上 下
37 / 307
本編第一章

予定外の客がいるようです

しおりを挟む
「お、大旦那様、それからダスティン男爵、お待たせしてしまい申し訳ありません!」
「ベイル、その慌てようはなんだ。客人に失礼ではないか」

 そのときようやくお城の門が開き、中から年若い青年が出てきた。身なりは整っているが、焦り気味な声など、およそ貴族の館に似つかわしくない慌てぶりだ。

 ベイルと呼ばれたその青年はドアマンか若い執事見習いなのだろう、伯爵老の落ち着いた威厳ある叱責に顔を青くして謝罪した。

「バーナード殿、カトレア殿、アンジェリカ嬢も、申し訳ない。少々予定外のことが起きてしまっての、屋敷中が多少騒がしいのだよ。それで出迎えも遅れてしまったようだ」
「それはそれは、大変なときにお邪魔してしまい申し訳ありません」
「いや、そなたたちが謝ることではない。そなたたちは正式な招待客であり、到着の時間もあらかじめ知らせてくれていたのだから、なんの落ち度もない」
「ということは、予定外の客が現れた、ということですか?」
「まぁ、そういうことだ」

 そうして伯爵老は少々困ったような顔をした。誰だろう、と思ったが、伯爵老がそれ以上話そうとしないので、父も継母もそれ以上聞くことを遠慮した。

 私たちはいったん伯爵老とギルフォードと別れ、ベイルと呼ばれた青年の案内で今晩宿泊する部屋に通された。馬車に乗せたままだった私たちの荷物もすでに玄関に到着していた。父が厩舎に馬車を案内した知らせが本宅に届き、使用人たちが慌てて運んでくれた模様だ。

「予定外のお客様って、どなたなのかしら」

 部屋に通され、ベイルがお茶の準備に一度下がった後、継母が届いた荷物に間違いがないか確認しながら呟いた。おそらくベイルは事情を知っていそうだが、伯爵老が私たちに説明しなかったので、あまりおおっぴらにできないことだと判断した両親は、敢えて彼に聞くのをやめたのだ。

「さぁて。だが伯爵老が苦言のひとつも呈さず、困ったようなお顔をされたのだ、もしかすると相当身分が高いお方かもしれない」
「身分が高いって、伯爵老よりも、ですか?」
「わからないがね。いずれにせよ夕食時に発表があるだろう」

 父は言いながらソファに深く座った。継母も私もそれに倣う。本当は荷物の整理をしたかったのだが、本来それはメイドの仕事らしい。まもなくお茶の準備を整えたベイルと数名のメイドが連れ立ってやってきた。とはいえ私たちの荷物は少ない。今晩の夕食用に着る服と、明日のパーティー用のものだけだ。継母の指示のもと、メイドはあっという間に片付けを終え、部屋を出て行った。

 テーブルにはお茶と一緒に軽食も用意されていた。ローストビーフのサンドイッチやスコーン、たっぷりのクリーム、コールスローのサラダ、プチケーキなど、なかなか豪華だ。

 父はお茶を飲みながら、テーブルにさりげなく置かれていた招待客リストに目を通していた。

「向こう隣のエビング伯爵家に、ロースト伯爵家、ダレン男爵家はそれぞれ子どもたちを連れてきているようだね。カトレア、君のところのウォーレス子爵家は名前がないね」
「エリンのところの子どもたちはもう学院にあがっているから、招待されなかったのでしょうね。今回はギルフォード様のお誕生日会だから、まだ学校にあがっていない子どもたちがいる家だけ呼んでいらっしゃるのじゃないかしら。初めての6の年ですし」

 この国では「6」の年齢が大事にされている。6歳は子どもの最初のお披露目の年だ。貴族の間では、子どもが6歳になるとお披露目し、以後社交の場に出ることを許される。次の12歳は略式に大人の年齢とされている。庶民の間では12歳になると、前世でいうところの義務教育的なものが終わり、子どもたちは働きに出ることが多い。前世なら間違いなく児童関連の法律にひっかかりそうだが、この国では前世ほど寿命が長くない。貴族間の世代交代が早いのもそれが理由のひとつだ。貴族でも12歳はひとつの区切りとして扱われ、翌年の13歳からは親元を離れ、王立学院に入学することになる。婚約などの話が進むのも12歳を過ぎてからだ。そして次の倍数、18歳になると社交界デビューの歳となり、結婚が許されたり、貴族だと学院を卒業して家督が譲られたりする。

 そういう慣しから6歳12歳18歳のお祝いはとくに貴族間では重視されているのだが、初めての6の年齢は、最近ではそれほど大きく祝われなくなってきたらしい。今回のギルフォードのお誕生日会も、昔と比べたらかなり小さな規模らしい。理由はいろいろある。その昔、6歳を盛大にお祝いしていたのは、医療水準が低く子どもが育ちにくい状況があり、そのため乳幼児時代にあらゆる病魔を退け6歳まで成長した子どもは一族の宝とされてきた。しかしそのあたりがだいぶ改善されてきたので、次第に6歳のお祝いは縮小されてきたというのがひとつ。あとは20年前の隣国との戦争から完全に復興したとはいえず、全体的なお祭りモードが自粛されたその時代をまだ引きずっている、というのもある。

