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第6章 呉との闘い

80 踏んだり蹴ったり

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焼きたてのパンから香る香ばしい香り。俺はそこにバターを乗せる。
 おかずは表面をカリカリに焼いたソーセージに目玉焼き。それに取れたての野菜がたっぷり入ったスープ。
 
 宿屋の朝食メニューを二人分受け取った俺は二階の自室へと運んだ。

「鈴音、朝食持ってきたぞ」
「ん」

 カチャカチャとナイフとフォークを動かす音だけが鳴っている。
 つまり、会話が無いのだ。
 5日前に城で機嫌を悪くしてからずっとこの調子だ。
 食べ終わると猫の姿になり、ぷいっとどこかへ行ってしまう。
 帰ってくるのは夕飯時だ。
 ……このままではまずい。何がまずいってご飯がまずい。
 俺が鈴音のご機嫌取りをするのはしゃくだが、ここは俺が折れるしかあるまい。

「……あのさ、鈴音。城での話だけど」

 ぴくっととまる鈴音。

「何か俺悪い事言ったかな? だとしたら謝るけど……」
「別に。あるじは悪くなどない」
「だって、機嫌悪いじゃないか」
「……」
「……あれだろ? 俺が不老不死になりたくないって言ったから機嫌が悪いんだろう。せっかくお前が行為でならせてやるっていうのに断ったから。いいぜ、俺はなってやっても」
「……なってどうするんじゃ」
「どうするって……。具体的には何も考えてないけど」
「不老不死になればあるじだけ生き続けることになる」
「そりゃそうだろ。不老不死なんだし。別に悪い事じゃないじゃん」
「……」

 鈴音が難しい顔をして黙り込む。
 
「……そういえば鈴音も不老不死だよな! いいよなあ不老不死。死ななくていいってのはどんな気分なんだ? ……よし、決めた。俺も絶対不老不死になるわ! 考えたら断る理由なんてないもんな!」
「……ない」
「え? なんて言った?」
 鈴音がキッと俺を見る。目端が少し涙で滲んでいる。
「楽しいことなど! ない!」

 その時ガチャ、と扉が開いた。三角帽子が不安そうに揺れる。

「あ、あのう巧魔氏との約束で来たんですが……お取込みちゅうです?」
「……散歩に行ってくる」

 鈴音は猫の姿になると窓から外に出て行ってしまった。

「巧魔氏……またハレンチな発言でも?」
「それならまだ良かったよ……」

 俺はため息をつく。まだまだうまいご飯は食べられそうにない。
 
◇◇◇◇◇◇
 

俺は千春さんから魔法の指導を受けるため宿屋の裏にある空き地に来ていた。
「私が巧魔氏に教えることなんて無いと思うですが……」
「実は僕は自力で魔法を使ったことが無くて」
「使ったことが無いって……巧魔氏は使ってるじゃないですか」

 俺はコン先生について千春さんに説明をした。とはいってもプログラミングの話をしても伝わらないだろうから、魔法をサポートしてくれる異能ということで説明をしておく。
 
「つまり、巧魔氏はずるっ子ってことです?」
「……うん、まあずるといえばずるとなりますかね」
「……私の中の巧魔氏への尊敬がいまガラガラと崩れているです」

 千春さんの視線が痛いっ! まるでテストでいい点を取っていた憧れの人がカンニング常習犯であったことを知ったかのような目線。

「まあ、でもこれで巧魔氏が生まれてすぐに魔法を使えた謎が解けました。でも、なんでこのタイミングで私に魔法を習うんです? 別にコン先生がいるのであれば私が教えなくてもいいと思うです」
「それなんですが、最近コン先生に頼りきりでは上手くいかないことが分かってきまして。特にサポート・ゴーレムを使うときなんですけど、魔法の出力が安定しなくてすぐに壊れてしまうんですよ。そこで千春さんに魔法の基礎をご教授頂こうかなと思いまして」
「出力が出すぎるってぜいたくな悩みですね……普通は魔法の出力が増やせなくて悩むものですが。分かりました、では私でよければお教えしますです。……とはいっても私も修行中の身で、教えられるのは基礎だけですが」
「いえ、十分です。ありがとうございます」
「お礼を言われるほどの事ではないです。巧魔氏に教えることで私も基礎を再認識できるですから。ではまず巧魔氏にお尋ねしますが、魔法の基礎となる4つの動作は知ってます?」
「いえまったく」
「……そうですか。それを知らずによく魔法が……って、コン先生がやってるんでしたね。うぉっほん。ではよく聞いていてくださいね」
「はい、お願いします」

