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本編第一章
じゃがいものフルコースはいかがですか?1
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アッシュバーン伯爵家でのギルフォードの誕生会から二週間、季節は初夏からすっかり夏に様変わりしていた。
そしてそんな季節の移り変わりを楽しむ余裕もなく、我が家は伯爵老をもてなす準備におおわらわだった。なにせ領民を迎えるのとはわけが違う。とりわけ今回はじゃがいもを使用したフルコースを用意すると断言してしまった。いつもよりおいしく、いつもより高級感ある食事を用意しなくてはならない。加えて夏という季節。こってりした食事よりはさっぱりしたものの方がよいだろうと、マリサを筆頭に皆で頭をひねりつつ準備に当たってきた。おかげでダスティン家史上最強のフルコースが整った。
そうして、約束の日はやってきた。
午前11時頃、二階の窓から2頭の馬がそこそこのペースで近づいてくるのを見てとった私は、階下に降りて両親にそれを告げた。玄関を飛び出し、家の前で彼らを待つ。
やがて大きな馬と、やや小ぶりな馬2頭が堂々と姿を現し、馬上から元気な声がかかった。
「よぉアンジェリカ! 約束通り来たぞ!」
「……ギルフォード、本当に来たのね」
事前に伯爵老から「孫と2人で、馬でお邪魔する」と知らせが来たとき、本当かと訝しんだ。百歩譲ってギルフォードがついてくるのはまだあれとして、5歳の子どもが馬で来られる距離でもないだろうと侮っていた。だが父が「アッシュバーン家の子どもなら歩ける前から馬に乗せられているから、不思議はないよ」と説明してくれた。我が家から伯爵本家まで、馬車でゆったり出かけると半日仕事だった。馬だと数時間の距離になるが、5歳の子ども連れだとそれほど無茶はできない。おそらく東の砦で一泊する旅程なのだろうというのは父の算段だ。故に宿泊の打診もなく、我が家には純粋に昼食においでになる。
「それにしても伯爵老は未だ供もつけずにおひとりで行動されるのですね」
継母の感嘆に父は笑いながら答えた。
「普段伯爵老がお住まいの西の砦では、未だ老より早く駆ける若者も、一対一で老にかなう若者もいないそうだよ。下手な供人をつけては老にとっても足手まといなのだろう」
「ギルフォード様がいても、大丈夫ということですか?」
「おそらくハンデにもならんだろうね。あの方の強さは伊達じゃない。20年前の前線が持ち堪えられたのはあの方の貢献が大きい」
私からすれば、ちょっとガタイのいいおじいちゃん、といった感じだったが、相当すごい人物らしい。
「それにあの次男君もなかなかの表情をされている。おそらく伯爵老のような偉大な騎士になるだろうよ」
「ギルフォード様が?」
私の疑問に、父は「そのうちわかるさ」と答えた。
そんなギルフォードが汗まみれの表情で馬から飛び降りる。結構な高さがあるにもかかわらず動きに淀みがないのは慣れているからだろう。馬に乗れると言っていた言葉は嘘ではなかったらしい。
馬は本日のみ雇ったうちの臨時馬丁に任せ、両親は2人を中に誘導した。玄関のすぐ隣の客間に移る前に、玄関脇の小さなスペースで着ていた簡易の旅装をとき、濡れタオルなどで身繕いをしてもらう。ギルフォードは冷却用に用意していた氷の塊にぺたぺたと触って楽しんでいた。ちなみに氷は水の聖霊石で作ることができる。
我が家の客間は、窓と扉を全開にしていれば風がよく通る造りになっている。旅装をといた2人にくつろいでもらいつつ、冷たいお茶と茶菓子を出した。その間にキッチンではマリサをはじめメイドたちがいつでも昼食が始められるよう、準備している。給仕にあたるロイとルビィはダイニングの最終チェック中だ。
「やぁ、男爵。今日は楽しみにしてきたぞ」
「遠いところをありがとうございます。我が家もアンジェリカが中心となって伯爵老とギルフォード殿をお出迎えすべく、準備を整えてまいりました。今日はご満足いただけることと思いますよ」
大人たちが挨拶している隣で、ギルフォードは疲れた様子など一切見せず、「クッキーはあるのか?」と聞いてくる。
「あなたが来るって聞いたから、倍量用意したわよ。ここで食べてもよし、もって帰ってもよし」
「やったぁ!」
「その代わり、持ち帰ったものはひとりで食べないでね。お城や騎士の方達にも食べさせて、このおいしさをちゃんと広めてちょうだいね」
「……ええぇ」
「“ええぇ”じゃない! なんのために招待したと思ってるの!? じゃがいもの良さを知ってもらうためよ」
「はいはい」
「もう!」
敬称どころか敬語すらも消え去った会話に、これでいいのかしらとも思ったが、今更取り繕ってもなんだし、そもそもギルフォードとの会話はこの方がずっとやりやすいと気づいたので、もうこれでいいやと達観した。
軽く談笑が済んだタイミングでロイが食堂の準備が整ったことを告げた。さぁいよいよだ、と私は勢いよく立ち上がる。
ぞろぞろと食堂へ移動しながら、私はひとりキッチンへの方向に向かった。食堂の座席は伯爵老とギルフォード、それに両親。私の分はない。今日は料理の説明をするために、私はスタッフとして働く。
