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本編第一章
いろいろ披露してみました4
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呆然とする私の手を、そのとき誰かがひっぱった。
「アンジェリカ、じゃがいもクッキーがあるんだろ! 早く食べさせろよ。あれ、めちゃくちゃうまいんだよなっ!」
不穏な空気を吹き飛ばすようなわざとらしい大声で、スノウがもう片方の手をテーブルに伸ばした。
「あった、これこれ。これ食べたくてわざわざ来たんだよ。ん、やっぱうまい!」
「お兄ちゃま! フローラも!フローラの分も!!」
「おぉ、ほれ」
テーブルに届かないフローラのために、スノウはひとつ分けてやった。
「おっいしーい!!」
フローラが満面の笑みを浮かべる。そこに、端で控えていた継母が近づいて注意した。
「スノウもフローラも、おやつばかり食べちゃだめでしょ。まずはしっかりお食事をとりなさい。ほかにもたくさんあるわよ」
「おばさま、どれが一番おいしいの?」
「それはアンジェリカに聞いてみないと。アンジェリカ、お勧めは何かしら」
行動が止まっていた私は、慌てて彼らに説明した。
「あ、揚げたてのじゃがいもボールがあるわ! チーズも入っていておいしいわよ。フローラはグラタンはどう? ほくほくのじゃがいもがたっぷり入っているわ」
「「食べる!!!」」
二人の返事が合唱したので、私はそれぞれに料理をとりわけてやった。料理の蓋をとると、あたりにこうばしい匂いが立ち込める。それに引き付けられた子どもがテーブルに近づいてきた。
「あなたも食べてみる?」
同い年くらいの男の子に尋ねると小さく頷いたので、私はじゃがいもボールを口に放り込んであげた。彼の行動に気づいた両親らしき人が「これっ」と駆け寄ってきたがもうおそい。
「おいしいっ!」
その子どもが叫んだのを聞いて、ほかの子どもたちがちらほらテーブルに駆け寄ってきた。私は彼らに料理をとりわけてやる。じゃがいももち、ポテトサラダ、ガレット、カナッペをのせたクラッカー。初めて食べる料理に皆驚きを隠せない。
そのとき父が、テーブルに近づいてきた。何をするのかと見ていると、父は鹿肉のシチューを器に盛って、領民のひとりに差し出した。
「皆もどうかね、鹿肉のシチューだ。アンジェリカが調理法を工夫したじゃがいもも入っているよ」
「しかし、領主様、じゃがいもなんて……」
なおも渋る領民に、父は静かに説明しはじめた。
「この鹿肉がこんなふうに食されるようになったのも、ここ1~2世紀ほどのことだよ。それ以前は、とてもじゃないが、臭みがひどくて食べられなかった。それを、水を取替えながら何度も下茹でし、さらに数々の香草を加え、数日かけて煮込むことで、ようやく我々の口にのぼる食材になったんだ。鹿肉が食せるようになったおかげで、我々の食卓も豊かになった。皆の家でも、鹿を仕留められた日はご馳走だと大騒ぎだろう? 食文化は歴史とともに移り変わっていく。このじゃがいももまた、数世紀先には立派な食用として流通しているかもしれない」
そう言って父は、領民が受け取らなかったシチューを、自分で食べ始めた。料理から立ち上る香りと、鹿肉の重厚な味わいにうっとりした表情を見せる。
じゃがいも料理のテーブルは子どもたちでごったがえしていた。皆が料理を取り合っている。継母がその様子を横目に、領民に向かって告げた。
「じゃがいもがどうしても無理という方には普通の料理も用意していますわ。キジやウサギも焼き上がっていますから、どうぞそちらを召し上がってくださいな」
言いながら継母は別のテーブルに領民を誘導していく。その姿を見送っていた私に声をかけてきてくれた人たちがいた。先ほどキッチンで料理を手伝ってくれていた女性陣だ。
「お嬢様、その、じゃがいもボール?っていうんですかね、私が作っていたもの。ちょっと試してみてもいいですかね」
