87 / 106
サイドストーリー
彼女たちの誤算1
しおりを挟む
メラニアのとりまきその1・マーガレットの物語です。微ざまぁです。
【これまでのあらすじ】
メラニアの従姉妹にあたるマーガレットは、メラニアの威光を嵩にきてユーファミアを貶める発言を学院で繰り返していた。メラニアの失脚に伴ってすべてがカーティス王太子に知れることとなり、彼女もまたそのツケを支払わされることになった。
__________________________
こんなはずじゃなかった。
触れれば崩れ落ちそうになる染みだらけの書類を睨みつけ唇を噛み締める。苛立ちで漏れた息が口元を覆っている布の中にこもって、湿った嫌な空気が顔周りにまとわりついた。いつまでも慣れない嫌な感覚。古びた書類の隣に置いた真新しい紙はまだ三分の一も埋まっていない。
イライラしながら羽ペンにインクをつけ、退屈極まりない文字を書き写す。一列書いてはまた手が止まり、やるせない気持ちで顔をあげると、そこには向かいの机で私と同じ古い書類を書き写している父の俯いた顔。
ここは王立図書館の分署となる部屋。分署といえば聞こえはいいけれど、書物や書類のカビ臭さが染み付いた、暗く乾いた部屋に過ぎない。大元の図書館は王城の敷地内にあって、文官や魔導士や一般の貴族が出入りする豪華で美しい場所だけれど、この建物は図書館とは離れたところにひっそりと立っていて、華やかさの欠片もない。三階建の建物の一番端にある小さな部屋には机が4つあって、4人の事務員が黙々と古い書類を新しい紙に書き写す作業をしている。書物や書類は経年劣化が激しい。保存魔法をかけてはいても永久的とはいえず、完全に朽ちてしまう前に後世に残すべきものを選別し、こうして人の手で書き写す作業が必要になる。その作業を担う職に、私は3ヶ月前から従事させられていた。
なぜこの私がこんな地味な作業をしなければならないのかと、始めこの話を持ってきた父に喰ってかかった。けれど父は「しかたがないだろう、マーガレット。おまえが王太子妃様に対し行った嫌がらせの結果だと思え」と顔を顰めるのだった。
私の名はマーガレット・マクレガー。1年半前に王立魔法学院を卒業した。魔力を持つ貴族の子女が通うその場所で、私は常に中心的な立場にあり、皆の視線を集めていた。私が学友としてお付き合いしていたのは国王陛下の長子で、時期王太子の座が確約されていたカーティス殿下と、殿下の婚約者と目されていたメラニア・マクレガー様だ。メラニア様と私は再従姉妹の関係になる。私の祖父とメラニア様のお祖父様が兄弟なのだ。メラニア様の父であり、宮廷の最高権力者であるマクレガー宰相は父の従兄弟だ。
私の祖父はマクレガー侯爵家が持っていた子爵位を受け継ぎ、その子爵位は父の兄が継いでいる。そのため次男の父には爵位がなかった。爵位がない嫡男以外の者は、例えばシャロンのような、爵位持ちの跡取り令嬢の入婿を望むことが多い。だが父は男爵家の末娘だった母と大恋愛の末結ばれ、爵位はないまま、王宮に文官として就職する道を選んだ。だから我が家は立場上は平民らしい。けれど時の権力者であるマクレガー宰相と従兄弟にあたる人物が平民扱いされるはずもない。父も宰相様の近くにこそ配属されなかったけれど、王立図書館の副館長の座に長く就いていた。
「本当は財務や刑部などの要職についてほしいと言われているのだがね、従兄弟が宰相職にあっては、権力の集中をあげつらう者も出てくるだろう? 従兄弟にも申し訳ないから敢えて地味な仕事を選んでいるんだよ。我が家に爵位はないが、実質は子爵家や男爵家などうちの足元にも及ばない存在だ。だからおまえも上位貴族らしく堂々とふるまいなさい。そうすればいい家との縁も望めるさ」
子どもの頃からそう聞かされて育った私は、当然ながら自分は貴族令嬢だと信じて疑わなかった。同じように言われて育った兄は体を動かすことが得意だったので、騎士となって近衛隊に配属された。近衛隊は貴族出身の者たちで構成されている華々しい部隊だ。ちなみに貴族でない者は騎士隊所属となり、王都以外の場所で兵役につく。6つ上の兄はマクレガー宰相の推薦もあって近衛総長であるドリス卿のおぼえもめでたく、近衛隊の中でも出世頭で、婿入りの縁談の話も絶えることがなかった。本人はせっかく近衛騎士になれたのだからまだまだ遊びたいと、腰を落ち着ける気はないようだった。
