76 / 307
本編第一章
ありがとうと伝えました
しおりを挟む
相談にのってくれた父はあっさりとルシアンの意見を肯定した。
「せっかくのルシアンからの提案なんだ、いただいてはどうかな」
思いがけない返事に私は驚いた。現場で頑張っているのはルシアンたちだ。自分は何もしていない。それなのにお代をピンハネするようなことをするのは正直心苦しい。
「アンジェリカはこのお店をこのまま終わらせたくはないのだろう?」
「はい、可能なら買い取って、食堂などにして運営できればいいと思っています。それから2号店も出したいです」
「ならばその資金ということにして、貯蓄してはどうかな」
父の案になるほど、と思うところもあった。確かに次への投資のためにお金はあった方がいい。そして我が領は万年貧乏だ。2号店はもしかしたらまたアッシュバーン家のご好意で出せるかもしれないが、今のままでは店を買い取ることなど夢のまた夢だ。
「わかりました。そうさせてもらいます」
「それから、お金の管理は、アンジェリカ、おまえがしなさい」
「え、私がですか?」
「あぁ。あのお店はおまえがはじめたものだろう。だったらおまえがやるべきだ。もちろん、私やロイも手伝うよ。今後の展開のために何が必要なのか、それにはどれくらいの人材や金銭の投資が必要なのか、この機会に考えてみるといい」
私は宰相様の手紙のことを思い出した。ポテト料理を広めるために必要な、膨大な人とお金と資材。それを宰相様に納得させ、出資への是を引き出すために、そのモデルケースを示しておくのは悪いことではない。未だお目にはかかっていないが、彼からの挑戦状を私は受け取ったのだ。
「おとうさま、ありがとうございます!」
そうして、ポテトお料理教室は夕方の惣菜販売をスタートさせたわけだが、これが思いのほか当たっている。
もともと坑夫が多い町であり、それに伴い独身男性も多い。彼らが仕事終わりに夕食のおかずにと、ポテト料理を買い求めるようになった。安くておいしい上に、おなかも膨れる、何より今流行のポテト料理というだけあって、お店に出しても、ものの30分くらいで売り切れてしまうのだとか。おかげで残業するまでもない上に稼ぎにもなるとあって、皆俄然やる気になっているそう。今では昼間のお料理教室の生徒さんたちにも手伝ってもらい、少し多めに作るようにしている。彼女たちも無料でお料理を習わせてもらっているのだからこれくらいやらせてほしいと協力してくれるため、人件費も抑えられて一石三鳥だ。
稼いだお金は今のところルシアンの方で管理してもらっている。週報にも売り上げが記載されるようになり、私の楽しみが増えた。
物づくりでもなんでも、それがお金になることが大切だ。金、金と言うのは意地汚いかもしれないが、お金がなければ生活はできない。そしてダスティン領の目標も、今よりもっといい生活が送れるようになることだ。めぼしい産業がないこの土地で、このお店の運営がもしかすると新たな産業になる可能性も秘めている。
「ねぇ、スノウ、帰りに温泉寄っていこうよ。この近くにもあるんだ。ゆっくり浸かれるほどの広さはないけど、足をひたすくらいならできるよ」
「温泉か! 行きたい」
バケツに栗を集め終わった私は、さらに奥へと進んだ。この先にも源泉があるのを見つけたのは、栗の実を拾いにきたのがきっかけだった。もっとも父は知っていたらしいが、この間案内してもらったような広い範囲での源泉ではないため、すっかり忘れていたそうだ。
源泉があるということは、掘り起こせば十分にゆったり浸かれる温泉になるということだ。まったくあの父はなぜ私にこれを教えなかったのか。スノウを案内しながらここにはおらぬ父にぷりぷりと腹をたてる。
「ほら、ここよ」
「ほんとだ、湯気が出ててあったかいな」
そこは幅にして1メートルほどの窪みに源泉がぽこぽこと湧き出す場所だった。すでに温度がちょうどいい具合なのは確認済みだ。私たちは靴を脱いで、裸足をつけた。足首までがつかるほどの少ない湯量だが、十分あたたかい。
「私ね、この温泉を使って町おこしをしたいんだ」
「町おこし? なんだそれ」
「この温泉を観光資源にしたいの。わかりやすく言うとね、この温泉を目当てに、王国中からお客さんがたーっくさん集まってくれたらいいなって思うんだ」
「みんなが温泉を楽しみにしてくるってことか?」
「そう。そうすればこの領でお金を使ってくれるでしょう? そうしたら領民の生活ももっと楽になると思うんだ。領で安定した仕事が得られたら、もう冬になるたびに出稼ぎにも行かなくてすむし。みんなおなかいっぱいごはんも食べられる」