「私も、クレープを食べてみたいです」
「冷たいスープがあるって、マリサさんが言ってらしたけど、それはどこです?」
はっと気を取り直した私は、彼女たちに料理を取り分けた。50歳くらいの割腹のいい女性にはじゃがいもボールを、3人の子どもを引き連れた女性にはクレープを、新婚だと言っていた若い女性にはヴィシソワーズを、それぞれ勧める。
「はふっ、あつっ、えぇ、これがあのじゃがいも?」
「なにこれ、普通のクレープと変わらないわ。全然苦くないし」
「ちょっとこのスープ、すごいわよ。なんだか上品な味がするわ!」
大騒ぎの女性陣を見て、なんだなんだと他の女性たちも集まってくる。私は彼女たちに次々と料理を披露しながら、じゃがいもの良さをアピールした。
「クレープやガレット、パンなどは、じゃがいものペーストを混ぜることで、小麦粉の使用量を減らせます。たとえば、今まで5個のパンを作っていた材料にじゃがいもを足すことで、7個のパンを作ることができます。とても経済的だし、何よりおなかいっぱい食べることができるんですよ」
「うちは食べ盛りの男の子ばかりだから、それは助かるね」
自分で味見したことで納得したのか、子どもたちにもクレープを食べさせながら、主婦の女性が笑顔で感想を述べた。ほかの女性も次々に食しては感想を言い合っている。
「あの、領主様……。その、俺たちも食べてみようかな、と」
さきほど父からの器を受け取らなかった男性が、鹿肉のシチューを所望した。父は笑顔で器によそい、彼らに差し出した。
「えっ、この黄色いのがじゃがいもですよね? 全然苦くないや」
「本当だ。ほくほくしてうまい」
彼らは感想もそこそこにシチューをあっという間に平らげた。かと思うと別の料理に手をだす。
「みなさん、鶏が焼きあがりましたよ!」
キッチンからマリサが鶏の丸焼きを盛ってきた。受け取った父がナイフをいれると、こちらもなんとも言えない香りがたちこめた。
父は鶏を綺麗に切り分けたあと、最初の一切れを私にくれた。
「アンジェリカ、とても楽しみにしていただろう? みんなに感想を伝えてあげるといい」
「……はいっ!」
私は切り分けてもらった鶏と、そこに添えられたじゃがいもと豆をフォークですくった。香ばしく香りたつソースとたくさんの肉汁で、じゃがいもは色を染めている。
「……おいしい」
それはしみじみとした美味しさだった。口の中に広がる、素朴だけど豊かな味わいが身体に染み込んでいく。
「お。それ旨そうだな。俺にもくれよ」
「スノウ……っ! さっきはありがとう」
「別にっ」
彼がいの一番にじゃがいも料理を食べてくれたことで、すべてのことが動いた。凍りついた空気を変えてくれたのは、彼の行動だった。
私は父に近づき、彼にもお礼を言った。
「おとうさま……! ありがとうございますっ」
スノウの動きも大事だったが、父の内容のある説得が響いたのも間違いない。父はにこにこ顔で私の頭を撫でた。
「おまえがやりたいことはすべて叶えてやりたいと思っているよ。それが親の務めだからね。それに、このじゃがいもが我々の生活にもたらしてくれる恩恵について、私も考えてみたんだ。この食材には未来があると今では感じている。もちろん、この先障壁も多いかもしれないが、この料理の普及について、取り組んでみるのもいいかもしれない」
「おとうさま……」
「おまえが思いついたことだ。おまえが頑張らなきゃいけないよ。できるかい?」
「もちろんです!」
父の言葉に私は背筋を正した。これは遊びではない。領地経営に関わる大きな仕事だ。それを今任された。こどもだから、という甘い考えではすまされない。この事業には、領民の未来がかかっている。
私はテーブルを振り返った。多くの領民が列をなしている。子どもたちはクッキーをとりあって小競り合いだ。誰もが笑顔で料理に舌鼓を打っていた。この光景が、今日だけの特別なものでなく、誰の家庭でも、毎日あるといい。そのために、私はできることに取り組んでいこう。
