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本編
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そうして湯浴みを終えた後、メイドたちが準備した着替えに目を剥くことになる。
「無理です! ドレスなんて着られません」
「ですが、王太子殿下のご要望です」
「そんなはずは……」
メイドたちが用意したのは淡いピンクのデイドレスだった。ちなみに私の普段の格好はワンピースだ。使用人であるからドレスなど着るのはもってのほかだし、そもそも成人もしていないし、何よりいつ何時殿下が魔力暴走を起こされるかわからない状況で、走ることもかなわないドレスなど着ているわけにはいかない。
「ユーファミア様、こちらのドレスがお気に召さないのであればこちらはいかがですか」
メイドたちが差し出したのは濃紺のデイドレスだった。
「あの、ワンピースは……」
「残念ながこちらのクローゼットにはございません」
私が普段着にしていたワンピースは持ち出してはいなかったのだが、私がいない間に処分されてしまったようだ。それは当然のことだから文句のひとつも言えない。
「では、みなさんと同じおし着せを……」
メイドたちが着ているエプロンドレスであればいつものワンピースとさほど変わらない。だが彼女たちは真顔で「なりません」と首を振るのみだった。
このままでは裸で殿下と謁見しなくてはならなくなる。涙目になりながら2つのドレスを見比べ、せめて地味な方をと濃紺のドレスを指さすと、メイドのひとりが「殿下の瞳と同じお色ですものね」と微笑ましく呟いた。
「やっぱり! ピンクにします」
結局私は当初の予定どおり、ピンクのデイドレスを着せられるはめになった。
「お髪も整えましょう」
さらにメイドが言い募るのを必死で止める。私はこれから殿下にただ謁見するのではない。マクレガー家との契約を反故にし逃げ出したことを断罪されにいくのだ。そんな状況でどうして着飾ることなどできよう。きっと彼女たちは私が何をしでかしたのか知らないのだ。仕える相手が舞い戻ってきたので、いつもの通りに世話をしているだけの彼女たちに罪はない。
「あの、髪は普通にしてください」
「でも、せっかく綺麗なお髪ですわ。私どもはずっとユーファミア様をもっと着飾りたいと思っていたのです」
「いいえ。お願いします。どうかこのままで……!」
浮かれた格好で殿下やメラニア様の前に出たくなかった。なぜ逃げたのか、そう問われてうまく言い逃れできる気もしない。
「ユーファミア様……わかりました。ではサイドにひとまとめにいたしましょう」
確かにこのデイドレスで髪を無造作に流しているだけでは悪目立ちしてしまう。妥協しどきだろうと頷くと、彼女たちがほっとした表情をした。
そして私の支度が整ったタイミングで、殿下の来訪が告げられた。
「え? 殿下がいらっしゃったのですか!?」
この部屋に殿下が来るなど、一度もなかったことだ。そもそも本来なら私から伺わなくてはならないところ。一瞬なぜ、と思ったが、あぁと納得いく。
(きっと私が逃げ出さないように迎えにいらしたのだわ。このままメラニア様とマクレガー宰相がおいでのところに連行されるのね)
目線をさげ、拳を握りしめる。着たこともないピンクのデイドレスのふんわり広がる裾が涙で滲んでいく。こんな浮かれた格好をしている私を見て殿下はなんと言うだろう。愛する人の鋭い叱責に、果たして私は耐えられるだろうか。
心が決まらぬまま扉が開けられ、部屋に殿下が入ってくる気配がした。顔をあげることなどできなかった。私が最後に見た殿下は、生誕祭の前日。ともに夕食をとった後、別れの挨拶を告げたときの振り返った顔―――。
(いえ、違う)
その後、私は殿下と会っている。昨晩、森でかの人に助けられた。私を胸に掻き抱き、耳元でささやいた彼の声がふと蘇る。
その温かさと優しさの気配を思い出して、思わず顔をあげた。いつの間にか殿下が目の前にいた。
