蝙蝠怪キ譚

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第2章 《蜘蛛の意図決戦》

第2章7『委員長代議、開始』

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「ほお、この幸薄ボーイをな、ボクたちの手でめちゃモテボーイに変身させろってのか」

 
 シンデレラじゃあるまいし。ボクらだって、かぼちゃを馬車に変えるような婆さんじゃないんだから。

 ボクは手紙に見切れる青年と、やはりパソコン内でも見切れる青年を、交互に見比べていた。群集に紛れれば、二度と見つけられ無そうな顔をしている。申し訳ないが、名前どおりに印象は薄かった。

 正直。ほんっとうに正直なところ。パソコンで経歴を漁っていても、まったく興味が湧かなかった。臼居くん。いやもう、何もかも平均的過ぎて。見ていて面白味に欠けるのだ。

 別に、チャップリンのような生き方を見たいと言っているわけではないのだ。ただ、少しくらい凹凸のある人生を拝見したかっただけ。この子の人生は、やけに平坦なものだったのである。凹凸が、一切記されていなかった。唯一の肩書きとしては、三年生にして生徒会会計を任されていることくらいだが。

「三年生で生徒会に入ることなんて、案外たいしたこと無いですよ。役職に就く方以外なら、しかも三年生以上の生徒なら、会長たちの承認だけで入れるらしいですし。選挙ナシでってことですね。まあ一年生や二年生で生徒会に選ばれた人は、本当にすごいんですけどね」

 そういうことらしい。つくし曰く、実力主義の学園にもとんだ穴があったものだ。待てよ。三年生以上ということは、ボクにもチャンスがあるな。いや、大ありだな。主人公としてここは生徒会という学園のボス集団に属してみるのも良いのではないか。承認だけで入れるならそれも、

「会長、の承認だから。当然ミナモ先輩の承認もいるんだよね?」

「はい、当然ですが」

「ぐはぁっ」

 ボクの、花の生徒会道中はものの数秒で完結した。
 あの先輩から承認をいただけるわけが無い。

「そう考えてみると凄いな、臼居くん。にしても、気になるのは彼と」

「この手紙の差出人、だね。少なくともドヤさんの知り合い、もしくは近しい人だ」

 ドヤさんによって届けられたわけだしな。宛名の無い手紙。依頼。結成して一ヶ月も経たない不思議部のことを知っている存在。

「内容からですが、同じクラスって感じしません?」

「そうだねぇ、臼居くんもわたしたちも3Aのメンバーだし……」

 倒生タオセイ先生の言葉にボクらも顎を引いた。同じ歯ブラシを使い合う仲、とまで言っているということは、つくしの友達かはるかの友達か。

「あれ、レイ君の友達は?」

「えっ、居ませんけど?」

「うん、そうだよね」

 ひどい会話だ。聞いたうえで擁護もしてくれないとは。

 それに担任にも友達居ないことバレてんのかボクは。ホントに担任かこの人。けろっと流されたボクの悲痛な願いだが、臼居くんをモテさせる前にまず、ボクの友達を増やす方法を考えて欲しいものである。ボクも依頼を出せばいいのかな。

「じゃ、このクラスの誰かってことになるけど……あのさ、ドヤ委員長の妹か弟がボクらのクラスに居たりしないか」

 身内なら、手紙を出させることも簡単なはずだ。ボクの問いには、二人とも首をかしげ、

「んん……それが、ドヤ先輩は一人っ子だった気がするんですよ」

「鯔生先輩の弟とか、ミイロちゃんとか、あと寝上先輩の妹は僕たちと同じ三年生なんだけどね。あーとーは、ヤギ先輩の弟とかもそうだったかなぁ……」

「“ヤギ先輩”?」

「ああ、広報委員会の委員長さんね。すっごい暗い人なんだけど、機械とか機材の扱いにとても詳しいんだ。学校にもたまにしか来ないらしいんだけどね、良い人だよ、多分。話したことは無いけど」

「そっか、すっごい暗い人なのか」

 思いのほか、この学園は委員会活動が活発である。数も多いし質も高い。そして、委員長組はご兄弟持ちが多かった。

「じゃあ、ドヤさんに直接聞いてみるってのはどうだ? 5Fの教室に行ったりして……」

「それも、難しいですよ。この中の誰かがドヤ先輩の知り合いならまだしも。初対面であの圧を乗り越えられる人なんてそうそういません」

「つくしでも駄目か………」

 鯔生先輩なら仲良しなんですけどねぇ。と、つくしは頬杖をつく。訛りに加えて超が付くほど強気な年上だろ? 不可能だ。絶対、コミュ障とオタクに厳しいだろ。絶対、ドヤさんとヤギ先輩仲悪いだろ。そんなのがボクに対応できるわけが無い。頭を抱え始めたボクたちに、先生が口を開いた。

「まずは、臼居くんに話を聞いてみたら? 差出人に心あたりとか、あるんじゃないかな。それなら、ドヤちゃんに会わなくても、なんとかなると思うんだけど」

「おお」

 それは、倒生先生にしてはまともな意見で。しかし、

  キーンコーンカーンコーン

「あ」

「そっか、今昼休みだったっけ……」

 出すには遅すぎる意見だったと、鳴り響く予鈴にボクらは気付いたのだった。どうやら、魔法使いのお婆さんになる前に、シンデレラを探すことから始めなければならなそうだった。


 ◆◆◆◆


 放課後。

 ところも変わって三年A組の教室。

「……頼んだ、つくし」

「もう、男子ならレイ君が行けばいいのに。ったく、しょうがないですねえ。行ってくるのでここで待っててくださいよ」

 正しくは、教室の前だった。男前な顔で突入していったつくしの背を見送り、ボクは何をしているのかというと。

 見張り。

 そう、見張りである。放課後なのでハルカは代議で不在。ボクとつくしで臼居くん探しを続行している最中なのだ。決して、同じクラスの男子に臼居くんの居場所を聞きに行くのが怖くて廊下で待つことを選んだわけではない。

 ボクの人間性が勘違いされると困るので、入念に断っておこう。ちょっとチャラチャラした茶髪の男子が怖いわけじゃないんだからな。だってクラスの男子に聞き込みしてる間に、臼居くんが廊下を通っていったら困るだろ。そういうわけなのだ。つくしは聞き込み、ボクは見張り、立派な役割分担じゃないか。

「──ってことで屁理屈言ってるとこすみませんが、聞いてきましたよ、居場所」

「おわっ!? つ、つくしじゃないかっ」

「はいはい、レイ君にパシられたツクシですが何か?」

「は、早かったじゃないか。今日は遅くなるって言ってなかったっけ」

「浮気夫みたいな発言しないでくれます? さ、行きますよ、第二会議室」

「だ、第二会議室だって!?」

「どうやら、臼居さんはそこで生徒会会計の仕事をしているらしくって」

「第2会議室って、あ、あのっ!?」

「そうですよ、特段驚くことは何もない第二会議室ですよ。そんな思わせぶりなリアクションばっかりしていたらいつかあだ名が“タオ先生”になっちゃいますからね、レイ君」

「悪かった、それだけは避けたい!」


 ◆◆◆◆

 つくしは、特段何もない、と言っていたが。
 それは有り得ない。人の居るところにウワサがたたないわけがないのだ。
 
  第二会議室のある旧校舎には、

 そんな噂があった。昼でも夜でも関係なく、何階かも関係なく、。と。まぁ、ボクらがそのことについて奔走するのは、もう少し先のお話なのだが。
                            
 ◆◆◆


「つ、着いたな」


 旧校舎。

 隣合う本校舎より、だいぶところどころの劣化したコケまでついた校舎である。勿論、ボクらの部室も別校舎にある。この分だとボクの家といい勝負だな。ボクとつくしは早速渡り廊下から旧校舎に移った。
 木材でできたそこは、歩くたびに床が軋み、しまりの悪い蛇口からも絶えずぴたりぴたりと水が滴っている。そういう雰囲気の、言い方を変えればレトロで赴きのある校舎だった。
 屋上付きで四階建てなんて、当時でいったら相当立派なものだったんじゃないだろうか。
 現在は、ジャンプでもすれば音を立てて崩れていきそうなほどになってしまっているが。

「だ、い、に、か、い、ぎ、し、つーっですよね」

「おい、リズムに乗るな、耐え切れないぞ、この校舎!」

 片足でけんけんをしてみるつくしは随分とご機嫌だった。彼女の鼻歌と共に、限界を迎えそうな校舎が異常な不協和音を奏でている。可哀想に。つくしは建造物にさえ冷たく当たるのか。あまりに不憫だったので、無機物に同情しかけてしまったが、

「着っきまーっした……っと」

 木材たちの悲鳴は止み、その足は止まった。

「第二会議室、か」

 掲げられたひどく脆い看板に、そう溜め息をつく。静かだ。木々の隙間から入り込む風に、思わず身震いをした。

 こん、こんっ。


「……応答なし。隊長、侵入許可を!」

「ず、ずずず、隊員、侵入を許可する……ってボクはいつから隊長に昇格したんだ!?」
 
「アイアイサー!」

 ボクのことなどお構いなしに、背をかがめたツクシは静かに、戸を開けた。そこに、居たのは、

「──はぁ、終わらない………今日中にやらないとミイロちゃんに怒られちゃいますよぉ。ああ、学校行事で貫徹する未来が見えてきましたね」

 写真で見るよりずっと苦労が顔に出ている、臼居くんだった。癖のある天然パーマを抱え、ぶつぶつと言葉を発しながらも、彼の右手と左足は無駄なく別の動きをしていた。職人技である。両利きでもここまで上手くは有効活用できないだろう。
 虚ろな瞳の範囲には、何本もの栄養ドリンクがあるし、この空間だけどこかのブラック企業のようだった。彼は、さながら社畜のようだった。

 ゾーンに入っているらしく、ボクらの正面突入にも一切気付いていない様子である。こちらとしては、うれしいような寂しいような。
 窓から西日の差す室内には彼しか居なかったが、ボクらは一応“コ”の字型に揃えられた長机に隠れるようにして移動する。

「レイ君レイ君」

 こそばゆい声がボクを呼んだ。

「何だつくし、背後からスタンガン喰らったような顔して」

「いやいやいや、そこまでひどい顔してましたかね私。背後からスタンガンって、それ白目と同義でしょ!」

 背後から拳が飛んできそうなくらいの勢いである。おいおい冗談じゃないか。

「そんなに怒るなよ、つくし」

「……そうですね、レイ君の隈びっしりのお顔よりはマシですもんね」

「ぼ、ボクの隈ってそんなに酷いかな!?」

「ジェイソンのお面みたいになってますよ。なんなら今の臼居さんの隈より酷いです」

「あれより酷いの!?」

 貫徹もしてないのに! ちゃんと朝起きて夜に寝る、健康で文化的な最低限度の生活を送っているのに!

「──さて、そこにいるんでしょう? もう出てきて大丈夫ですよ」

「ひょぇっ」

 ボクらの軽口を制したのは、他でもない臼居くんである。今も尚、その手は動き続けており、おまけにボクらを見る様子もなくその視線も手元の書類にある。額に第三の目でもあるのか、それともつくしの声が大きかっただけか、もしくは、

「今のって、独り言か」

「あ、の、ね、え………聞こえてますし! 見えてますからっ!!」

 怒鳴られてしまった。腹からちゃんと声出せるじゃねえか。

「ほら、バレてたよ、お前の声がでかいからだ」

「何ですかもう、レイ君がしっかり隠れないからです。お尻まで丸見えでしたよね、臼居さん!」

「……ですから、ここでの痴話喧嘩は控えてもらえますか。もうすぐ委員長さんたちもいらっしゃる頃ですし。それに、あなたたち、僕と同じクラスの人ですよね。白野つくしさんと、編入生の氷雨くんですよね。いったい何の」

「ぼ、ボクの名前! 君、覚えててくれたのか!?」

 信じられない、と思わず手を握ってしまったが。悪かった。影の薄い、たいして記憶に残らないような超モブキャラとか呼んで悪かった。臼居くん、きっと君とはベストフレンドになれるはずだ。

「え、ああ、……どうしたんです? この人」

「はい、ただただ友達の少ない男の子なので、放っておいても害はありませんよ」

「逆に友達になったら害がありそうなんですが……そんなことよりお二人は何の御用で?」

 彼は眉間をひそめ、面倒くさそうに声を投げた。つくしも、長机から這い出る。

「おい、ここはつくしが」

「いえいえ、ここは部長のレイ君が言うものですよ」

「──手短にどうぞ」

「すみません」

「簡潔に言えば、ボクたちは君をモテモテにしにきたんだ」


「────は」


 そりゃ、そうだよな。ボクの言葉に、彼はやっとこちらを向いたのであった。


 ◆◆◆◆


「……同じクラスの女子が、これを?」

 手紙を拝読した臼居くんも、どこか困惑した様子だった。

「ああ、依頼、らしいんだ」

「これを、こんなものを、君たちは信じたんですか? 信じて、真に受けて、こんなものを? はぁ………残念ですが、僕も見ての通り学生にして多忙を極めているんですよ、だから」

、だって?」

 何故か、ボクはその言葉に、憤りを感じていて。気付いたときにはもう、口が勝手に動き出していた。

「君にとっては、いや、ボクも最初はふざけてるように見えたさ。でもな、この手紙の子は、大真面目に君のことを想って不思議部に依頼してきたんだ。……だから、“こんな手紙”なんて扱いボクが許さねぇ」

「……すみません。つい、当たってしまいました。今日は定時で帰れるように精進します。と、とにかくですが、僕はこの手紙に覚えがありません。それに、差出人にも」

 しきりに、彼が目を逸らすので怪しさ極まりない。疲れてんのかコイツ。彼には一刻も早く帰って寝てもらいたいものだが、そういうわけにも行くまい。

「なぁ、臼居くん、ホントは何か知ってるんじゃないのかい?」

「そ、それは」

 その時だった。

「二人共隠れて!」

「うわっ」

「きゃっ」

 臼居くんに肩を沈められ、ボクら二人は必然的に長机の下にもぐり込んだ。一体何があったというのか。答えは数秒も経たぬうちに降り注いできて、

「──お、今日は会計の兄ちゃん一人やないの。てことはウチが一番乗りみたいなもんやな! はんっ、これで鯔生トドキに一泡吹かせられるわ。所詮、放送委員長やからな。万年花形の購買委員にはかなわへんのや。こら今年もウチらの勝ちやな、なーっはっはっはっはっはっ。愉快痛快や」

「こ、こんにちは、ドヤ購買委員長。今年もお早いですね」

「なに、不思議なことはあらへんよ。鯔生よりウチが早いのなんて当たり前やんか。さて、代議の準備してたんやっけ? アンタだけじゃ不安やから、ウチも手伝うたる。ほれ、貸し」

「あはは、いつもありがとうございますね……」

「かまへんかまへん。いっしょの人間やないの。へこへこせんとシャキっとしぃや」

「ああ、はぁ……」


 訛り。強気な少女の声。代議。購買委員長。

 十分すぎるワードの数々。そう、第2会議室に入ってきたのは、そして、隙から見えるショートカットの彼女こそが、不動の購買委員長“ドヤ先輩”その人だったのだ。聞いた通りの、それより少しばかり可愛い美少女じゃないか。
 どういうわけか、ボクは一緒に身をかがめるつくしに目配せをした。

「ここ、代議の会場だったのか」

「どうやら、そのようですね。まさか、別校舎の第2会議室でやるなんて」

「今のうちに抜け出せ、……ないな」

 床に耳を張り付ければ、いくつもの足音がそこまで来ているのが分かった。

 さぁ、委員長だらけの代議が、始まる。

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