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 季節は夏、次の学年合同パーティの時期が近づいていた。

「すみません、エリス様。今回もやはり私がエスコートすることは許可されませんでした」

 空き教室の勉強会に顔を出したリーゲルが頭を下げた。ここ数ヶ月ですっかりエリスと親しくなったリーゲルは馬鹿な兄の代わりにエスコートし、エリスに恥をかかせないようにしたかったのだが、第一王子アルテオに相談した所やめておけと釘をさされた。

「気になさらないで下さい。いつも一人ですから慣れています」

 もとより期待していないエリスは全く気にしていない。

「お前王子の癖に役に立たないなー」

 ニナがやーいと嘲笑う。

「こら、ニナ。殿下と呼びなさい、それにその発言は駄目よ」

 これはいつも注意しているが、一向に直さない。ニナはリーゲルをお前としか呼ばない。だが、威嚇はしなくなった。

「ニナ嬢の言う意通りです。友人一人助けられないとは不甲斐ない……」
「いいえ、殿下には助けられています。春のパーティではアレと軽い挨拶をするだけで済みました」

 アレとはヴェインのことだ。ニナに知らせると爆散させに行きそうなので名を伏せている。

 いつもなら嫌味を長々と行ってくるヴェインだが、リーゲルがエリスに近づくとすぐ去っていった。ヴェインは己より賢いリーゲルを苦手としているのだ。

「アレの態度の悪さを改善させるには至らず申し訳ありません……」
「アレってあれかー? いつもエリスに嫌味いってくるっていうバカ上級生かー?」
「そうです。本当に頭が悪くて、誰にでも喧嘩を売るんです。その点に関しては、おそらくミョー以下の知能です」

 真面目な顔つきで解説するリーゲルにニナが文句を言う。

「そんな奴とミョーを比べるなー! ミョーに失礼だろー!」
「それもそうですね。すみません、僕が間違っていました」
「わかればよろしい」

 そんな二人のやり取りを微笑ましく眺めるエリス。

 エリスの笑顔に見惚れて静止していたリーゲルはニナに軽く足を踏まれて意識を取り戻す。

「……ええと、今回もエスコートはできませんが、早く会場入りしてアレの動きを把握しておきます。エリス様に近寄りそうになったら、また散らしに行きます」
「ありがとうございます、殿下」

 そういって笑うエリスに再び見惚れたリーゲルの脛にニナが蹴りを入れた。





 パーティ当日、会場にてリーゲルは顔には出さないが呆れていた。ヴェインがエリス以外の女生徒をエスコートして会場入りしたのだ。

 ──あのバカ、婚約済みの者が婚約者以外をエスコートするのはとんでもない非常識だと知らないのか? エスコートされた側の令嬢にもある意味傷が付くんだぞ……いや、同程度のバカならお似合いなのかもしれんが。

 非常識なバカにエスコートされるのも、またバカである。これ以上ないほどお似合いといえる。だが、相手は第二王子である。断れなかったという点も考えられる。しかし、ヴェインにぴったりと身を寄せて腕に控え目な胸を押し付けている女生徒の様子から、断れなかった雰囲気ではなさそうだ。

 女生徒は桃色の髪で小柄、可愛らしい容姿だが、あまり知性を感じられない顔つきだった。

 ──あのバカは、か弱くて庇護欲をそそる存在が好きだからな。おっと、自分より知能が低いのも絶対条件だったか。

 ヴェインはずっと入り口付近にいる。おそらくエリスが会場入りしたら女生徒を連れて嫌味を言いに行くだろう、と思ったところでエリスが会場入り。案の定エリスに向かうバカ二人。

 ──ああー、想像通り過ぎて笑える。

 笑いを堪えつつ、エリスを助けに行こうとすると、突然軽くぶつかりざまに馴れ馴れしく肩を組んでくる者がいた。それはリーゲルと同じ色を持つ、背の高い男。

「おい、リオス、何のつもりだ」

 彼は第三王子リオス。リーゲルの双子の兄である。色こそ同じであるが、二卵性の為に少し顔が違う。垂れ気味の目を持ち、少し軽薄そうなでありながら整った美しい顔つきをしている。