 千春さんが杖をとんっと地面について説明を始めた。
 
「魔法の基本動作は4つ。認知、抽出、変換、発露です。まず認知で体内に遍満するマナを捉え、抽出、つまり『私は魔道を行使する』の宣言でマナを体外へ取りいだしますです。初心者はこの魔法を取り出だす感覚を掴むため、杖を使います。練達してくれば手のひらにマナを集めることも出来ますが、手は体の一部ですので、マナが体の中に留まってしまい体外に出す感覚を掴むまでが大変難しいのです」

 なるほど。みんなはそうやって魔法を発動していたんだな。俺は全部コン先生にまかせっきりだから、その辺の感覚があやふやだ。そのあたりの感覚がつかめればサポートゴーレムのコントロールが出来るようになるし、他にも色々魔法の幅が広がるかもしれない。
 
「この認知が魔道の基礎にして奥義です。認知が出来なければそもそも魔法が発動できない。魔法を使う上での最初にして最大の難関ですが、巧魔氏はすでにここはクリアしてるですね」
「うーん、魔法を使うときに手のひらに熱いような感覚が集まるのを感じますが、あれが認知というものでしょうか?」
「そうです。認知は一度出来れば忘れるということはありませんので、巧魔氏は修行の必要はありません。……普通はこの修行に3年ほど費やすのですが」

 自転車に一度乗れれば、乗り方を忘れないようなものだろうか。俺はコン先生の力を借りて発動出来たようなものなので、ずるをしている感は否めないが。

「そして、次が抽出です。認知したマナから魔法の発動に必要な量だけ抽出を行う。ここで魔法に必要な最低量のマナを抽出出来なければ魔法は発動しませんし、逆に多すぎれば無駄が生じ、マナの枯渇を招きます。……巧魔氏のように多すぎてゴーレムが破損するなんて例は聞いたことないですが。とにかく、巧魔氏のウィークポイントはここにあるです。この抽出を徹底的に練習していきましょう」
「分かりました。それで、抽出はどうやって訓練するんですか?」
「やり方は色々ですが……巧魔氏に一番適している訓練法は、極小魔道かと思うです」
「極小魔道?」
「はい。初級魔法を出来るだけ小さい出力で出力する方法です。中級魔法以降はマナが少なすぎると発動しませんが、初級魔法だけは例外でどれだけ少なくても魔法の発動が可能です。その特性を利用して、出来るだけ少ないマナで魔法を発動し、抽出の精度を高めるという修行法です」
「出来るだけ少なくですか」

 今までコン先生にその辺の調節をまかせっきりだったため、出来るかどうか凄い不安だ。
 
「まあ説明するよりもやってみた方が分かりやすいですね。では――」
『――私は魔道を行使する ファイヤーボール』

 鈴音さんが詠唱を終えると、立てた小指の先に小さな火球がぷかぷかと浮いているのが分かった。

「おお、ちいさい!」
「ふふふ。この大きさで安定させれば合格です。ではさっそく始めますです!」
「分かりました! よろしくお願いします!」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 結論から言おう。
 
 まったくできなかった!
 
 そもそも俺がファイヤーボールを1個発動させる時は『イクスプロージョン』のデカ玉で、大量の魔力を使用する。その癖がどうにも抜けず、ちょっと取り出そうとしてもサッカーボール大のファイヤーボールになってしまうのだ。

 千春さんの「巧魔氏……不器用です。この先が思いやられるです」との発言が胸に刺さったまま、俺は道場へとぼとぼと足を運ぶのであった。
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