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本編

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 今後のことで相談があると、国王陛下と王妃様がお戻りになった後、カーティス殿下から切り出された。

「私は王太子妃におまえを望んでいる。ユーファミア、おまえも異存はない、な?」
「え?」

 殿下の発言の語尾が自信なく細切れになるのを驚きをもって聞き返した。いつも冷静で堂々としている殿下とは思えない言い方に一瞬返事が止まった。

「異存あるのか!?」
「い、いいえ! 違います。ただ……」

 異存ではなく、何事にも如才ない殿下が歯切れ悪そうなことに戸惑っただけなのだが、それを口に出すのは憚られたため、別の話題に置き換えることにした。

「あの、私では身分が釣り合いません」

 リブレ家は子爵だ。そして王太子妃に必要な身分は伯爵家以上。これは王国の不文律だ。

 だが殿下は「なんだ、そんなことか」と鼻で笑った。

「おまえは自分の役柄に忠実だったくせに、意外と知らないのだな」
「何がですか?」
「魔力過多な私の側仕えとして、私の命を長年に渡り支えてくれたおまえには褒賞が与えられることになっている」
「それは……聞いております」

 王宮にあがる前もあがった後も、バルト伯爵から聞かされた。ただその褒賞が何になるのかまでは聞いていなかった。私の知らぬところで家族と話し合われたものとばかり思っていた。

「王家はおまえの果たした功績に対して女伯爵の位を授与することにしている。これは前例もあることだから、いくらマクレガー宰相が横槍を入れたくても反対することはできない」
「女伯爵……」
「あぁ。これで身分の問題は片がつく」

 女伯爵は一代限りに与えられる爵位で、子や孫に受け継がせることはできないが、身分的には文字通り伯爵と同等の扱いになる。確かにこれなら王太子妃の条件をクリアすることになる。

「いいのでしょうか、そんな簡単に……」

 爵位が与えられるとはいえ元は子爵家の娘だ。なんだかズルをしたみたいな気になってしまう。

「まったく問題ない。むしろ過去にも女伯爵位を賜って、そのまま妃となった例もある」

 どうやら殿下は今回のことを運ぶにあたり、過去の王家の魔力過多について入念に調べ上げたらしい。「その執念を自分の気持ちを素直に伝えることになぜ向けられなかったのかしらね」というのは後から聞いた王妃様のお小言だ。

「とにかく、おまえが気にしている身分についてはなんら問題がなくなるのだが、ついでだからもうひとつ布石を打つことにした。これについてはまだ明かせないんだが、そのうちわかる。問題があるとすれば王太子妃選定会議の方なんだが……」
「王太子妃選定会議、ですか?」
「あぁ。この国の王族が結婚する際に必ず開かれる会議だ。ここで王族の婚姻相手候補が提出され、誰が相応しいかを決定することになっている。出席者は国王両陛下のお二人、貴族を束ねるマクレガー宰相、官僚トップの内務長官、軍部を束ねる近衛総長、それに学院から院長だ。この6名で話し合いが行われ、最終的には多数決で決定される。そして今現在候補として名を挙げられているのがメラニア・マクレガーだ」

 メラニア様のお名前が出たことにひゅっと息を呑んだ。そうだった、いくら殿下の思いがこちらにあるとはいえ、王太子妃という位は私より侯爵家令嬢であり宰相の娘である彼女の方がずっと相応しい。

「多数決、となりますと、全員がメラニア様に票を投じれば……」
「あの女が王太子妃となるな」

 苦虫を噛み潰したように顔を歪める殿下。私の顔色はというと、青を通り越して白くなりかけていた。

「ここに、ユーファミア、おまえの名前を入れる予定だ」
「そんな……! 無茶です!」
「無茶? なぜ」
「みんなメラニア様に票を投じるに決まっています!」

 田舎の子爵家の令嬢と侯爵家で宰相の娘であり、学院でもトップクラスだったメラニア様。誰がどう見ても王太子妃に相応しいのは彼女の方だ。

 だが殿下は心配ないと微笑んだ。

「父上と母上は間違いなくおまえに投じるよ。宰相と、血筋主義の近衛総長はあの女につくだろうな。内務長官は読めないんだが……王立学院の院長はこちらの味方になってくれるのではと踏んでいる」
「院長先生がですか?」
「あぁ。他の5名と違い、学院は基本中立姿勢をとらねばならぬこともあるため、政治的な色でなく純粋に学院内での成績や振る舞い、人となりで判断することがほとんどだ。それならユーファミアに利がある」
「そんなはずはありません。メラニア様はとても優秀なお方です。それにひきかえ私は魔力なしで、まともに授業も受けておりません」

 メラニア様はいつもトップ10に入る成績を誇っていた。対する私は実技系の科目はまったく受講できず、学院の順位がつくテストも受けていない。すべてレポートや私専用のテストに置き換えられて、その結果でぎりぎり単位がもらえていたという有様。王家の温情で席を置いてもらっていただけだ。

 そう力説する私に、殿下は両手を広げて否定した。

「あの女が優秀だと学院の生徒は皆思っているだろうが、とんだ茶番だぞ。あいつのレポートのうち自身で書いたものはほとんどないはずだ。全部マクレガー家子飼いの魔道士に代筆させていたからな」
「は?」
「ペーパーテストに関してはズルできないから、さすがに必死で勉強していたみたいだがな。それも魔道士たちに事前に予想問題を作らせて予習していたそうだぞ。この国の魔道士はすべてあの学院出身だからな。教師の入れ替わりも少ない中で、優秀な人間なら過去に習った教師の出す問題など、あらかた予想がつくさ」
「メラニア様が、ズルをしていたと?」
「知らぬは生徒だけだろうな。学院の教師たちはうっすら把握していたはずだ。時の権力者に逆らえる個人はいないから、見過ごしていただけだ。そうだ、いつだったか、おまえに分厚い参考書を押し付けていただろう? あれ、あの女は1ページだって読んでないぞ。むしろ読めなかっただろうな、能力的に」

 殿下の発言で、いつぞやのテストのことを思い出した。魔法解析学のレポートに悩んでいた私をさらに悩ませることになった分厚い参考書三冊。あれを元に書いたレポートをメラニア様にも提出した。彼女はとても丁寧なフィードバックをくれたけれど……。

「自宅の魔道士に読ませて、その感想を横取りしただけだろう。あの女にそこまでの能力はない。ただのガリ勉バカだ」

 なんだか聞いてはいけない台詞を聞いた気がして気を失いそうになった。が、ここでまた倒れるわけにはいかない。

「とにかく、学院でのあいつの成績はハリボテだ。そのことは院長も知っているはずだ。その点おまえは毎回優秀なレポートに申し分ないテストの点を叩き出し、その上うるさ方の教授たちと対等にやりあえるだけの知識と度胸を備えている。文句なし女子の1位はおまえだよ。ちなみにおまえが在籍中に書いたレポートのいくつかが、王宮の魔道士部で回し読みされていて結構な評判だぞ」
「えぇ!?」

 どうやら学院の教授たちの手から王宮勤めのエリート魔道士たちの手に、私の書いたつたないレポートが回っているらしい。学院卒業後はぜひ魔道士部に就職をという声がかりがあったのを殿下が全力で握りつぶしたとまで聞いて、唖然とするしかなかった。

「当然だろう。ユーファミアは私の妻になるんだ。魔道士連中になぞ渡してたまるか」

 堂々とそうのたまう殿下をただただ見つめるしかなかった。





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