そう、私の目標は変わっていない。父に領内を案内してもらったときから、両親にあたたかく迎え入れられたときから、少しも変わっていない。最近、この国の偉い人たちと立て続けに会ったり手紙やプレゼントをもらったりして忙しかったけど、私の軸足はあそこじゃない。
私は、ここで生きている。両親のために、領民のために、ここで生きていく。
「できるんじゃないか? アンジェリカがそう思うなら」
なぜかそっぽを向いたままのスノウがぽつりとそう言った。
「じゃがいももサツマイモも、おまえのおかげでおいしくなったし。だったら温泉にみんなが集まってくるのも、できるに決まってる。その、俺も、手伝ってやるし」
「スノウ……」
私はこの同い年の従兄弟の存在に、改めて勇気づけられた。父に話をしたときは、難しいと否定された。もちろん父は私を悲しませるためにそう言ったのではなく、現実を鑑みてそう言ったのだと理解している。父のアドバイスは的確で、私も感謝している。
でも今ここに、私と同じ目線を持ってくれる人がいる。血のつながりはないけれど、両親と同じように強い絆で結ばれた仲間のように思え、嬉しかった。私は笑顔で「ありがとう」と返した。彼はそっぽを向いたまま、わざとらしく足でお湯を跳ね上げた。その顔が蒸気して赤くなっていたのは、温泉であたたまったからか。
私もあたたかい気持ちになり、手を伸ばして、ぽこぽこと沸き起こる源泉の泡を追いかけた。
「せっかくのルシアンからの提案なんだ、いただいてはどうかな」
思いがけない返事に私は驚いた。現場で頑張っているのはルシアンたちだ。自分は何もしていない。それなのにお代をピンハネするようなことをするのは正直心苦しい。
「アンジェリカはこのお店をこのまま終わらせたくはないのだろう?」
「はい、可能なら買い取って、食堂などにして運営できればいいと思っています。それから2号店も出したいです」
「ならばその資金ということにして、貯蓄してはどうかな」
父の案になるほど、と思うところもあった。確かに次への投資のためにお金はあった方がいい。そして我が領は万年貧乏だ。2号店はもしかしたらまたアッシュバーン家のご好意で出せるかもしれないが、今のままでは店を買い取ることなど夢のまた夢だ。
「わかりました。そうさせてもらいます」
「それから、お金の管理は、アンジェリカ、おまえがしなさい」
「え、私がですか?」
「あぁ。あのお店はおまえがはじめたものだろう。だったらおまえがやるべきだ。もちろん、私やロイも手伝うよ。今後の展開のために何が必要なのか、それにはどれくらいの人材や金銭の投資が必要なのか、この機会に考えてみるといい」
私は宰相様の手紙のことを思い出した。ポテト料理を広めるために必要な、膨大な人とお金と資材。それを宰相様に納得させ、出資への是を引き出すために、そのモデルケースを示しておくのは悪いことではない。未だお目にはかかっていないが、彼からの挑戦状を私は受け取ったのだ。
「おとうさま、ありがとうございます!」
そうして、ポテトお料理教室は夕方の惣菜販売をスタートさせたわけだが、これが思いのほか当たっている。
もともと坑夫が多い町であり、それに伴い独身男性も多い。彼らが仕事終わりに夕食のおかずにと、ポテト料理を買い求めるようになった。安くておいしい上に、おなかも膨れる、何より今流行のポテト料理というだけあって、お店に出しても、ものの30分くらいで売り切れてしまうのだとか。おかげで残業するまでもない上に稼ぎにもなるとあって、皆俄然やる気になっているそう。今では昼間のお料理教室の生徒さんたちにも手伝ってもらい、少し多めに作るようにしている。彼女たちも無料でお料理を習わせてもらっているのだからこれくらいやらせてほしいと協力してくれるため、人件費も抑えられて一石三鳥だ。
稼いだお金は今のところルシアンの方で管理してもらっている。週報にも売り上げが記載されるようになり、私の楽しみが増えた。
物づくりでもなんでも、それがお金になることが大切だ。金、金と言うのは意地汚いかもしれないが、お金がなければ生活はできない。そしてダスティン領の目標も、今よりもっといい生活が送れるようになることだ。めぼしい産業がないこの土地で、このお店の運営がもしかすると新たな産業になる可能性も秘めている。
「ねぇ、スノウ、帰りに温泉寄っていこうよ。この近くにもあるんだ。ゆっくり浸かれるほどの広さはないけど、足をひたすくらいならできるよ」
