上 下
53 / 307
本編第一章

良い子は早く寝ましょう1

しおりを挟む
(なぜこうなった……)

 胸に枕を抱えた私は、もう片方の手でこめかみを押さえ呻いた。なぜ私がこんな「考える人」よりも深い苦悩に陥っているのか--それは目の前の光景が信じられないほど受け入れ難いものだったからだ。

(ありえない)

 これを信じて受け入れろというのか--いや、無理だ。よし、やっぱり帰ろう。両親の待つ部屋に帰ってさっさと寝よう。私に安らかなる眠りをもたらすのはあの場所しかない。

 だがしかし。くるりと踵を返した私の後頭部に、突然「ぽふっ」というなかなかな衝撃が喰らわされた。

「あ、アンジェリカにあたっちゃった。ごめんね」

 振り返れば、天使のような寝巻き姿の少年--我が国の王子殿下、カイルハート様--が、てへ、という擬音がぴったりの表情で小首を傾げていた。ここまでくると一周回ってあざとかわいい気さえしてくるのは、さすがにもう慣れてきたからかなのか。少々むっとしながら、それでも黙って部屋を立ち去ろうとした私にさらなる追い討ち--別の枕--が飛んできた。

「あ、アンジェリカに当たっちまった、すまん」

 ベッドからひょっこり覗いたのは燻んだ金色の麦わら頭。さらにその隣には、なんとも形容し難い表情の長髪の少年の姿もある。今は湯あみを終えた後ということで、髪はまとめず流したままの姿だ。

(なぜ……)

 我が国の時期王太子ともされる王子殿下と、我が国の防衛の要である辺境伯爵家の御曹司の1人が、揃って枕投げに興じているのだろう、そしてもうひとりは止めもせずそれを残念な達観した表情で眺めているのだろう……いや、百歩譲ってそれはいい。そんなこともないとは言い切れないような気もしなくもないかもしれないから。

 だがしかし。
 落ちた枕を眺めてふつふつと胸に湧き上がるものを、私はついに抑えきれなくなった。

「なんで私がそこに巻き込まれることになったんですか--!!!!!」

 心の叫びがつい口の端にのぼってしまったことに、動転した私はしばらく気づけないでいた。


 ことの発端は数刻前。

 私たちは伯爵夫妻主催の晩餐に招待されていた。出席したのは伯爵夫妻、伯爵老(伯爵老夫人は体調不良とのことでご自宅で静養されている)、ミシェルにギルフォード、私の両親、私、そしてカイルハート殿下だ。このメンバーだと殿下が最も身分が高いことになるため、夕食の席では上座が用意されていた。いわゆるお誕生日席だ。角を折れて私の両親、私。私たちのお向かいに伯爵夫妻、伯爵老、ミシェルにギルフォードだ。席次的には私の正面は伯爵老になる。晩餐の中心はゲストである殿下だが、実際は大人中心にどうしてもなってしまう。私たちも子どもが口を挟んではいけない場だとわかっているので、ギルフォードですらおとなしくしていた。そのおかげもあってか、夕食は和やかに進んだ。

 だからそこまでは問題なかった。問題はそのあとだ。さぁ今からお風呂に入るぞ、と準備をしていた最中、部屋にノックの音が響いた。

「失礼いたします」

 入ってきたのは先ほど私にドレスを着せてくれたメイドさんのひとり。彼女はパトリシア様からの伝言を預かっていた。

「アンジェリカをパジャマパーティに招待したいですって?」

 継母の驚きに私もぎょっとした。パジャマパーティ? なんだそれ。

「はい、カイルハート殿下は滞在中、坊っちゃま方と一緒におやすみになっておられます。アンジェリカ様ももしよろしければ、とのお誘いでございます」
「まぁ」
 
 どうすべきかと振り返った継母は、父と私を交互に見た。父は少し難色を示した。

「いや、しかし、殿下方に何か失礼があってもな……」

 ぶんぶん、と私も強く首を縦に振る。彼らと一緒に寝るとか、なんの拷問だろう。いや、生理的に受け付けないとか、そういう話ではなく、精神衛生上の話だ。たぶん緊張して眠れない。

「ご心配には及びません。坊ちゃま方がおやすみになるまではメイドが必ずつきそいます。パトリシア様も頻回にいらっしゃいます」

 メイドの完璧な答えに、父は「いや、しかし……」と言葉を濁した。がんばれおとうさま! 

「あなた、よろしいのではなくて?」
「おかあさま!」

 それ助け舟じゃないから!

「いや、だが、アンジェリカは女の子だし」
「まだ5歳の子どもですよ。それに、スノウとフローラが泊まりにきたときにも同じベッドで眠ったじゃないですか」

 確かにそんなことはあった。だけど彼らはほら、弟と妹みたいなもんだから! 身分的にもそんな大差ないし。

「せっかくのパトリシア様のお誘いですし。それにアンジェリカは礼儀正しいですから、問題をおこすこともありませんよ、きっと」

 そんな感じの会話があと2、3繰り広げられ、私にも意見を求められたわけだが、当然のごとくぶんぶんと今度は首を横に振ったのだけど、「まぁ、これも経験よ」と意味のわからない継母の言葉にまとめられ、父も私もそれ以上何も言えなくなった。



 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。 ※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。 ※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

転生王女は現代知識で無双する

紫苑
ファンタジー
普通に働き、生活していた28歳。 突然異世界に転生してしまった。 定番になった異世界転生のお話。 仲良し家族に愛されながら転生を隠しもせず前世で培ったアニメチート魔法や知識で色んな事に首を突っ込んでいく王女レイチェル。 見た目は子供、頭脳は大人。 現代日本ってあらゆる事が自由で、教育水準は高いし平和だったんだと実感しながら頑張って生きていくそんなお話です。 魔法、亜人、奴隷、農業、畜産業など色んな話が出てきます。 伏線回収は後の方になるので最初はわからない事が多いと思いますが、ぜひ最後まで読んでくださると嬉しいです。 読んでくれる皆さまに心から感謝です。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

処理中です...