だから私も、兄のように華やかな人生を歩めるのだと思っていた。兄よりもさらに幸運だったのは、マクレガー本家のメラニア様が同い年だったことだ。その上メラニア様は未来の王太子妃候補。
「このままメラニア様と学院生活を共にして、メラニア様が王太子妃となったら侍女として仕えて箔をつけたいわね。メラニア様の信頼を得た侍女っていう肩書きがつけば結婚相手のランクはずっと高くなるわ。メラニア様とカーティス殿下との御子と同い年の子を産んで乳母として勤めるっていうのも手よね」
貴族籍を持たない私だけど、王太子ご夫妻の覚えめでたい存在となれば、そんなものはハンデにはならない。そう信じていた。
【これまでのあらすじ】
メラニアの従姉妹にあたるマーガレットは、メラニアの威光を嵩にきてユーファミアを貶める発言を学院で繰り返していた。メラニアの失脚に伴ってすべてがカーティス王太子に知れることとなり、彼女もまたそのツケを支払わされることになった。
__________________________
こんなはずじゃなかった。
触れれば崩れ落ちそうになる染みだらけの書類を睨みつけ唇を噛み締める。苛立ちで漏れた息が口元を覆っている布の中にこもって、湿った嫌な空気が顔周りにまとわりついた。いつまでも慣れない嫌な感覚。古びた書類の隣に置いた真新しい紙はまだ三分の一も埋まっていない。
イライラしながら羽ペンにインクをつけ、退屈極まりない文字を書き写す。一列書いてはまた手が止まり、やるせない気持ちで顔をあげると、そこには向かいの机で私と同じ古い書類を書き写している父の俯いた顔。
ここは王立図書館の分署となる部屋。分署といえば聞こえはいいけれど、書物や書類のカビ臭さが染み付いた、暗く乾いた部屋に過ぎない。大元の図書館は王城の敷地内にあって、文官や魔導士や一般の貴族が出入りする豪華で美しい場所だけれど、この建物は図書館とは離れたところにひっそりと立っていて、華やかさの欠片もない。三階建の建物の一番端にある小さな部屋には机が4つあって、4人の事務員が黙々と古い書類を新しい紙に書き写す作業をしている。書物や書類は経年劣化が激しい。保存魔法をかけてはいても永久的とはいえず、完全に朽ちてしまう前に後世に残すべきものを選別し、こうして人の手で書き写す作業が必要になる。その作業を担う職に、私は3ヶ月前から従事させられていた。
なぜこの私がこんな地味な作業をしなければならないのかと、始めこの話を持ってきた父に喰ってかかった。けれど父は「しかたがないだろう、マーガレット。おまえが王太子妃様に対し行った嫌がらせの結果だと思え」と顔を顰めるのだった。
私の名はマーガレット・マクレガー。1年半前に王立魔法学院を卒業した。魔力を持つ貴族の子女が通うその場所で、私は常に中心的な立場にあり、皆の視線を集めていた。私が学友としてお付き合いしていたのは国王陛下の長子で、時期王太子の座が確約されていたカーティス殿下と、殿下の婚約者と目されていたメラニア・マクレガー様だ。メラニア様と私は再従姉妹の関係になる。私の祖父とメラニア様のお祖父様が兄弟なのだ。メラニア様の父であり、宮廷の最高権力者であるマクレガー宰相は父の従兄弟だ。
私の祖父はマクレガー侯爵家が持っていた子爵位を受け継ぎ、その子爵位は父の兄が継いでいる。そのため次男の父には爵位がなかった。爵位がない嫡男以外の者は、例えばシャロンのような、爵位持ちの跡取り令嬢の入婿を望むことが多い。だが父は男爵家の末娘だった母と大恋愛の末結ばれ、爵位はないまま、王宮に文官として就職する道を選んだ。だから我が家は立場上は平民らしい。けれど時の権力者であるマクレガー宰相と従兄弟にあたる人物が平民扱いされるはずもない。父も宰相様の近くにこそ配属されなかったけれど、王立図書館の副館長の座に長く就いていた。