ダスティン家でこの日開かれたガーデンパーティは、のちに「じゃがいも大革命」のスタートとして、この国の歴史書に刻まれることになる。
「アンジェリカ、じゃがいもクッキーがあるんだろ! 早く食べさせろよ。あれ、めちゃくちゃうまいんだよなっ!」
不穏な空気を吹き飛ばすようなわざとらしい大声で、スノウがもう片方の手をテーブルに伸ばした。
「あった、これこれ。これ食べたくてわざわざ来たんだよ。ん、やっぱうまい!」
「お兄ちゃま! フローラも!フローラの分も!!」
「おぉ、ほれ」
テーブルに届かないフローラのために、スノウはひとつ分けてやった。
「おっいしーい!!」
フローラが満面の笑みを浮かべる。そこに、端で控えていた継母が近づいて注意した。
「スノウもフローラも、おやつばかり食べちゃだめでしょ。まずはしっかりお食事をとりなさい。ほかにもたくさんあるわよ」
「おばさま、どれが一番おいしいの?」
「それはアンジェリカに聞いてみないと。アンジェリカ、お勧めは何かしら」
行動が止まっていた私は、慌てて彼らに説明した。
「あ、揚げたてのじゃがいもボールがあるわ! チーズも入っていておいしいわよ。フローラはグラタンはどう? ほくほくのじゃがいもがたっぷり入っているわ」
「「食べる!!!」」
二人の返事が合唱したので、私はそれぞれに料理をとりわけてやった。料理の蓋をとると、あたりにこうばしい匂いが立ち込める。それに引き付けられた子どもがテーブルに近づいてきた。
「あなたも食べてみる?」
同い年くらいの男の子に尋ねると小さく頷いたので、私はじゃがいもボールを口に放り込んであげた。彼の行動に気づいた両親らしき人が「これっ」と駆け寄ってきたがもうおそい。
「おいしいっ!」
その子どもが叫んだのを聞いて、ほかの子どもたちがちらほらテーブルに駆け寄ってきた。私は彼らに料理をとりわけてやる。じゃがいももち、ポテトサラダ、ガレット、カナッペをのせたクラッカー。初めて食べる料理に皆驚きを隠せない。
そのとき父が、テーブルに近づいてきた。何をするのかと見ていると、父は鹿肉のシチューを器に盛って、領民のひとりに差し出した。
「皆もどうかね、鹿肉のシチューだ。アンジェリカが調理法を工夫したじゃがいもも入っているよ」
「しかし、領主様、じゃがいもなんて……」
なおも渋る領民に、父は静かに説明しはじめた。
「この鹿肉がこんなふうに食されるようになったのも、ここ1~2世紀ほどのことだよ。それ以前は、とてもじゃないが、臭みがひどくて食べられなかった。それを、水を取替えながら何度も下茹でし、さらに数々の香草を加え、数日かけて煮込むことで、ようやく我々の口にのぼる食材になったんだ。鹿肉が食せるようになったおかげで、我々の食卓も豊かになった。皆の家でも、鹿を仕留められた日はご馳走だと大騒ぎだろう? 食文化は歴史とともに移り変わっていく。このじゃがいももまた、数世紀先には立派な食用として流通しているかもしれない」
そう言って父は、領民が受け取らなかったシチューを、自分で食べ始めた。料理から立ち上る香りと、鹿肉の重厚な味わいにうっとりした表情を見せる。
じゃがいも料理のテーブルは子どもたちでごったがえしていた。皆が料理を取り合っている。継母がその様子を横目に、領民に向かって告げた。
「じゃがいもがどうしても無理という方には普通の料理も用意していますわ。キジやウサギも焼き上がっていますから、どうぞそちらを召し上がってくださいな」
言いながら継母は別のテーブルに領民を誘導していく。その姿を見送っていた私に声をかけてきてくれた人たちがいた。先ほどキッチンで料理を手伝ってくれていた女性陣だ。
「お嬢様、その、じゃがいもボール?っていうんですかね、私が作っていたもの。ちょっと試してみてもいいですかね」
「私も、クレープを食べてみたいです」
「冷たいスープがあるって、マリサさんが言ってらしたけど、それはどこです?」