 リオスはへらっと笑い、

「何って、弟を見かけたからくっついただけだが~? 双子なんだから仲良くするべきだろう?」
「白々しい、お前が僕に構うのは僕の行動を邪魔する時だけだろうが」
「ええ~、そんな風に思われてたとか、お兄ちゃんショックだわ」

 わざとらしく肩を落とす。

「あのバカ二人とエリス様を会わせてどうするつもりだ。何を企んでいる」
「いや~? 単に修羅場ってて、おっかないから弟を向かわせたくなかっただけだが~?」
「嘘つけ」
「ま~白状すると、実は兄上にお前を追い払えって言われてさあ」

 そんなことだろうと分かっていたリーゲルは鼻で笑う。

「お前、あのバカと居てよく平気でいられるな」
「いや~? 実際一緒にいたら面白いぞ? アホな子ほど可愛いっていうだろう?」

 リオスはヴェインがどうしようも無い馬鹿だと認識していながら、バカを傀儡にして甘い汁を吸おうとする第二王子派に属している。

「趣味が悪い、その上とにかく楽に生きようとする。碌な死に方しないぞ」
「ご心配なく~、お前を独りにしない為にお前より長生きするから」
「……虫唾が走る」

 兄を振り切って、エリスの元へ向かう。なにやら騒がしい。例の女生徒が泣いている。そして、何やら怒鳴り散らしているヴェイン。彼の背後に立ち、肩に手を置く。

「ヴェイン兄上」

 ヴェインは怒鳴るのを止めて振り返る、そこにはいつもと同じように微笑んだリーゲル。

「なっ、リーゲル!?」
「お連れの女性が泣いているではありませんか。兄上がやるべきことは人目を憚らず怒鳴り散らすことではなく、その女性を休憩室に連れて行って差し上げることでは?」
「い、今そうしようした所なのだ!」

 慌てて女性の手を引っ張って去っていった。

 リーゲルはエリスに声を掛ける。

「来るのが遅れてすみません、エリス様」

 エリスの瞳は虚空を見詰めていた。

「エリス様……?」

 そっと肩に触れてやっとエリスは目の前のリーゲルを見た。

「すみません、意識が自由の世界に旅立っていました……」

 ──あまりにもバカ過ぎる二人を相手して、体から心が出てしまっていたのか。おいたわしや。





 エリスが会場入りすると、すぐさま女生徒を侍らせたヴェインが近づいてきた。

「おお、我が婚約者。紹介しよう、我が友人ルコットだ」
「初めましてエリス様。ルコット・シアーです」

 初対面で家名でなく名前を呼んだということは、お前よりこちらの身分が上だと言っているのも同然。しかし、シアーはこの国で子爵のはず。外国の高貴な身分の方だろうとエリスは判断する。

「初めまして、シアー様」
「そんな、ルコットって呼んでください」
「高貴な方を親しくも無い私が呼び捨てする訳には参りません」
「え?」
「は?」

 固まる二人にエリスも固まる。

「お前、ルコットを子爵令嬢だと知って馬鹿にしているのか!?」
「いえ、先程の会話で外国の高貴な方だと判断したのですが」
「ルコットの言葉が訛っていると言いたいのか!?」
「酷い……」

 涙ぐむルコットを抱き寄せ、エリスを睨みつけるヴェイン。

「そうではありません」

 エリスは眩暈がしそうだった、まさかこの二人は、己より身分の高い者を許可なく名で呼んではいけないと知らないのか、と。男爵令嬢のニナでさえ知っていたことだ。子爵令嬢が知らないはずも無い。

「私のお母さんが平民だから、私もこの国の貴族に見えないってことですか!?」

 ルコットが泣きじゃくりながら大声を上げる。

「いえ、そうではな」
「何と愚かな! お前は外国の貴族は田舎臭くて垢ぬけていないと、そんな差別的思想を持っていたのか!」

 説明しようにも、激高しているヴェインが言葉を被せてくる。これはもう何をいっても無駄だと、エリスは諦めた。目の前のあまりにも無知な二人に関わりたくなくて虚空を見詰めてしまう。

「ヴェイン兄上?」

 ここに来てやっとリーゲルが現れたのだった。
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