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本編第一章

パーティがあるそうです

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「アンジェリカ、おまえに話があるんだ」

 クッキーをオーブンに仕込んだ後、父に呼ばれて私と継母はリビングに向かった。この家のリビングは玄関を入ったすぐ隣の部屋だ。この屋敷の中で一番広く、大きなソファセットが二つあり、12、3人はゆうに寛ぐことができる。

「なんでしょう、おとうさま」
「おまえにパーティの招待状がきているんだよ」
「まぁ、アンジェリカに? どちらから?」

 私が何かを言うより先に継母が驚いてみせた。父は微笑んで招待状らしきものを掲げた。

「アッシュバーン伯爵からだ。アッシュバーン家の次男が来月6歳の誕生日を迎えるにあたって、誕生日パーティを開くらしい」
「アッシュバーン家って……いったいどうしてアンジェリカのことを知っているの?」
「いや、実はアンジェリカを養子に迎えるにあたって、王家に届を出したんだが、それが伯爵の耳に届いたらしい。息子と同い年だし、隣の領でもあるからぜひ、と招待を受けたんだよ」
「まぁ、そうだったの」
「私はちょうどいい機会だと思ってる。社交界にまだ出られる年ではないから、冬の社交シーズンもまだ王都には連れて行けないだろう。うちは家格はそれほどでもないが、後継ぎをこのまま社交界デビューまでお披露目しないというのもどうかと思っていたんだ。アッシュバーン家の今回のパーティは非公式だが、近隣の領主やその子どもたちは招待されるだろう。ちょうどいいお披露目の場になるんじゃないかと思ってね」
「そうね。私も賛成だわ。アンジェリカはどう?」

 継母に聞かれ私は頭をフル回転させた。もとより断る選択肢などないが、アッシュバーン家とは未来永劫切れない縁があり、それを育てていくのも次期領主の務めだ。次男が次期当主にはるかどうかはわからないが、今のうちに顔をつないでおくのは大事だろう。

「わかりました。私も楽しみです、おとうさま、おかあさま」
「そうよね。新しいドレスを用意しましょう」
「おかあさま、今あるもので十分です」
「あれはほとんどが私の手作りですもの。今回はアンジェリカの初めてのパーティよ。街でちゃんとしたものを作りましょう。あなた、いいわよね」
「あぁ、もちろんだとも。ダスティン領にはドレスメーカーがいないから、アッシュバーン領のお店を訪ねるか、カトレアの実家の伝手で子爵領で作ってもらってもいいぞ」

 私以上に熱の入った両親を見て口をつぐんだ。うち、そんなに金持ちじゃないんだけどな。ドレスより今は石灰やじゃがいもを育てる農地が欲しいんだけどな。さすがに言えないけど。

「じつはもうひとつ提案があるんだ。アッシュバーン家のパーティより前に、我が領でアンジェリカのお披露目をしようかと思っている」
「あら、それはいいわね。他領での顔見せより先に、領民のみなさんに挨拶しておくのは大事だわ」
「私もそう思ってね。アッシュバーン家のようにはいかないが、うちでちょっとしたパーティを開いたらどうだろう。領民を招待してみんなに食事を振る舞いながら、アンジェリカをお披露目したらいいと思う」
「じゃぁ、そのドレスもいるわね」
「おかあさま、うちの領なら今あるドレスで十分です。領民のみなさんが普通の格好なのに、私だけ着飾るのはおかしいです」
「えぇっ……でも」
「おかあさま、今回はおかあさまのドレスで出たいのです。私がおかあさまと仲良くしていることをみんなに知ってもらいたいのです」
「……わかったわ」

 以前から思っていたが、この二人、私のためなら財布の紐がずいぶん緩みやすい。ここはひとつ私が締めていかなければ、と決意する。

「それで、あなた。我が家のパーティはいつがいいかしら」
「アッシュバーン家のパーティが来月だから、間をとって二週間後はどうだろう」
「承知しました。今からお料理の準備をしなくちゃ。マリサに相談して……あなた、猟に出てきてくださるとありがたいわ」
「もちろんだとも。アンジェリカのために大きな獲物をつかまえてみせるさ」

 腕まくりをしかねない父と浮かれる継母の様子を見ているうちに、私にも妙案が浮かんだ。

「おとうさま、おかあさま、お願いがあります!」
「なんだい、アンジェリカ。おまえの頼みならなんでも聞いてあげるよ」
「今度のパーティで、じゃがいも料理を披露したいのです!」
「じゃがいも? なんだってそんなもの」
「おとうさまにもぜひ召し上がっていただきたいのです! ちょっと待っていてください」

 私は部屋を飛び出し、キッチンに取って返した。キッチンではちょうどのタイミングでマリサがクッキーを取り出したところだった。

「マリサ! じゃがいもクッキーは焼けた?」
「えぇ。色合いは綺麗ですよ」
「よかった。今からおとうさまに食べてもらうの、ちょっともらっていくわね」
「えぇっ! 男爵様にも差し上げるんですかい?」

 マリサは困り顔になりながらも、クッキーをお皿に取り分けてくれた。私はそれをお盆に乗せてリビングに戻る。

 リビングでは父がなんとも言えない奇妙な顔で待っていた。おそらく継母から事情を聞いたのだろう。

「おとうさま、おかあさま、じゃがいもクッキーが焼けました。どうぞお召し上がりください」
「しかし、じゃがいもなんて……」
「私もそう思ったのだけど、アンジェリカが料理してくれたじゃがいもは普通においしかったのよ」

 継母の説明に、父は納得のいった様子ではなかったが、それでも皿からクッキーをとってくれた。そのまま丸ごと口に放り込む。

「う……ん、確かに、苦くはないな。いつものクッキーよりもっちりした感じがして、これはこれで悪くない」
「……本当。なんというか、食べ応えがある感じね」

 継母もひとつ口にして肯く。私も二人に続いて口にしてみた。明日にしろと先ほどは言われたが、きっと許されるはず。

 口にしたじゃがいもクッキーは、砂糖の控えめな甘さに加え、じゃがいものやわらかな風味が舌の上に広がり、何よりしっとりもっちりした感触がクセになる美味しさだった。うん、大成功!

「おとうさま、このじゃがいもペーストを混ぜたクッキーでは、小麦粉の使用量を通常のクッキー作りのときの半分に抑えられます。今回はクッキーでしたが、ケーキやパンにも使用できるでしょう。小麦粉の生産量が限られている中で、比較的育ちがいいじゃがいもを流用することができれば、この領の食料自給率は格段にあがります。これは領を発展させる画期的な調理法なのです!」

 私の弁論に両親は口をぽかんと開けたまま、ただただ無言だった。私は続ける。

「今度の領民とのパーティで、このじゃがいも料理を披露させてください! じゃがいもはもはや苦いだけの家畜の餌ではない、こうして我々の口にのぼる立派な食料なのです。さらにじゃがいもは栄養価も高く、土の状況が悪い中でも比較的よく育ちます。収穫したあとも長持ちします。涼しい場所に保管すれば数ヶ月もたすこともできるのです。また、将来的にこのじゃがいもを使った料理やその調理法を他領に売ることもできます。このじゃがいもは、我がダスティン領を救う救世主になりうるのです! ですから! 次回のパーティで領民のみなさんにこの料理を披露し、麦に変わる新たな主食としての可能性を広めたいのです!」

 私の熱弁にただただ呆気にとられていた両親だったが、最終的に父が折れることとなった。

「その、なんだ。アンジェリカの好きにしてみたらいいんじゃないか」

 ……なんだか投げやり感漂ってる気もするけど。まぁいいや。許可もらえたってことだものね!


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