「さぁ、マリサ。準備はいい?」
「えぇ、とっくに。メインの肉料理はオーブンの中、魚料理は揚げ焼きするだけですよ」
「OK! じゃぁみんな、まずは前菜からよろしく」
「「「「はい」」」」」
全員の声が揃った。
そしてそんな季節の移り変わりを楽しむ余裕もなく、我が家は伯爵老をもてなす準備におおわらわだった。なにせ領民を迎えるのとはわけが違う。とりわけ今回はじゃがいもを使用したフルコースを用意すると断言してしまった。いつもよりおいしく、いつもより高級感ある食事を用意しなくてはならない。加えて夏という季節。こってりした食事よりはさっぱりしたものの方がよいだろうと、マリサを筆頭に皆で頭をひねりつつ準備に当たってきた。おかげでダスティン家史上最強のフルコースが整った。
そうして、約束の日はやってきた。
午前11時頃、二階の窓から2頭の馬がそこそこのペースで近づいてくるのを見てとった私は、階下に降りて両親にそれを告げた。玄関を飛び出し、家の前で彼らを待つ。
やがて大きな馬と、やや小ぶりな馬2頭が堂々と姿を現し、馬上から元気な声がかかった。
「よぉアンジェリカ! 約束通り来たぞ!」
「……ギルフォード、本当に来たのね」
事前に伯爵老から「孫と2人で、馬でお邪魔する」と知らせが来たとき、本当かと訝しんだ。百歩譲ってギルフォードがついてくるのはまだあれとして、5歳の子どもが馬で来られる距離でもないだろうと侮っていた。だが父が「アッシュバーン家の子どもなら歩ける前から馬に乗せられているから、不思議はないよ」と説明してくれた。我が家から伯爵本家まで、馬車でゆったり出かけると半日仕事だった。馬だと数時間の距離になるが、5歳の子ども連れだとそれほど無茶はできない。おそらく東の砦で一泊する旅程なのだろうというのは父の算段だ。故に宿泊の打診もなく、我が家には純粋に昼食においでになる。
「それにしても伯爵老は未だ供もつけずにおひとりで行動されるのですね」
継母の感嘆に父は笑いながら答えた。
「普段伯爵老がお住まいの西の砦では、未だ老より早く駆ける若者も、一対一で老にかなう若者もいないそうだよ。下手な供人をつけては老にとっても足手まといなのだろう」
「ギルフォード様がいても、大丈夫ということですか?」
「おそらくハンデにもならんだろうね。あの方の強さは伊達じゃない。20年前の前線が持ち堪えられたのはあの方の貢献が大きい」
私からすれば、ちょっとガタイのいいおじいちゃん、といった感じだったが、相当すごい人物らしい。
「それにあの次男君もなかなかの表情をされている。おそらく伯爵老のような偉大な騎士になるだろうよ」
「ギルフォード様が?」
私の疑問に、父は「そのうちわかるさ」と答えた。
そんなギルフォードが汗まみれの表情で馬から飛び降りる。結構な高さがあるにもかかわらず動きに淀みがないのは慣れているからだろう。馬に乗れると言っていた言葉は嘘ではなかったらしい。
馬は本日のみ雇ったうちの臨時馬丁に任せ、両親は2人を中に誘導した。玄関のすぐ隣の客間に移る前に、玄関脇の小さなスペースで着ていた簡易の旅装をとき、濡れタオルなどで身繕いをしてもらう。ギルフォードは冷却用に用意していた氷の塊にぺたぺたと触って楽しんでいた。ちなみに氷は水の聖霊石で作ることができる。
我が家の客間は、窓と扉を全開にしていれば風がよく通る造りになっている。旅装をといた2人にくつろいでもらいつつ、冷たいお茶と茶菓子を出した。その間にキッチンではマリサをはじめメイドたちがいつでも昼食が始められるよう、準備している。給仕にあたるロイとルビィはダイニングの最終チェック中だ。
「やぁ、男爵。今日は楽しみにしてきたぞ」
「遠いところをありがとうございます。我が家もアンジェリカが中心となって伯爵老とギルフォード殿をお出迎えすべく、準備を整えてまいりました。今日はご満足いただけることと思いますよ」
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「あなたが来るって聞いたから、倍量用意したわよ。ここで食べてもよし、もって帰ってもよし」
「やったぁ!」
「その代わり、持ち帰ったものはひとりで食べないでね。お城や騎士の方達にも食べさせて、このおいしさをちゃんと広めてちょうだいね」
「……ええぇ」
「“ええぇ”じゃない! なんのために招待したと思ってるの!? じゃがいもの良さを知ってもらうためよ」
「はいはい」
「もう!」
敬称どころか敬語すらも消え去った会話に、これでいいのかしらとも思ったが、今更取り繕ってもなんだし、そもそもギルフォードとの会話はこの方がずっとやりやすいと気づいたので、もうこれでいいやと達観した。
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「さぁ、マリサ。準備はいい?」
「えぇ、とっくに。メインの肉料理はオーブンの中、魚料理は揚げ焼きするだけですよ」
「OK! じゃぁみんな、まずは前菜からよろしく」
「「「「はい」」」」」
全員の声が揃った。
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