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本編第一章
「かぞく」になりました3
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「あなた、お話は終わりまして?」
ノックとともに夫人が部屋に入ってきた。そうだ、この人にも聞きたいことがあったのだ。
「男爵夫人、伯父様との……男爵様とのお話は終わりました」
そう告げると、夫人は少し寂しそうな表情を浮かべて、硬く握っていた指をほどいた。
「その、アンジェリカ、あなたはとても礼儀正しい女の子ね。スノウは……私の甥はあなたと同い年だけど、こんなにしっかりはしていないわ。私は5歳の子どもをあの子のようなものだとばかり思っていたけれど、改めなければならないわね」
見た目は5歳でも中身は31歳だ。自分でもおかしなことになっているだろうなとは思うけれど、そういうものだと捉えてもらえればありがたい。
私を離した男爵が、私と夫人を交互に見て言った。
「アンジェリカ。私もカトレアも、おまえがこの家に来てくれるのを心待ちにしていたんだよ。これからはここがおまえの家だ。そして、できれば私たちのことを、おとうさま、おかあさまと呼んでくれたら嬉しい」
「まぁ、あなた。アンジェリカはまだお母様を亡くしたばかりなのよ、そんな、急に」
夫人が私を庇うように手を添える。私はそんな夫人を見上げた。どうしても聞いておかねばならないことがあった。もちろん態度では十分示してもらっている。でも、できれば彼女の言葉で聞きたかった。
「夫人は、私のことが憎くないのですか?」
これだけ慈愛に満ちた表情で私を見たり、甥っ子の話を嬉しげにするような人だ。もし自分の子どもがいれば心底愛しんだことだろう。それなのに望みは叶わず、夫は愛人を持った。彼女も同意していたとはいえ、その心中は穏やかではなかったはずだ。加えて母の素質は褒められた物ではなく、夫人を傷つけたこともあっただろう。
愛人の子どもを、この人はどう思っているのだろう。
夫人は瞳を大きく見開いてこちらを見ていた。一旦ほどいたはずの指を再び握りしめている。
そのまま数拍呼吸をした後、泣きそうな顔で私の手をとった。
「あなたのお母様には感謝しかないわ。だって、私の愛する人の子どもを、あなたを産んでくれたのだもの。私にはできなかったこと。不幸にもこんなに早く亡くなってしまったけれど……。私は、あなたのことを、生まれる前から愛しているわ。これからもずっと、何があっても愛して守り続けるわ」
我慢していた涙が頬を伝うのを見て、私の瞳も滲んだ。
私は今、珠玉の言葉をもらった。前世でも、今生でも、私には縁のないものと思っていた物。
もちろん、前世の実の両親と妹は私を愛してくれていただろう。けれど両親は早くに亡くなり、妹は保護する対象だった。こんなふうにまっすぐな愛情を受け止めたのは、ずいぶん久しぶりのことだった。
瞳は滲むだけでは留まらず、次々と涙が溢れてきた。
(こんなに号泣するなんて。まるで5歳児みたい)
アラサーの笑えないツッコミでも流れる涙を止められず、私は夫人の胸に顔を埋めた。
「ありがとうございます、おかあさま、おとうさま」
私が呼んだ2人の名に、夫人がびくりと肩を揺らした。けれど次の瞬間、暖かく優しい手が私をすっぽりと包んでくれた。
よく見れば、夫人、いや、継母となった彼女も泣いていた。
「あなたに『男爵夫人』と、他人行儀にこの先もずっと呼ばれるのではないかと……そう呼ばれるたびに、少し寂しい思いをしていたの」
言われて私は彼女の態度を思い出した。初めて挨拶したとき、彼女からの呼び掛けに答えたとき、この人はいつも心なし寂しそうにしていた。あれは、母と呼ばれないことへのもどかしさだったのだ。
「あなたを生まれたときから引き取っていれば、とか、本当に色々後悔してしまって。あなたはお母様を亡くしたばかりなのに、私たちはたくさんのことを一気に押し付けてしまって……だから私たちには、親となる資格はないんじゃないかと。でもやっぱり、あなたに『おとうさま、おかあさま』と呼ばれるのを聞くと……嬉しくて。ごめんなさい」
そうして継母は涙をぬぐい、穏やかに微笑んだ。