「温泉か! 行きたい」
バケツに栗を集め終わった私は、さらに奥へと進んだ。この先にも源泉があるのを見つけたのは、栗の実を拾いにきたのがきっかけだった。もっとも父は知っていたらしいが、この間案内してもらったような広い範囲での源泉ではないため、すっかり忘れていたそうだ。
源泉があるということは、掘り起こせば十分にゆったり浸かれる温泉になるということだ。まったくあの父はなぜ私にこれを教えなかったのか。スノウを案内しながらここにはおらぬ父にぷりぷりと腹をたてる。
「ほら、ここよ」
「ほんとだ、湯気が出ててあったかいな」
そこは幅にして1メートルほどの窪みに源泉がぽこぽこと湧き出す場所だった。すでに温度がちょうどいい具合なのは確認済みだ。私たちは靴を脱いで、裸足をつけた。足首までがつかるほどの少ない湯量だが、十分あたたかい。
「私ね、この温泉を使って町おこしをしたいんだ」
「町おこし? なんだそれ」
「この温泉を観光資源にしたいの。わかりやすく言うとね、この温泉を目当てに、王国中からお客さんがたーっくさん集まってくれたらいいなって思うんだ」
「みんなが温泉を楽しみにしてくるってことか?」
「そう。そうすればこの領でお金を使ってくれるでしょう? そうしたら領民の生活ももっと楽になると思うんだ。領で安定した仕事が得られたら、もう冬になるたびに出稼ぎにも行かなくてすむし。みんなおなかいっぱいごはんも食べられる」
そう、私の目標は変わっていない。父に領内を案内してもらったときから、両親にあたたかく迎え入れられたときから、少しも変わっていない。最近、この国の偉い人たちと立て続けに会ったり手紙やプレゼントをもらったりして忙しかったけど、私の軸足はあそこじゃない。
私は、ここで生きている。両親のために、領民のために、ここで生きていく。
「できるんじゃないか? アンジェリカがそう思うなら」
なぜかそっぽを向いたままのスノウがぽつりとそう言った。
「じゃがいももサツマイモも、おまえのおかげでおいしくなったし。だったら温泉にみんなが集まってくるのも、できるに決まってる。その、俺も、手伝ってやるし」
「スノウ……」
私はこの同い年の従兄弟の存在に、改めて勇気づけられた。父に話をしたときは、難しいと否定された。もちろん父は私を悲しませるためにそう言ったのではなく、現実を鑑みてそう言ったのだと理解している。父のアドバイスは的確で、私も感謝している。
でも今ここに、私と同じ目線を持ってくれる人がいる。血のつながりはないけれど、両親と同じように強い絆で結ばれた仲間のように思え、嬉しかった。私は笑顔で「ありがとう」と返した。彼はそっぽを向いたまま、わざとらしく足でお湯を跳ね上げた。その顔が蒸気して赤くなっていたのは、温泉であたたまったからか。
私もあたたかい気持ちになり、手を伸ばして、ぽこぽこと沸き起こる源泉の泡を追いかけた。
66
お気に入りに追加
2,305
あなたにおすすめの小説
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)
ラララキヲ
ファンタジー
乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。
……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。
でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。
ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」
『見えない何か』に襲われるヒロインは────
※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※
※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※
◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
悪役令嬢の独壇場
あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。
彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。
自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる