蝙蝠怪キ譚

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第■■章《片羽の無い天使》

第■■章12『とめないで』

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、またアレが関わってるんだな」


 ボクが舌打ちすると、カコミちゃんも顔をしかめた。
 “蝙蝠の欠片”。それは、この街に流れる都市伝説のひとつ。だが、今となってはそんなものは伝説でもなんでもない。ただの現実でしかない。
 そのちっぽけな十二個の欠片ごときに、幾度と無く不思議部は翻弄され、振り回されてきた。それは、小指の第一関節に収まるくらいの大きさの、黒い十二個の結晶である。

 それを死体に入れれば、死人が生き返るんだとか。
 それを体内に入れれば、非現実的な能力を手に入れられるんだとか。
 それを魚に埋め込めば、魚はニンゲンになれるんだとか。 

 たった一個だけでも、その作用は発揮されるのだけれど。十二個全てを体内に入れないと、うまく生き返れなかったり、完全なヒトになれなかったりしてしまう。何より、カケラを使ったものは非道に落ちやすくなってしまうのだ。悪いことをしたくなる。道を外れたがる。あの欠片には、人間のそんな欲求をかき立てるような副作用があった。

 今までボクと対峙してきた者たちも、意に反する強い悪の心に揺り動かされて悪行を成していた。


 どうなるか分かっていても、止められない。


 それでも、人は欠片を欲する。分かっていても、堕ちたがる。欠片を入れた部分には、おかしな痣が浮かび上がり、痣の下にある欠片を除けば元に戻る。


 死人は死人に。

 凡人は凡人に。

 魚は魚に。


 簡単な仕組みである。前述の通り、ボクらは今までそうして“蝙蝠の欠片”を回収してきたのだ。いわば、その腕はプロ並みとも言えるだろう。


「──それにしては、気付くのが。示すのが遅かったんじゃないかしら、プロ?」

「そうだね、そうさ。今回ばかりは、目を逸らしたくなっちまったんだ」

 と、ボクはカコミちゃんの描いたカラスを爪先で踏み消した。綺麗に、その半翼だけをまっすぐに掻き消して。

「今回の事件の犯人は、少なくとも能力を持ってる奴だな。多分、その能力も蝙蝠の欠片で得たものなんだろうけど。……さて、カコミちゃん、学園ポリスはどう動く?」

 カコミちゃんは笑った。クククっと喉を鳴らして。

「お生憎さま。今日は活動日外なのよ。カケラ探しに精々燃え尽きなさい、不思議部」

 《熱湯》担当は、一足で落書きを消し去り、華麗に夕闇の奥に消えていった。

 ××××××


 止めて。
    止めて。


 でも、留めないで。
      留めないで。


 留めないで、留めておかないで。
  留めないで、留めていかないで。


 やめて。
    やめて。


 ずっと。     
      ずっと。

 とめてほしい。   
       とめてほしかった。


 いや、とめないで。    
         とめて。



 やめて。         
      やめて。



 とめないで。       
       とめないで。




 羽を。          
    羽を。




 留めないで。     
      留めないで、ください。


 ◆◆◆◆


「調査から戻ってきたアリボトケっすよ、レッイ先っ輩!」

「お前、こんな時間まで……。帰ったんじゃなかったのかよ、アリボトケ」

 ひとり、カラスの鳴くころまでぽつねんと書類整理を行っていたボクだが、戸の無い不思議部部室には、居る筈のない少年が立っていた。人懐っこい笑みを浮かべて。オトリちゃん曰く、呆れ帰ったはずの在仏タツクが、そこに立っていたのだ。

「こんな時間まで、ってのは先輩の方でしょう。それに、先輩より先に帰る後輩なんて、シめられちゃいますよ?」

 彼はずけずけとこっちに踏み入り、机上に錯乱する紙を一枚ずつ束ね始めた。

「今回の事件には、蝙蝠の欠片と、イロハちゃんが関わってる。そういうことっすよね。風紀委員のコーノと一緒に聞き込みして分かったんすよ。流石、不思議部の名助手でしょ! 褒めてくれてもいいんすよ、先輩」

「聞き込み……?」

 ボクが学園ポリスと戯れている間にも、こいつは帰らずそんなことをしてたのか。誇らしげな彼を横目に、ボクは綻んだ口元を隠した。

「俺の見立てだと、イロハちゃんは犯人を知ってるって思うんすよね。そのことを公にして言えないからラブレターを出したってことは」

「犯人は、イロハちゃんの近くに居る人物ってことか」

「近くに居る人物なんて、そんなの」

 あいつらしか居ないじゃないか。怪しいのも、事件を起こしそうなのも、実際にボクに危害を加えたのも。

「妹のためなら何でもできて」

「異常なまでのシスターコンプレックスで」

「初見でも、二度見しても見分けのつかないくらい美少年で」

「心当たりのある奴なんて」

 紙片の山々から、ボクは二枚の写真を引っ張り出す。コピーしたように重なる写真。そこにうつっているのは。

「香々六戒と」

「香々六刑の二人か」

 一番疑わしきは、プリンスツインズの2人だった。

「話の限りだと、次二人に会いに行ったら、先輩は生きて帰ってこれなそうっすけどね」

「笑顔でなに言っちゃってんだお前は。ま、そっちに会ったらやばいだろうけど、ボクが会うのは違う子だよ」

「あ、えっ!? 俺も行きたいっす、お供したいっす!」


 気付いたらしく、アリボトケは、はいはいと手を挙げた。コイツ、ホントにボクと二歳しか変わらないのか。
 幼稚園児よりも元気よく、入学したての小学一年生顔負けのテンションで。背さえ高くなかったら、N○Kの某幼児教育番組に、うーたんと一緒に出られたかもしれない。ちなみにボクの幼少期のトラウマはわんわんである。香々兄弟のまんまるくりくりな黒瞳に恐怖を感じたのは、それが色濃く焼き付いていた所為だろう。
 でも、ボクが会いに行くのはわんわんじゃない。似通った目をした違う少女だ。

「女性を待たせるのは好きじゃないんだ。そろそろ告白の返事がしたい」

「まだ、あれから一日しか経ってませんけどね。もう行くんすか、イロハちゃんのところに」

「ああ、本人に話を聞くのが一番早いしな。でも、今日はもう帰ってるだろうし、明日にでも行きたいんだけど……。問題は、あのシスコンビの目をどう掻い潜ってイロハちゃんに接触するか、だな」

 イロハちゃんに男が近づいたとなれば、たとえ地の果てにいても駆けつけてくるのがあの二人だ。それにどう対処するか。

「セーンパイ、こういうときの俺じゃないっすかぁ。頼りたい男No.1、この在仏タツクを存分に頼っちゃってくださいよ!」

「アリボトケお前、どうにかできるってのか?」

 思案を破るように、彼はボクの肩をおおげさに揉んでみせた。

「先輩が、“任せた”って言ってくれれば、お手の物っすよ!」


「じゃあ、アリボトケ。任せたぜ……?」

「はいっす!」

 その一言に、アリボトケはぱぁっと瞳を輝かせ、廊下の方に消えていったのだった。


 ◆◆◆◆


 そして迎えた翌日。

 アリボトケの方から話をつけてもらい、無事、イロハちゃんと会えることになった。場所は彼女からのリクエストで美術室。

 告白時も、美術室前の廊下に呼び出されたわけだし、彼女も何らかの思い入れがある場所なのだろう。まあ、美術部だしな。放課後、ボクは本校舎教室から、別校舎2階に向かっていた。
 一体アリボトケはどんな方法でシスコンビを足止めしているのか気になるけれど、きっとうまくやっているんだろうが、そう長くは持つまい。
 ボクは、一段飛ばしで階段を下った。一刻も早く、イロハちゃんのところに行きたい。彼女のSOSに応えたい。ボクは珍しく、そんな部長らしいことを考えていた。


 ◆◇◆


「一方そのころ、俺、在仏タツクは」

「───倒生先生! 僕ら至って大真面目な生徒ですのですけれど!」

「そうそう、なぜなぜ俺たちを生徒指導室に呼び出したのでいらっしゃいますか、倒生ランジ先生」

 そう、アリボトケは今、本校舎1階の生徒指導室でプリンスツインズの足止めをしている真っ最中なのだ。不思議部の顧問、首からノートパソコンを下げた彼は、その蓬髪を掻き、

「こう見えてもわたし、生徒指導担当なんだよねぇ」  

 ふにゃりと笑った。そう、これは彼の協力あってこその足止め。教育者が加わることで、茶番は本物に変わる。さらにこの場には、生徒指導に最適な生徒までもが集結していた。

 《熱湯》と《冷静》。

「最近、ツインズプリンスの行動には目に余るものが多いのよね。何よプリンスって、あんたらこの二つ名自分で作ったんでしょうが! それで女の子たちにちやほやされまくって、アッタマにくんのよ。大体、一時期はうちのササコもファンになりかけてたんだからね! ……チッ。まあ要約すると、あんたたちが何かイキってるみたいでムカついたから倒生先生にご指導してもらおうと思ったのよ。深い意味は無いわ」

「深い意味も無いのにこんなことするな、天追カコミ!」

「そーだそーだ、お前の方こそ調子に乗っていらっしゃるじゃないか!」

「コミ姉、プリンスツインズだよ。逆になってるよ、コミ姉」

「良いのよ、オトリ。ツインテールにプリンでも何でも」

「良くはないのです、天追カコミ!」

「こっちも言わせていただいていらっしゃいますと」

「《熱湯》とかダッセー」

「《熱湯》とかダッセー」  

 ぷつんっ。

「──倒生先生、こいつらネットで干しましょう」

「待って、待ってカコミちゃん! それ我のパソコンだから……あああ勝手にっ」


 ◆◆◆


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