「うちもこれほどのお披露目をする余裕がないから、この際アンジェリカのお披露目も一緒にやらせてもらおうと思っていてね。伯爵もおそらくその辺を酌んでくださっていると思うよ」

 なるほど、このパーティの出席はそういう意味もあったのか。確かによそ様のパーティを借りて自分もちゃちゃっと披露させてもらうのはいろいろ手間も省けて都合がいい。おとうさまグッジョブだ。こういう節約術というか世渡り術的なものに長けているところは尊敬している。

 おなかを満たした私は、改めて部屋を見渡した。さすがは辺境伯のおうち、客間もうちのリビングより広い。部屋の隣は寝室が2つ。両親と私は別々だ。

 客間はお城の裏庭に面していた。裏庭といっても我が家の畑しか見えないそれとは大違いで、重厚な庭園が広がっている。と、そこに見知った姿を見つけた。つんつんとした麦わら頭はギルフォードだ。彼のほかにも男の子が二人いる。夜のパーティ前だというのにまた外に飛び出したのか。一緒にいるのは友達だろうか。また逆刃の剣で切りかからなきゃいいけど。

「おとうさま、ギルフォード様が外にいらっしゃるようです。私も行ってみていいですか」
「まぁ、アンジェリカ。あなた今度は何をするつもりなの?」

 継母が先ほどのことを思い出したのか神妙な顔つきになった。父も先ほどの事情を既に知っているので苦笑いだ。

「プレゼントに持ってきたクッキーをあげるだけです。何もしません」
「本当に?」
「本当です!」

 さすがに体当たりなんてもうやらないよ、おかあさま。私、中身アラサーだからね? それにお菓子が子どもに食いつきがいいのはうちの領地でも実証済みだ。それにギルフォードなら、じゃがいもという食材も物怖じせず食べてくれそうだという思いもあった。

「いいんじゃないかな。彼は次期領主になるかもしれない子だ。今のうちから仲良くしておくといい」
「そうだけど……。アンジェリカ、おとなしくするのよ? 喧嘩しないでね」
「わかっています」

 私は笑顔でクッキーを手にとり、部屋を後にした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~

さとう
ファンタジー
生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』 誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。 辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。 だが十五歳になり、高位な召喚獣を宿す幼馴染のフェニアと共に召喚学園の『アースガルズ召喚学園』に通うことになる。 学園でも蔑まれるアルフェン。秀な兄や姉、強くなっていく幼馴染、そしてアルフェンと同じ最底辺の仲間たち。同じレベルの仲間と共に絆を深め、一時の平穏を手に入れる これは、全てを失う少年が最強の力を手に入れ、学園生活を送る物語。

今日で都合の良い嫁は辞めます!後は家族で仲良くしてください!

ユウ
恋愛
三年前、夫の願いにより義両親との同居を求められた私はは悩みながらも同意した。 苦労すると周りから止められながらも受け入れたけれど、待っていたのは我慢を強いられる日々だった。 それでもなんとななれ始めたのだが、 目下の悩みは子供がなかなか授からない事だった。 そんなある日、義姉が里帰りをするようになり、生活は一変した。 義姉は子供を私に預け、育児を丸投げをするようになった。 仕事と家事と育児すべてをこなすのが困難になった夫に助けを求めるも。 「子供一人ぐらい楽勝だろ」 夫はリサに残酷な事を言葉を投げ。 「家族なんだから助けてあげないと」 「家族なんだから助けあうべきだ」 夫のみならず、義両親までもリサの味方をすることなく行動はエスカレートする。 「仕事を少し休んでくれる?娘が旅行にいきたいそうだから」 「あの子は大変なんだ」 「母親ならできて当然よ」 シンパシー家は私が黙っていることをいいことに育児をすべて丸投げさせ、義姉を大事にするあまり家族の団欒から外され、我慢できなくなり夫と口論となる。 その末に。 「母性がなさすぎるよ!家族なんだから協力すべきだろ」 この言葉でもう無理だと思った私は決断をした。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

俺が悪役令嬢になって汚名を返上するまで (旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)

南野海風
ファンタジー
気がついたら、俺は乙女ゲーの悪役令嬢になってました。 こいつは悪役令嬢らしく皆に嫌われ、周囲に味方はほぼいません。 完全没落まで一年という短い期間しか残っていません。 この無理ゲーの攻略方法を、誰か教えてください。 ライトオタクを自認する高校生男子・弓原陽が辿る、悪役令嬢としての一年間。 彼は令嬢の身体を得て、この世界で何を考え、何を為すのか……彼の乙女ゲーム攻略が始まる。 ※書籍化に伴いダイジェスト化しております。ご了承ください。(旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

処理中です...