「本当は財務や刑部などの要職についてほしいと言われているのだがね、従兄弟が宰相職にあっては、権力の集中をあげつらう者も出てくるだろう? 従兄弟にも申し訳ないから敢えて地味な仕事を選んでいるんだよ。我が家に爵位はないが、実質は子爵家や男爵家などうちの足元にも及ばない存在だ。だからおまえも上位貴族らしく堂々とふるまいなさい。そうすればいい家との縁も望めるさ」
子どもの頃からそう聞かされて育った私は、当然ながら自分は貴族令嬢だと信じて疑わなかった。同じように言われて育った兄は体を動かすことが得意だったので、騎士となって近衛隊に配属された。近衛隊は貴族出身の者たちで構成されている華々しい部隊だ。ちなみに貴族でない者は騎士隊所属となり、王都以外の場所で兵役につく。6つ上の兄はマクレガー宰相の推薦もあって近衛総長であるドリス卿のおぼえもめでたく、近衛隊の中でも出世頭で、婿入りの縁談の話も絶えることがなかった。本人はせっかく近衛騎士になれたのだからまだまだ遊びたいと、腰を落ち着ける気はないようだった。
だから私も、兄のように華やかな人生を歩めるのだと思っていた。兄よりもさらに幸運だったのは、マクレガー本家のメラニア様が同い年だったことだ。その上メラニア様は未来の王太子妃候補。
「このままメラニア様と学院生活を共にして、メラニア様が王太子妃となったら侍女として仕えて箔をつけたいわね。メラニア様の信頼を得た侍女っていう肩書きがつけば結婚相手のランクはずっと高くなるわ。メラニア様とカーティス殿下との御子と同い年の子を産んで乳母として勤めるっていうのも手よね」
貴族籍を持たない私だけど、王太子ご夫妻の覚えめでたい存在となれば、そんなものはハンデにはならない。そう信じていた。
1
お気に入りに追加
291
あなたにおすすめの小説
【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい
tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。
本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。
人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆
本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編
第三章のイライアス編には、
『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』
のキャラクター、リュシアンも出てきます☆
【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
ラスボス魔王の悪役令嬢、モブを目指します?
みおな
恋愛
気が付いたら、そこは前世でプレイした乙女ゲームを盛り込んだ攻略ゲーム『純白の百合、漆黒の薔薇』の世界だった。
しかも、この漆黒の髪と瞳、そしてローズマリア・オズワルドという名。
転生先は、最後に勇者と聖女に倒されるラスボス魔王となる悪役令嬢?
ラスボスになる未来なんて、絶対に嫌。私、いっそモブになります?
【完結】愛とは呼ばせない
野村にれ
恋愛
リール王太子殿下とサリー・ペルガメント侯爵令嬢は六歳の時からの婚約者である。
二人はお互いを励まし、未来に向かっていた。
しかし、王太子殿下は最近ある子爵令嬢に御執心で、サリーを蔑ろにしていた。
サリーは幾度となく、王太子殿下に問うも、答えは得られなかった。
二人は身分差はあるものの、子爵令嬢は男装をしても似合いそうな顔立ちで、長身で美しく、
まるで対の様だと言われるようになっていた。二人を見つめるファンもいるほどである。
サリーは婚約解消なのだろうと受け止め、承知するつもりであった。
しかし、そうはならなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる