直しながら、静かに告げた。
「私を雇ってくれるところがここよりほかになかったのですよ。なぜなら私の父は、犯罪者でしたから」
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