緩やかな日差しが揺れる午前の書斎で、私たちはひとつの「かぞく」になった。
ノックとともに夫人が部屋に入ってきた。そうだ、この人にも聞きたいことがあったのだ。
「男爵夫人、伯父様との……男爵様とのお話は終わりました」
そう告げると、夫人は少し寂しそうな表情を浮かべて、硬く握っていた指をほどいた。
「その、アンジェリカ、あなたはとても礼儀正しい女の子ね。スノウは……私の甥はあなたと同い年だけど、こんなにしっかりはしていないわ。私は5歳の子どもをあの子のようなものだとばかり思っていたけれど、改めなければならないわね」
見た目は5歳でも中身は31歳だ。自分でもおかしなことになっているだろうなとは思うけれど、そういうものだと捉えてもらえればありがたい。
私を離した男爵が、私と夫人を交互に見て言った。
「アンジェリカ。私もカトレアも、おまえがこの家に来てくれるのを心待ちにしていたんだよ。これからはここがおまえの家だ。そして、できれば私たちのことを、おとうさま、おかあさまと呼んでくれたら嬉しい」
「まぁ、あなた。アンジェリカはまだお母様を亡くしたばかりなのよ、そんな、急に」
夫人が私を庇うように手を添える。私はそんな夫人を見上げた。どうしても聞いておかねばならないことがあった。もちろん態度では十分示してもらっている。でも、できれば彼女の言葉で聞きたかった。
「夫人は、私のことが憎くないのですか?」
これだけ慈愛に満ちた表情で私を見たり、甥っ子の話を嬉しげにするような人だ。もし自分の子どもがいれば心底愛しんだことだろう。それなのに望みは叶わず、夫は愛人を持った。彼女も同意していたとはいえ、その心中は穏やかではなかったはずだ。加えて母の素質は褒められた物ではなく、夫人を傷つけたこともあっただろう。
愛人の子どもを、この人はどう思っているのだろう。
夫人は瞳を大きく見開いてこちらを見ていた。一旦ほどいたはずの指を再び握りしめている。
そのまま数拍呼吸をした後、泣きそうな顔で私の手をとった。
「あなたのお母様には感謝しかないわ。だって、私の愛する人の子どもを、あなたを産んでくれたのだもの。私にはできなかったこと。不幸にもこんなに早く亡くなってしまったけれど……。私は、あなたのことを、生まれる前から愛しているわ。これからもずっと、何があっても愛して守り続けるわ」
我慢していた涙が頬を伝うのを見て、私の瞳も滲んだ。
私は今、珠玉の言葉をもらった。前世でも、今生でも、私には縁のないものと思っていた物。
もちろん、前世の実の両親と妹は私を愛してくれていただろう。けれど両親は早くに亡くなり、妹は保護する対象だった。こんなふうにまっすぐな愛情を受け止めたのは、ずいぶん久しぶりのことだった。
瞳は滲むだけでは留まらず、次々と涙が溢れてきた。
(こんなに号泣するなんて。まるで5歳児みたい)
アラサーの笑えないツッコミでも流れる涙を止められず、私は夫人の胸に顔を埋めた。
「ありがとうございます、おかあさま、おとうさま」
私が呼んだ2人の名に、夫人がびくりと肩を揺らした。けれど次の瞬間、暖かく優しい手が私をすっぽりと包んでくれた。
よく見れば、夫人、いや、継母となった彼女も泣いていた。
「あなたに『男爵夫人』と、他人行儀にこの先もずっと呼ばれるのではないかと……そう呼ばれるたびに、少し寂しい思いをしていたの」
言われて私は彼女の態度を思い出した。初めて挨拶したとき、彼女からの呼び掛けに答えたとき、この人はいつも心なし寂しそうにしていた。あれは、母と呼ばれないことへのもどかしさだったのだ。
「あなたを生まれたときから引き取っていれば、とか、本当に色々後悔してしまって。あなたはお母様を亡くしたばかりなのに、私たちはたくさんのことを一気に押し付けてしまって……だから私たちには、親となる資格はないんじゃないかと。でもやっぱり、あなたに『おとうさま、おかあさま』と呼ばれるのを聞くと……嬉しくて。ごめんなさい」
そうして継母は涙をぬぐい、穏やかに微笑んだ。
緩やかな日差しが揺れる午前の書斎で、私たちはひとつの「かぞく」になった。
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