「でん……」
「ユーファミア!」
私の唇が閉じないうちに、カーティス殿下の胸に深く抱きしめられた。
「無理です! ドレスなんて着られません」
「ですが、王太子殿下のご要望です」
「そんなはずは……」
メイドたちが用意したのは淡いピンクのデイドレスだった。ちなみに私の普段の格好はワンピースだ。使用人であるからドレスなど着るのはもってのほかだし、そもそも成人もしていないし、何よりいつ何時殿下が魔力暴走を起こされるかわからない状況で、走ることもかなわないドレスなど着ているわけにはいかない。
「ユーファミア様、こちらのドレスがお気に召さないのであればこちらはいかがですか」
メイドたちが差し出したのは濃紺のデイドレスだった。
「あの、ワンピースは……」
「残念ながこちらのクローゼットにはございません」
私が普段着にしていたワンピースは持ち出してはいなかったのだが、私がいない間に処分されてしまったようだ。それは当然のことだから文句のひとつも言えない。
「では、みなさんと同じおし着せを……」
メイドたちが着ているエプロンドレスであればいつものワンピースとさほど変わらない。だが彼女たちは真顔で「なりません」と首を振るのみだった。
このままでは裸で殿下と謁見しなくてはならなくなる。涙目になりながら2つのドレスを見比べ、せめて地味な方をと濃紺のドレスを指さすと、メイドのひとりが「殿下の瞳と同じお色ですものね」と微笑ましく呟いた。
「やっぱり! ピンクにします」
結局私は当初の予定どおり、ピンクのデイドレスを着せられるはめになった。
「お髪も整えましょう」
さらにメイドが言い募るのを必死で止める。私はこれから殿下にただ謁見するのではない。マクレガー家との契約を反故にし逃げ出したことを断罪されにいくのだ。そんな状況でどうして着飾ることなどできよう。きっと彼女たちは私が何をしでかしたのか知らないのだ。仕える相手が舞い戻ってきたので、いつもの通りに世話をしているだけの彼女たちに罪はない。
「あの、髪は普通にしてください」
「でも、せっかく綺麗なお髪ですわ。私どもはずっとユーファミア様をもっと着飾りたいと思っていたのです」
「いいえ。お願いします。どうかこのままで……!」
浮かれた格好で殿下やメラニア様の前に出たくなかった。なぜ逃げたのか、そう問われてうまく言い逃れできる気もしない。
「ユーファミア様……わかりました。ではサイドにひとまとめにいたしましょう」
確かにこのデイドレスで髪を無造作に流しているだけでは悪目立ちしてしまう。妥協しどきだろうと頷くと、彼女たちがほっとした表情をした。
そして私の支度が整ったタイミングで、殿下の来訪が告げられた。
「え? 殿下がいらっしゃったのですか!?」
この部屋に殿下が来るなど、一度もなかったことだ。そもそも本来なら私から伺わなくてはならないところ。一瞬なぜ、と思ったが、あぁと納得いく。
(きっと私が逃げ出さないように迎えにいらしたのだわ。このままメラニア様とマクレガー宰相がおいでのところに連行されるのね)
目線をさげ、拳を握りしめる。着たこともないピンクのデイドレスのふんわり広がる裾が涙で滲んでいく。こんな浮かれた格好をしている私を見て殿下はなんと言うだろう。愛する人の鋭い叱責に、果たして私は耐えられるだろうか。
心が決まらぬまま扉が開けられ、部屋に殿下が入ってくる気配がした。顔をあげることなどできなかった。私が最後に見た殿下は、生誕祭の前日。ともに夕食をとった後、別れの挨拶を告げたときの振り返った顔―――。
(いえ、違う)
その後、私は殿下と会っている。昨晩、森でかの人に助けられた。私を胸に掻き抱き、耳元でささやいた彼の声がふと蘇る。
その温かさと優しさの気配を思い出して、思わず顔をあげた。いつの間にか殿下が目の前にいた。
「でん……」
「ユーファミア!」
私の唇が閉じないうちに、カーティス殿下の胸に深く抱きしめられた。
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