はっと気を取り直した私は、彼女たちに料理を取り分けた。50歳くらいの割腹のいい女性にはじゃがいもボールを、3人の子どもを引き連れた女性にはクレープを、新婚だと言っていた若い女性にはヴィシソワーズを、それぞれ勧める。
「はふっ、あつっ、えぇ、これがあのじゃがいも?」
「なにこれ、普通のクレープと変わらないわ。全然苦くないし」
「ちょっとこのスープ、すごいわよ。なんだか上品な味がするわ!」
大騒ぎの女性陣を見て、なんだなんだと他の女性たちも集まってくる。私は彼女たちに次々と料理を披露しながら、じゃがいもの良さをアピールした。
「クレープやガレット、パンなどは、じゃがいものペーストを混ぜることで、小麦粉の使用量を減らせます。たとえば、今まで5個のパンを作っていた材料にじゃがいもを足すことで、7個のパンを作ることができます。とても経済的だし、何よりおなかいっぱい食べることができるんですよ」
「うちは食べ盛りの男の子ばかりだから、それは助かるね」
自分で味見したことで納得したのか、子どもたちにもクレープを食べさせながら、主婦の女性が笑顔で感想を述べた。ほかの女性も次々に食しては感想を言い合っている。
「あの、領主様……。その、俺たちも食べてみようかな、と」
さきほど父からの器を受け取らなかった男性が、鹿肉のシチューを所望した。父は笑顔で器によそい、彼らに差し出した。
「えっ、この黄色いのがじゃがいもですよね? 全然苦くないや」
「本当だ。ほくほくしてうまい」
彼らは感想もそこそこにシチューをあっという間に平らげた。かと思うと別の料理に手をだす。
「みなさん、鶏が焼きあがりましたよ!」
キッチンからマリサが鶏の丸焼きを盛ってきた。受け取った父がナイフをいれると、こちらもなんとも言えない香りがたちこめた。
父は鶏を綺麗に切り分けたあと、最初の一切れを私にくれた。
「アンジェリカ、とても楽しみにしていただろう? みんなに感想を伝えてあげるといい」
「……はいっ!」
私は切り分けてもらった鶏と、そこに添えられたじゃがいもと豆をフォークですくった。香ばしく香りたつソースとたくさんの肉汁で、じゃがいもは色を染めている。
「……おいしい」
それはしみじみとした美味しさだった。口の中に広がる、素朴だけど豊かな味わいが身体に染み込んでいく。
「お。それ旨そうだな。俺にもくれよ」
「スノウ……っ! さっきはありがとう」
「別にっ」
彼がいの一番にじゃがいも料理を食べてくれたことで、すべてのことが動いた。凍りついた空気を変えてくれたのは、彼の行動だった。
私は父に近づき、彼にもお礼を言った。
「おとうさま……! ありがとうございますっ」
スノウの動きも大事だったが、父の内容のある説得が響いたのも間違いない。父はにこにこ顔で私の頭を撫でた。
「おまえがやりたいことはすべて叶えてやりたいと思っているよ。それが親の務めだからね。それに、このじゃがいもが我々の生活にもたらしてくれる恩恵について、私も考えてみたんだ。この食材には未来があると今では感じている。もちろん、この先障壁も多いかもしれないが、この料理の普及について、取り組んでみるのもいいかもしれない」
「おとうさま……」
「おまえが思いついたことだ。おまえが頑張らなきゃいけないよ。できるかい?」
「もちろんです!」
父の言葉に私は背筋を正した。これは遊びではない。領地経営に関わる大きな仕事だ。それを今任された。こどもだから、という甘い考えではすまされない。この事業には、領民の未来がかかっている。
私はテーブルを振り返った。多くの領民が列をなしている。子どもたちはクッキーをとりあって小競り合いだ。誰もが笑顔で料理に舌鼓を打っていた。この光景が、今日だけの特別なものでなく、誰の家庭でも、毎日あるといい。そのために、私はできることに取り組んでいこう。
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